沈思黙考〜ちんしもっこう〜  俊隆副住職による四季折々のお話をお楽しみ下さい。

武甲山〜袖振り合うも多生の縁〜

 平成29年6月29日(木)に友人と武甲山(日本二百名山の一つ)に山登りに行きました。 武甲山は埼玉県秩父郡横瀬町にあります。 山名の由来は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が登山し、自らの甲冑を奉納したことからだそうです。 その成り立ちは今からおよそ2億年前に、ハワイ付近の海底火山が活動を終え、サンゴ礁が繁殖し、のちに太平洋プレートの移動とともに、隆起し武甲山が誕生しました。 やがてサンゴ礁が化石となりそれが石灰石に変わり、武甲山は石灰岩でできた山となりました。 石灰石はセメントの原料であり、その採取のために今もなお山が削られ、その結果、標高1,336mから1,304mへと山容が変化しているそうです。 残念なことに自然が削られているとはいえ、豊かな生活を求めるためには何かを犠牲にしなくてはならないのです。 何とも言えない複雑な気持ちです。

 大自然というのはごくごく自然の成り合いにてつくられたものです。 私たちも今を生きる中で自然に多くの人たちと出会います。 登山中、不動瀧で休んでいるとあとから登ってきたおじさんに話しかけられました。
 「水を頂上まで持って行ってほしい」
 不動瀧にはたくさんのペットボトルが置いてあり、ここで水を汲んで山頂まで運び、山頂トイレの水不足を解消してほしい、という案内看板があります。 私は最初それを目にしたとき「誰が持って行くのだろう」と運ぶ気はありませんでした。 おじさんの話しを聞くと毎日、16リットルほどの水を頂上まで運んでいるとのことでした。 そして
 「自分ができることをしている」
 と語られました。 そんな話を聞かされたら運ばない訳にはいかないと思った私は、両手に4リットルのペットボトルを持ち登山することになりました。 もしあの時、あのおじさんに出会ってなかったらきっと持って行かなかったと思います。 そして
 「誰が持って行くんだ」
 と思った自分が情けなくなりました。 何気ないおじさんとの出会いだったのかもしれませんが、あのひと時の巡りあわせで、私の考えや行動を変えたのです。 本当に人と人の出会いは不思議なものです。 そして、人が語りかける言葉には人を動かす、眼には見えない不思議なパワーがあるものだと改めて感じました。
  "袖振り合うも多生の縁"という諺があります。 多生とは何度も生まれ変わること(輪廻転生)です。 袖が振り合うようなささいなことでも、実は深い縁で結ばれているので、出会いを大切にしなさい。 という仏教に通じる教えです。
 私たちが生きていくうえで、良い出会いもあれば悪い出会いもあります。 すべては仏さまの巡りあわせだと信じ、かつて大自然の中、武甲山が誕生したように、自然の成り合いに身をまかせて今を生きて生きたいと思います。

合掌

(2017.09)
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神ってる

 先日、栃木県日光市において、第54回智山青年連合会全国結集栃木日光大会が開催され、全国より真言宗智山派の青年会員が集まり、「謝恩〜東照大権現を拝む〜」をテーマに徳川家康公への報恩謝徳の法要を勤修させていただきました。 当山は徳川将軍家の日光社参の際に休息所と定められおり、今回のような大々的な法要に携わらせていただいたことは感慨深いものがあります。
 ご承知のとおり、徳川家康公は東照大権現として神格化されました。 神様といえば神社を思い浮かべるかと思いますが、昔は「神仏習合」といって神さまも仏さまも同一という信仰がありました。 その名残なのか錫杖寺の本堂の御本尊さまの前に御神鏡のような丸い鏡が置いてあります。 そもそも御神鏡とは、太陽の光が鏡に映り反射してまわりに明るく照らされるように、神様のお恵みを意味するそうです。 それと同じような意味合いで、錫杖寺のご本尊さまの前にも円い鏡が置かれていると思われます。 他の寺院でも置いてあるところもあるかと思いますので、注目しながらご参拝されてみてはいかがでしょうか。

 さて、「円い鏡」という話がでましたが、仏教の教えの中に「大円鏡智」という教えがあります。 「大円鏡智」は仏さまの具体的な智慧を表します。 この智慧は鏡のようにありのままに真実なる教えを映し出し、それを照らし出す智慧のことです。 このように鏡には仏さまの教えが隅々にまで照らされるような意味合いがありますが、それと同時に「自分の心を映す」ともいわれております。 ニコニコとしたときの鏡に映る自分の顔はどうでしょうか。 その顔はまるでお地蔵さんや観音さんであるかのようです。 そんなニコニコ顔のことを恵比寿顔とも言います。 逆にイライラした顔でみるとどうでしょうか。 般若の面のような鬼の形相になります。 仏さまでいったらお不動さんのような忿怒相です。 また、鏡が割れていたり、汚れたりしていたらありのままの姿を映すことはできません。 自分の心の映す鏡は「大円鏡智」のように汚れもなく、割れてもない円い綺麗なものでなければなりません。
 自分の心を映す鏡を綺麗にするためにはどうしたらよいでしょうか。 昔、あるお坊さんに聞いたことがありますが、鏡という字の真ん中にある「が」をとると「神」になるという話です。 自分の中にある「我」という囚われの心をなくしていけば人は神に近づくのです。 仏教でいったら仏さまに成る(成仏)ということでしょうか。
 仏教には「無我」という教えがあります。 ものごとに本来それそのものの実体はないという教えです。 「我」という囚われをなくすこととは、そもそも物事には、もともと実体のないものなのだから囚われたってしょうがないので、その囚われの心を捨てなさいということです。 あれもこれも欲しいという欲望やあらゆるものに囚われてしまう執着心は仏教でいうところの「煩悩」にあたります。 とりわけ人間というのは自己中心的な考えを持っています。 それは自分の中に「我」があるからです。仏教ではそれは煩悩に支配されている状態で良いことではありません。 「我」という欲を捨てられれば、心穏やかになりそこに「仏ごころ」が生まれます。 そして成仏へと近づくのです。
 なかなか「我」をとることは難しいことですが、自分の心を映しだす鏡を少しずつ磨きながら、輝きのある自分なりの良い鏡にしていきたいものです。

合掌

(2017.05)
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一灯照隅

 自分の心を映す鏡を綺麗にするためにはどうしたらよいでしょうか。 昔、あるお坊さんに聞いたことがありますが、鏡という字の真ん中にある「が」をとると「神」になるという話です。 自分の中にある「我」という囚われの心をなくしていけば人は神に近づくのです。 仏教でいったら仏さまに成る(成仏)ということでしょうか。
 仏教には「無我」という教えがあります。ものごとに本来それそのものの実体はないという教えです。 「我」という囚われをなくすこととは、そもそも物事には、もともと実体のないものなのだから囚われたってしょうがないので、その囚われの心を捨てなさいということです。 あれもこれも欲しいという欲望やあらゆるものに囚われてしまう執着心は仏教でいうところの「煩悩」にあたります。 とりわけ人間というのは自己中心的な考えを持っています。 それは自分の中に「我」があるからです。 仏教ではそれは煩悩に支配されている状態で良いことではありません。 「我」という欲を捨てられれば、心穏やかになりそこに「仏ごころ」が生まれます。 そして成仏へと近づくのです 。
なかなか「我」をとることは難しいことですが、自分の心を映しだす鏡を少しずつ磨きながら、 普段、書道を習っているからといっても特大の筆によるパフォーマンスの経験がなかったので、お世話になっている蘭生書道会の内田岳翠先生にお願いをしてそのご指導のもとに書かせていただきました。 出来上がった作品は当日の式典会場である川口リリアのメインホールに、和太鼓の生演奏の中、オープニング映像流した後に、舞台上の影から下に降りて出てくるという演出でお披露目させていただきました。

 このような二度とできない経験をさせていただいたことは大変有り難いことであり、改めてこの場を借りまして深く感謝御礼を申し上げる次第です。
 今年度の永瀬会長のスローガンである 「一灯照隅」〜一人ひとりの輝きが廻りや地域社会を明るく照らす〜 を最初、目にしたとき、伝教大師・最澄の言葉である「一隅を照らす」が頭に浮かびました。 調べてみるとこの2つは直接の関係がないそうですが同じような意味でした。 一人ひとりの灯りはわずかかもしれないが、その灯りを出し続けている限り、その灯りが隣りへ隣りへと連鎖されやがて大きな輝きとなり明るい世の中になるのです。

 一灯照隅とは 「周りに、ともし火をしていくこと。」 だと思います。
 ともし火は仏教でいうところのお灯明にあたります。 お灯明は普段、お寺の本尊さまやご仏壇の中の仏さまに捧げ供養します。 お灯明の灯りは仏さまの智慧を表し、その灯りは私たちを正しい方向へと導いてくださいます。 決して間違った方向ではありません。 私たちにとってお灯明の灯りとは本当に有り難いものなのです。
 さて、昨年の除夜の鐘付きの前に書いた2016年の1字書は「智」でした。 仏さまの智慧の光明が生きとし生けるものすべてに照らされ、明るい一年になってほしいという願いがありました。 奇しくも「一灯照隅」と重なり、なんだかすべてはリンクしているんだなぁと改めて仏縁を感じた1年でありました。

合掌

(2016.12)
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稽古とは・・・

 ご供養というのは何回もできるものです。 一回すれば「はい、終り」というものではありません。 ご法事でいえば初七日から始まり二七日、三七日と続き七七日忌が終われば百ヶ日、1周忌、3回忌ずっと続いて33回忌、50回忌とあります。 各、回忌ごとに守りご本尊さまが違いますが、ご供養の仕方が変わることはありません。 「供養する」ということを1回で終えることなく、節目節目で同じ仕方できちんと供養します。
 このご法事の供養と同じように仏教では同じこと何回も繰り返し行います。 錫杖寺は真言宗ですから真言をお唱えします。 真言とは真(まこと)の言(ことば)で仏さまの真実の言葉です。 仏さまの真実の呼び名でもあります。 昔のインドの言葉ですから呪文のように聞こえ、慣れないとお唱えしづらいのですが、真言宗の僧侶はその有り難い真言を何十回、何百回、何千回と繰り返しお唱えしたりします。 この何回も同じことを繰り返すということは、単純なことでありますが実は奥が深いのです。

 

 錫杖寺の本堂の前に茶筅塚があります。 錫杖寺は茶筅塚があるように「茶道」との関わりがあります。 茶道のお稽古は一服のお茶をだすために同じ作法を繰り返し何回も何回も稽古をします。 茶道といえば千利休を思い浮かべる方もいらっしゃると思いますが、千利休のお言葉の中に、

  「稽古とは一より習ひ十を知り、十よりかへるもとのその一」

 一より学びはじめて十を知っても、必ず十からもとの一へ戻ることが大切です。
 一とは基本です。 どんな道を極めても必ず一番最初に教わったところに戻ることが大切なことなんだと教えてくれています。 「初心忘れべからず」ということわざがあるように、謙虚な気持ちを忘れるなということです。たとえ知識が深まり技術が上達したとしても、そこに肝心な思いやりの心がなければなりません。 一の基本とは、知識や技術ではなく何よりも大切な教えである相手を思いやる心なのです。その思いやる心は、ほとけ心そのものです。
 今年ももうすぐ終わり新しき年を迎えます。 是非、お近くのお寺や神社、或いは菩提寺にお参りして頂き、一年の無事をお祈りして頂ければと存じます。
 また、その際はお寺や神社にお守りやお札など置いてありますので、ご家族のために、或いはお友達のためになど、たくさんお守りやお札をお求め頂き是非、暴買い!(冗談)・・・いやいや、仏さまのご分霊であります、お札やお守りをお受け取り頂き、仏さまにいつも見守られていると思いながら日々、感謝の気持ちを抱きながらお過ごし頂ければと存じます。

合掌

(2015.12)
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信念を貫く〜盛和塾第23回世界大会〜

 先日、太鼓仲間からお誘いを頂き 『盛和塾第23回世界大会』(2015.09.15-16) に行って参りました。 といってもお誘いを頂いたとき、私は盛和塾という存在を知りませんでした。 それよりも世界大会という名前もすごいですし会員でもない私が参加していいものなのかと内心、不安でためらいました。 でも「会員でなくても1人までなら大丈夫。 きっといい経験になるから」と勧められ、お言葉に甘えて参加させて頂きました。 そもそも盛和塾とは、京セラや第二電電(現KDDI)などを創業し、日本航空(JAL)を再建した稲盛和夫氏が稲盛流の「人生哲学」や「経営哲学」を学ぶために開いた塾です。
 勉強会場はみなとみらい駅前のインターコンチネンタルホテルに隣接してある国立大ホールです。 参加数は約4,500人。会場では勉強会の休み時間を利用して、目の前の大きなスクリーンに映像が流れていました。 何気なく見ていると印象に残った言葉がありました。 稲盛和夫氏について語っていた人の言葉。 「彼は会社を浄土とし、それはまるでパラダイスだ。」 確かそんな様なことを言っていました。 浄土とは浄められた土。 何の穢れもないきよめられた世界。 それを仏国土といいます。 つまり仏さまの住む世界です。 パラダイスを辞書で調べると悩みや苦しみのない楽しい世界。 楽園。 天国。 私は今まで会社=浄土という考えはありませんでした。 社長は会社を経営する立場です。 会社を寺に置き換えれば、経営者は住職にあたるでしょう。 寺を浄土化するという考えは今までに大学の講義で学んだことはありましたが、「会社=浄土=パラダイス」という考えに驚きを覚えました。

 今大会は2日間に分けて選抜された多種多様の業種の8人の塾生が40分程、自社の功績の発表をします。 内容は発表者の生い立ちや稲盛塾で学ばれた稲盛哲学を元に会社を運営して、いかにして売上を伸ばしたのかを披露するものでした。 中には感動のあまり涙する人やスピーチの途中で拍手が起こったり、また笑いが起こったりとどれも心に響くものがありました。
 2日目の最後に稲盛和夫氏の講話がありました。 経営者とは従業員の暮らしを安心させ幸福にして、利益を出しては税金を納めて人類社会の進歩に貢献すること。 自分だけよければいいというのではなく、世のため人のためになるようなことをすることと話されていました。 このことはまさに仏教で言う「利他行」の実践です。 利他行とは自分以外の人のために施しをすることです。 稲盛和夫氏は昔、得度(僧侶になるための最初の儀式)をされたことがあるようで、なるほど、仏教の思想を経営に取り入れて実践されているのだなと感じました。 またフィロソフィ(哲学)という言葉をよく口にされていました。 フィロソフィを繰り返し実践し、社員と共有すればおのずと意識改革され、自主的に創意工夫がなされ会社全体が活発になるそうです。 そのためにフィロソフィを血肉化すること。 つまりフィロソフィを繰り返して体の中に沁みこませるということです。 この「繰り返し」という言葉も強調され、フィロソフィを愚直に繰り返し、学ぶ姿勢をもつことが大切であるのだと説かれていました。 しかし人間は少し経験しただけで理解したと思ったり、わかったつもりでいたりして慢心してしまうのです。 そして仮に成功したとしてもつい努力を怠ってしまう。 精一杯頑張っても成功しない人はまだまだ精進が足りないということであり、それはフィロソフィが血肉化できていないということなのだと。 経営者とは一生かけて努力するもの。 そういった自分を律しなければならない厳しい言葉も印象的でした。
 「繰り返して血肉化する」
 真言密教の修行で三密行(さんみつぎょう)という修行方法があります。 三密とは身(体)と口(言葉)と意(心)であり「しんくいの三密行」と言ったりします。 「手に印を結び、口に真言を唱え、心を三昧地(さんまぢ)に住(じゅう)す」三昧地とは仏さまの境地。 悟りの境地です。 手に印を結び(合掌など)仏さまと感応しながら行う修法や真言(呪文)を何百返、何千返とお唱えする修行、集中して思いを仏さまに近づけること。 何回もやりこれらがすべて合致したときこの身このままで仏さまになれる(即身成仏)と説きます。 まさに「繰り返して血肉化する」ということは仏道修行(菩薩行)そのものだと感じました。
 「六つの精進」
 稲盛和夫氏の経営理念に「六つの精進」というのがあります。 私はこれを初めて見たとき仏教の教えである「六波羅密行(ろくはらみつぎょう)」の実践に通じるのではないかと勝手ながら当てはめて考えてみました。
  1、誰にも負けない努力をする。⇒@精進
  2、謙虚にして驕らず。⇒A忍辱 耐え忍ぶこと。
  3、反省のある毎日を送る。⇒B自戒 自ら戒める。
  4、生きていることに感謝する。⇒C智慧 仏さまの心(慈悲心)
  5、善行、利他行を積む。⇒D布施 人に施しをする。
  6、感性的な悩みをしない。=失敗してもいつまでも悩まず、心新たにし行動する。⇒E禅定(冷静に見つめ直す)
 「信念を貫き通せば必ず人はついてくる。」
 最初は反対されるかもしれない。だけれども自分を信じて揺るぎない心をもち貫き通せばお互い認めあい許し合える。 少しだけ自信を持てた、何だか勇気がわいた一言でした。

 今回、大会に参加させて頂きとても刺激をうけ感動しました。 誘って頂いた仲間に感謝致します。 ありがとうございました。 そしてこれからも僧侶として怠らず精進して参ります。

(2015.09)
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鴻巣仏跡巡礼会〜インド巡礼の旅〜

 平成27年2月、鴻巣仏跡巡礼会主催のインド巡礼の旅に行ってまいりました。 インドは大学生のときに一度行った経験がありますが今回、ご縁を頂きまして再び行かせて頂くことになりました。
 今回、同行する添乗員はシーク教のインド人です。 シーク教はインドだけの宗教だそうで数はインドの人口の約2%。 シーク教はもともとヒンドゥー教を守るため、戦うために作った宗教だそうで日本でいう侍のようなもので、家には戦うための刀を所有し、腕には盾を表すリングをつけるそうです。
 まず、ナグプール佐々井秀嶺師を訪問しお話をお伺いしました。 佐々井秀嶺師は高尾山薬王院(真言宗智山派)で出家得度したのち、インドに帰化され仏教復興運動に励み、やがてその功績が認められ当時の首相よりインド名のアーリア・ナーガルジュナを授与されました。 師は龍樹の夢のお告げで「南天の鉄塔」(真言宗の教主大日如来が説法した場所)がナグプールのマンセルにあるということを知り発掘調査を開始されました。 のちに仏像や仏教遺跡が発見されこここそが「南天の鉄塔である」と確信され、現在も発掘作業に努められております。 私ははじめその遺跡を見たとき初めてインドに行ったときに見たナーランダー寺院と似ていると印象を受けました。 その後、師が建てた龍樹菩薩大寺に移動し日本から持参した密具で、文屋団長お導師のもと護摩修行を勤修させて頂きました。
 ムンバイでは日本領事館へ訪問し多大なるお接待を受けました。 ガンジー博物館ではガンジーの一生を模型で展示されてあり、目で見てわかるものでした。 非暴力を貫き通し、インド独立の父としての崇められるガンジーの偉大さを改めて感じ取ることができました。
 アウランガバードでは世界遺産のエローラ石窟寺院アジャンタ石窟寺院を参拝。 今回で2度目となりますが、さすがは世界遺産。 多くの観光客がおり中にはインド人の学生や諸国の子供たちも団体で訪れておりました。
  この石窟は約2kmに及ぶ断崖の一枚岩を何十年何百年とかけて寺院や仏像など掘られた石窟です。 どうやって掘るかというと手前から奥、上から下へと掘っていくそうです。 ただ仏像を彫るだけでなく一枚岩で寺院やその中にある仏像や装飾などすべてを彫り、形にするのですからまさに職人技です。 また、彫刻だけでなく壁には色とりどりに仏伝の絵画が施されております。このような石窟を当時の人はどんな思いで掘り描かれたのでしょうか。掘った本人は決して完成を見ることなくこの世を去って行き、次世代にその思いが脈々と継承されていきます。 中には途中で石の性質を見極め、これ以上掘ることは困難と判断して途中でやめた石窟もありました。 真意はわかりませんが、当時の人たちは相当の覚悟や信念があったことでしょう。 インドの歴史の中でイスラム教の弾圧により仏教が一時、滅びることがあったそうです。 そのときは多くの仏教寺院や仏像が破壊されました。 しかし、今日までアジャンタ石窟やエローラ石窟が残っているのは、仏教を守りきろうとする当時の人たちの思いで、何とか石窟の在りかを秘密にして隠し通せたから破壊されずに済んだようです。

 

 インドに行くと人生観が変わると言われます。 私自身人生観が変わったとは思いませんが、海外に行くといろいろと考えさせられます。 どうしても日本と比べてしまうのです。 国が違うので場所や文化は当然違います。 日本には四季があり水に恵まれております。 しかし、インドはどうでしょうか。暑季、雨季、乾季の3つで一年中暑いです。 水も口を付けると変な味がして飲めたものではありません。 インドの街並みは衛生面的にもきれいとは言い難いところです。 日本人はきれいな水は当たり前という感覚がありますので、インドの国では少しの水でさえも受け入れることは容易なことではありません。 私はどうしても日本と比べてあれやこれやと不平不満や文句ばっかり言ってしまうのです。 そんな自分に嫌気がします。 ほんとうに日本という国は恵まれていると思います。 これからも当たり前のことでも実は有り難いということを肝に銘じ、日本で生まれ育ったことに誇りをもち感謝の気持ちを持って過ごしたいと思います。

合掌

平成27年2月インドスケジュール
08日(日) デリー着、ホテルへ
09日(月) ナグプールへ 佐々井秀嶺師訪問 龍樹菩薩大寺 法要
10日(火) ディクシャブミ(改宗広場) ムンバイへ
       日本領事館、ガンジー博物館
       インド門、チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅
11日(水) アウランガバードへ エローラ石窟寺院、
       ビビカマクバラ(ミニタージマハル)、パンチャッキー(水車)
12日(木) アジャンタ石窟寺院
13日(金) デリー クトゥブミナール(一番高い塔)、
       ユマユーン廟(タージマハルのモデル)
       インド門、レッドフォート(赤壁)、レジガード(ガンジー墓所)
14日(土) 成田空港へ

(2015.06)
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青色青光

 平成26年は仏歴2,500年という節目に当たりました。 すなわちお釈迦様が入滅(亡くなる)されてからちょうど2,500年目ということです。 また真言宗の宗祖弘法大師空海が四国八十八ヶ所霊場を開創してから1,200年の年に当たります。 大師信仰で有名な大本山川崎大師平間寺では、10年に1度の大開帳、赤札授与の年でありました。 また今年は午年ということもあり午年とご縁の深い観音様をまつる、坂東三十三観音霊場など全国各地で12年に1度の観音様の御開帳がなされ、ここ川口市の中でも観音様をご本尊として祀られている寺院があり、埼玉南部を中心に足立坂東観音霊場として御開帳がなされ多くの参拝者が訪れたそうです。
 このように仏様とご縁深い年でありましたが、2月の関東地方を中心とした豪雪から始まり広島の土砂災害、京都府福知山市、兵庫県北部の集中豪雨で市街地の冠水。 御嶽山の噴火。 連続の台風発生などまさに「災」の付く字が多い年でありました。 今年の世相を表す一字は「税」。 やはり5%から8%の増税は日本全体を動かすものであり、多くの人々に影響を与えるものでありました。
 さて、仏さまの教えに「青色青光(しょうしきしょうこう)、黄色黄光(おうしきおうこう)、赤色赤光(しゃくしきしゃっこう)。白色白光(びゃくしきびゃっこう)」という教えがあります。 仏さまの住む世界のことを浄められた土地と書いて浄土(じょうど)といいます。 そのお浄土にはたくさんのきれいな蓮の花が咲いており、その蓮の花からたくさんの美しい光が放たれております。 青い蓮の花からは青い光。 黄色い蓮の花からは黄色い光。 赤い蓮の花からは赤い光。 白い蓮の花からは白い光です。
 このお浄土にある蓮の花から美しい光が放つことを、私たち人間に置き換えてみるとどうでしょうか。 それは人それぞれ皆、違うということです。 人というのは、十人十色という言葉があるようにみんな違う色をもち、人それぞれの輝きを放ちます。 同じ色なんて何一つとしてありません。 格好いい人は格好いい人の光を放ち、格好悪い人は格好悪い光を放ちます。 どういくことかというと「格好のいい人も格好のよくない人もそれはそれでいいだよ。」ということです。
 あたりまえのように思われますが人はみな違いますし、それぞれの色を出すのは当然のことだと思います。 だけれどもどうしても人間というのは自分以外の周りの人間を気にしてしまって、いい色を出したがってしまいます。 いい色はいい色でとても素敵です。 しかしながら私たち人間というのは自分を良く見せようとしたいがために、無理をして着飾ってしまい、そのために本当の自分を隠してしまいます。 そうなるとどうでしょうか。 みんな同じ色になってしまいます。そこには何の個性も特徴もありません。
 昔、槇原敬之さんの「世界に一つだけの花」という歌が流行りました。 歌詞の中に「それなのに僕ら人間はどうしてこうも比べたがる?一人一人違うのにその中で一番になりたがる?」とあります。 この歌は「青色青光」の教えをわかりやすく説かれているのではないでしょうか。
 一人一人違う種を持ち、やがて花を咲かせてオリジナルの光を放つことはお浄土の蓮の花と一緒です。 その光は仏様の光背のごとく相手を思いやる優しさに満ちた輝きだと思います。 人と比べることなく「それはそれでいいんだよ」と認め合えるような優しい心を持つことが大切だと思います。
 とはいってもどうしたら自分の色を出せるのでしょうか?そ の秘訣は今風で言ったら「レリゴー♪」ではないでしょうか。 つまり「ありの〜ままで〜♪」、「ありのままの心」です。 ありのままの姿を見せることが、本来の自分の持っている色であり輝きです。 そのありのままの自分の色は世界に一つしかありません。 だからこそいただいたこの「命」というのは同じものは何一つもなく、貴重で尊いものなのです。
 これが「青色青光」の説く有り難い教えです。
 そんなこと言われても「自分なんてダメよ〜ダメダメ」なんておっしゃらずに「青色青光」が教えているように自分の命を大切にみがき、輝かしたいものです。

合掌

(2014.12)
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夏休み自由研究〜錫杖寺の歴史〜

 8月のお盆に、私の友人から先輩の子供が夏休みの自由研究で錫杖寺について勉強しているので、話しを聞かせてほしいと依頼がありました。 早速、お盆明けにその友人、お母さんとお子様二人で錫杖寺にお越し頂きました。 お話しを聞くと川口市内の小学3年生で名前は琉平くん。 自由研究の参考資料に錫杖寺が紹介されていたので、もっと詳しく知りたいと思ったそうです。 川口市の歴史について錫杖寺が紹介されているのは、歴代将軍が日光社参(徳川家康公が眠る日光東照宮へお参りに行く行列)の途中、錫杖寺に立ち寄り昼食をとられたという歴史があるからです。 5年生のお兄さんは歴史好きで、歴代将軍の名前をすぐに答えていました。 さすがお兄さんです。 研究中の琉平くんからはいくつか質問がありました。

 @ 将軍様が錫杖寺にくれたものは何ですか?
 A 錫杖寺は何回くらい建て直しをしていますか?
 B 泥棒はこないんですか?
 C 日光御成の時は、何人くらいの人が来たんですか?
 D 錫杖寺にきたときのご飯はどんなものを食べたんですか?

 どれも興味深い質問ですね。 特にBは僧侶の役目でもあります。 川口の歴史の中で川口の大火という大火事があり、錫杖寺本堂など焼失してしまいました。 しかし、ご本尊様(仏さま)は無事だったそうです。 僧侶としての役目は、お寺のご本尊様を始めたくさんの宝物を守ることです。 ですから僧侶はお寺に住まわせて頂き日々、仏さまを守っているのです。
 琉平くんとは短い時間でしたが一緒に勉強ができて楽しかったです。 錫杖寺に来て僧侶と話しをしたこと、本堂でのお参りやお宝を拝見したことなど、しっかりと胸に刻みこれからも頑張って頂けたらと思います。 先日、完成した自由研究が送られてきました。 一生懸命つくったんだなと気持ちが伝わります。 私は歴史があまり得意ではありませんが、琉平くんのように頑張って勉強していこうと思います。

 さて、日光社参のお話しがありましたが、今年も11月9日(日)「日光御成道まつり」が開催されます。 当時の日光社参のお練行列は多い時で総勢15万人といわれ、伝説では行列の先頭が日光についても最後尾はまだ江戸城を出発できなかったと言われています。 そんな大行列を再現するのが「日光御成道まつり」です。 今回は路上パフォーマンスとして川口市の伝統芸能である「初午太鼓」が行列に参加致します。 私が所属している「栄二打樂團」という和太鼓チームも参加し、只今、おまつりに向けて猛特訓中です。
 先日、毎年川口オートレース場で開催している「たたらまつり」にて、ミス、ミセス??川口といわれる「御成姫」と共に「日光御成道まつり」のPRをさせて頂きました。 このおまつりは日光社参のほかに川口の伝統芸能である、獅子舞、囃子、神楽の披露や日光御成道合戦絵巻(戦国時代の合戦を再現)、川口歴史行列など華やかに行われます。 たくさんの人で行き交うこのおまつりは人と人をつなげる善い場です。

 

 今回、この歴史について研究した琉平くんには是非ともこのおまつりを見て頂きたいと思います。 何故なら、当時のお練行列の再現なのですから。 それを生で見られる機会は滅多にありません。 しっかりと目に焼きつけて頂き、川口の歴史について理解を深めて頂ければと思います。 学ぶ場所は机の上だけではありません。 百聞は一見に如かず!!何事も経験に勝るものはないですね。

合掌

(2014.08)
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おもてなしの心

 平成25年の全真言宗青年連盟(全青連)の活動を二つ紹介させて頂きたいと思います。
 一つは先般「錫杖寺手記」にてご案内させて頂きました、「真言宗十八本山お砂踏み」です。 当日はお蔭さまをもちまして約1,500人の方々が会場である真言宗豊山派の大本山護国寺様にお越しを頂きました。 メインのお砂踏みを始め般若心経写経や法話、午後3時より各会派の衣のファッションショーが施されました。 ファッションショーといっても、各会派の衣や袈裟のいわれや意義など説明するもので、このイベントを通じて参拝者には真言宗の僧侶に少しは慣れ親しんで頂けたかと思います。 お参りされた錫杖寺のお檀家様の話では、「とても貴重な体験でした。若いお坊さんの話しが面白かった。」と、充実したひと時を過ごされたようです。

 

 そしてもう一つは11月に行われました、「全真言宗青年連盟第34回結集宮城大会」です。 今大会のメインは東日本大震災で多くの犠牲者がでた東松島市野蒜海岸にて犠牲者の鎮魂と被災地の一日も早い復興を祈願させて頂くことです。 当日は全国各地から集まった各会派真言宗青年僧、約300人が野蒜海岸から海に向かい、参列者と共に犠牲者へ深い祈りをささげさせて頂きました。 そこには光明真言や御詠歌が唱えられる中、涙を流されながら亡くなった方を思い、手を合わせ一心に祈る参列者の姿がありました。 この今大会の様子はテレビや新聞等で報道され被災者の胸の思いが全国に広がったことと思います。

 

 今回紹介させて頂いた「真言宗十八本山お砂踏み」と「全真言宗青年連盟第34回結集宮城大会」の共通する点は仏さまに祈りを捧げるところです。 仏さまに祈りを捧げるということは仏教でいうと「供養する」ことであり、供養とは「真心をこめて捧げる」ことです。
 お砂踏みの場合はそれぞれの本山のご本尊様に自分の思いを捧げ、宮城大会の場合は犠牲者の鎮魂の祈りを捧げます。 供養には茶筅供養や人形供養といったように人に限ったことではありません。 祈る心には相手のことを思いやる思いやりの心が具わっています。 思いやりの心とういうのは相手の立場になって考えることです。
 供養をわかりやすく言うのであれば何でしょうか。 それは「お・も・て・な・し」だと思います。 今年の流行語大賞にもなった滝川クリステルさんの「お・も・て・な・し」は昔から日本に根付く精神を5文字でわかりやすく表現しました。 昔からある言葉でも、改めて考え直すと「お・も・て・な・し」とは仏教でいう「相互供養」にあたると思います。 「相互供養」とはお互いに供養しあうことです。 真言宗の曼荼羅の世界はお互いが相手のことを思いやり供養しあう相互供養の結果、たくさんの仏様を出現させました。 相手のことを思いやる供養は「おもてなしの心」です。 おもてなしという行為は「見返りを求めないこと」だそうです。 「自分のした行為で見返りを求めない」という心はまさに「おもてなしの心」であり仏教の精神です。

合掌

(2013.12)
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大沼湖畔徒歩練行

 私の専修学院(僧侶育成機関)同期の河田雅常群馬教区青年会会長が、会長になられて初めての事業である、登拝修行に参加させていただくご縁を頂きましたので、その様子を書かせて頂きます。
 去る、平成25年9月5日に群馬教区智山青年会主催の赤城山黒檜山入峰修行(標高1828メートル)に参加のため、前日に赤城山温泉に宿泊し当日に備えましたが、当日はあいにくの大雨になってしまい、予定していた赤城山黒檜山入峰修行を断念し、登山道入口から頂上を遥拝し、赤城神社に隣接している大沼(おの)というカンデラ湖の湖畔を一周する徒歩練行に変更になりました。

 

 当日は朝8時半に赤城神社(本宮)に集合。宮司様にご挨拶をさせて頂いた後に、特別に拝殿の中で法楽を捧げました。 赤城神社は大洞赤城神社(全国に約三百社あり区別する)の名で親しまれ、かつては地蔵岳の中腹に、小沼(この)を見下ろす様に建てられたが、大同元年(806)に、大沼の畔に移したそうです。 神仏習合期に修験者は赤城山を修行の場として、自然を崇拝する場であったそうです。 小休憩をはさみ、歩いて十分ほどで登山道入口に到着しました。 入口から険しい傾斜と足の踏場となるたくさんの岩場が上に見えない所まで続いており、まさに「修行の場」と思わせる山道でした。 入口より山頂を見上げながらの法楽は山の神様を始め、ここで命を落とされた先徳への供養と共に、「またここへ来るぞ!」という硬い決意の法楽になりました。 登山道入口は大沼の湖畔の道路に面しており、そのまま徒歩練行に移りました。 大沼は聞くところによると夏でも気温は麓より十度ほど低くなるそうで、地元の方はよくここへ涼みにくるそうです。 8月には花火とジャズフェスタの夏祭りや冬になると湖面が全面氷結し、氷上ワカサギ釣りや天然スケート場に変わり楽しませてくれます。 そんな魅力ある大沼の湖畔を雨の中、「懺愧懺悔!六根清浄!」と掛念仏を一心に唱えながら巡りました。 途中、休憩のときに地元の中学生の団体に遭遇し、笑顔で歩いている様子をみると、地元の方に愛されているだと改めて大沼の魅力を感じました。
 休憩もすみ再び赤城神社を目指しました。 不思議なことに赤城山神社に近づくにつれて、雨も止んで来ました。 ボート乗り場から遠く反対岸にみえる赤城神社とそれにかかる赤い架け橋は、背面の山の緑とマッチし素晴らしく、時折かかる霧がありのままの自然を感じさせ、とても幻想的な光景でした。 お昼前に無事に赤城神社に到着し無魔成満のお礼の法楽を捧げることができました。 夕方に予定していた精進落としをお昼に変更し、会場である大沼湖畔にある青木旅館において参加者一同成満の喜びを分かち合いました。

 

 群馬教区智山青年会長である河田師とは専修学院で初めて会いました。 そもそも専修学院というところは総本山智積院の中にあり、全国各地から僧侶になるために集まり、1年間の僧堂生活をする機関です。 卒業すればそれぞれの師僧のところへ戻ります。 卒業後は同期に会える機会は減りますが、各々が各地で頑張っている姿をみると、修行時代を思い出し、懐かしさが蘇ります。特に河田師とは同い年ということもありその活躍振りをみると、自分ももっとしっかりしなきゃという思いになり、とてもよい刺激を受けます。 同期と久しぶりに会うと、修行中、我武者羅に日々を送っていた日々を思いだし、大切な心である発心(初心)を思い出させてくれます。

合掌

(2013.10)
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いろは歌写経

 記録的、猛暑日が続いています。 皆さんいかがお過ごしでしょうか? 私は暑いのが好きなので、苦に感じませんが、こまめに水分補給をして、熱中症にならないよう気をつけております。 どうか皆様もご自愛下さい。
 さて、今年も8月のお盆の前に、錫門キッズが開催されました。 毎年、体験として「写経」を取り入れておりますが、子どもたちにとって写経は結構難しいようです。 最初に一番有名な「般若心経」は長いので、すぐに出来る「十善戒写経」をしました。 しかし、よくよく考えたら、子どもには生まれ初めて見る漢字や書き順もわからないなど、ただ線をなぞるだけの子どもが多かったと思います。 子どもたちには「一字一字、仏さまだと思い、仏さまを迎える気持ちで書きなさい」と指導してはいるものの、書き順まで指導する時間もなく、これではきちんと写経ができていないと感じました。 そこで住職が、子どもたちにも書ける、「いろは歌」はどうかと提案があり、早速作ってみました。 写経の字は私を含め、錫杖寺職員も指導を受けている、書家の宮澤靜峰先生に依頼しました。 先生は子どものためを思い快く引き受けて下さりました。 また、先生のご助言で平仮名の右横に小さく、「字源」があれば、字の成り立ちも勉強できるという有り難いお話もいただき、取り入れさせて頂きました。 また、子どもたちに抵抗なく写経に接してもうえるように、私の姉にイラストをお願いしました。 仏教の象徴である、蓮の花や小さくとも「いのち」あるカエル、世の無常を表す散りゆく花びら(散華)が四隅に描かれています。
 ところで、「いろは歌」ってお経なの?と思いますが、大般涅槃経に解かれている諸行無常(しょぎょうむじょう)、是生滅法(ぜしょうめっぽう)、生滅滅己(しょうめつめつい)、寂滅為楽(じゃくめついらく)を宗祖弘法大師がわかりやすく説いたのが「いろは歌」なのです。(でも今は、学説的に俗説になってます。)
 ここで「いろは歌」について、私が授業で習ったことや調べたことを記したいと思います。
 ◎いろはにほへとちりぬるを(色は匂へど散りぬるを)
  諸行無常・・・諸行は無常なり。諸行とは様々な因縁によって生じた現象や存在。
 ◎我が世誰そ常ならむ(わかよたれそつねならむ)
  是生滅法・・・是れ消滅の法なり。それらは絶えず消滅する。すなわち無常。
 ◎うゐのおくやまけふこえて(有為の奥山今日越えて)
  生滅滅己・・・生滅にして滅しおわんぬ。有為は私たちの住む世界(作られた世界。迷いの世界。)
          奥山は奥が深い。そのところを超えたところに涅槃(悟りの世界)がある。
 ◎あさきゆめみしゑひもせす(浅き夢見じ酔ひもせず)
  寂滅為楽・・・寂滅なるを楽と為す。涅槃に入らば浅はかな夢に酔うことはなく、欲から解放し、楽を得る。
 美しく咲き誇っている花も、時が来ればやがては散ってしまいます。 自然と同じように私達人もまた、子供から大人に成長し年をとり死んでゆきます。
 美しく育った花は人に感動を与えます。  そしておいしい実がなれば人はその実を生きる糧とし頂きます。 生きとし生けるものすべてそれぞれに役目があり、その役目が終われば花の如く綺麗に散っていくのみです。 
 この大自然の流れ(定め)に逆らって生きてしまうから、苦しみが生まれてしまうのです。 自分の役目がわからずに、自分勝手に生きてしまう。 あれもこれも欲しいと欲望のままに生きるから、思い通りにならないと、苦しみ続けてしまうのです。 自分の役目何なのか? 何のために生まれたのか? それぞれ「いのち」を授かった理由や役目は必ずあるはずです。 その授かった「いのち」をどのようにいかすかは自分自身です。「いかすいのち」とは世のため人のために自分ができることをさせて頂くことだと思います。
 でも、時折人自分自身がわからなくなってしまうこともあると思います。 そんな時ほど自然の流れに身を委ね、仏さまにお任せしましょう。そうすれば、極端な話ですが死ぬことなんて怖いことでも何でもありません。何故なら、いつでも仏さまがそばにいますから。
 この「いろは歌写経」を通じて、平仮名の成り立ちを勉強しながら、美しい字が書けるようになって頂くのと同時に、写経のご利益を授かり、いのちの儚さ尊さを感じていただければ幸いです。

合掌

(2013.08)
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東日本大震災物故者三回忌

 去る、3月11日に岩手教区青年会主催である「東日本大震災物故者三回忌法要並びに復興祈願柴燈護摩法要」に参加させていただきました。 青年会の主催ですから、若い真言の僧侶が全国から50人ほど集まりました。 場所は盛岡駅から車で海岸方面へ約2時間走ったところの、宮古市の田老町。 この田老町は過去の記録では3度の大地震を経験しています。 1611年に起きた慶長三陸地震津波。 明治29年(1897年)6月15日の明治三陸津波。 昭和8年(1933年)3月3日昭和三陸津波です。 何れも壊滅的被害を受けた経験から高さ10メートル、総延長2443メートルの地元では「万里の長城」と呼ばれる長大な防潮堤を築きましたが、今回の大津波は10メートルをはるかに超えた20メートルの津波が押し寄せ、町は壊滅し200人近い犠牲者を出しました。
 まず、田老町にある常運寺様で本堂並びに境内地にある津波供養塔でご供養をさせていただき、復興祈願柴燈護摩法要が行われる田老港公園跡地まで徒歩練行をしました。 この道はまさに津波が押し寄せた場所です。 私は元の町並みがあった風景すら知らなければ、そこから海も見えない場所から防潮堤を超えてここまで来たのかと思うと信じられない気持ちになりました。 建物は点々としてある中でふと足元をみると建物跡があり、所どころに花も供えてありました。 同じ地面でもかつてはそこに家があり、幸せな家庭があった場所を気付かずにその上を歩いたときには、犠牲になられた方々を踏んづけているような感覚で後ろめたい気持ちなりました。

 

 

 目的地の田老港公園に到着した時には、すでに400人近い方々が柴燈護摩道場を囲んでいました。 午後2時46分に黙祷をした後、厳粛に柴燈護摩が厳修されました。 柴燈護摩は高尾山修験道の方々が中心となり、参加者の皆様と共にお不動さまに祈りを捧げました。 法要の後に大祇師(だいぎし)(導師のこと)から、被災者のお話がありました。
 「あなた方は遠いところわざわざ被災地に来てくれて、支援物資をくれたりボランティア活動をしてくれて、本当に有り難いし、助かっている。 でも、ひょっとしたら自分の周りに困っている人がいるかもしれない。 もっと身近な所に救いの手を求めている人がいるかもしれない。 遠いところに駆けつけてくれることはとても有難いが、自分の身近で困っている人がいたら助けていただきたい。 どうかそのサインに気づけるような人になってほしい」
 「我々が行う祈りや行いによって生じた功徳が、直接的ではくとも間接的に巡り巡って被災者のところへ行き、被災者のためになることもある」 と、おっしゃっておりました。
 大祇師の話しを聞いて、これこそが仏教でいう「普回向」の精神だと思いました。 人は善い行いをすれば必ずその報いが還ってきます。 普回向の精神とは善い行いによって受ける功徳を自分だけに留めることではなく、一人でも多くの困っている人に行き渡り幸せになれるように願うことです。 困っている人の役にたちたいという気持ちは誰もがもっています。 しかし自分の目につくところは手助けできるかもしれませんが、ごく身近なことになると案外、灯台下暗しで気付かないかもしれません。 もしかしたらすごく近くに困っている人がいるかもしれません。 誰にも悩みを打ち明けられないで、助けてほしいと願っている人がいるかもしれません。
 そういう存在に一人ひとりが気づき、今、自分ができることをさせていただくことを一人ひとりが心がけることが大切だと思います。 どんな小さなことでもそれがやがて大きな力に代わります。

合掌

(2013.04)
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延命地蔵菩薩萬燈会30周年記念

 錫杖寺の一大行事で、年末年始に行われる「延命地蔵菩法灯提灯薩萬灯会」が、お蔭さまをもちまして今年で30周年を迎えます。 昭和58年12月末より行われている約1,000灯の奉灯提灯は、今も途絶えることなく灯し続けています。 提灯には「延命地蔵菩薩」と書かれ反対側にはお施主さまのお名前、所謂献灯される方のお名前が入ります。 「延命地蔵菩薩」と書かれた提灯ですから、ただの提灯ではなく提灯自体が仏さまとなります。 従って提灯を一つ献灯するということはお地蔵さまを一つ作ることと同じことを意味します。 そして作った仏さまを錫杖寺のご本尊さま延命地蔵菩薩にご奉納し供養します。 献灯する方々は「今年母が亡くなったので供養のために」、「また来年も家族が健康でいられますように」、「不景気だから景気が良くなるよう会社の繁栄のために」と様々な思いを込めておられるようです。
 萬灯会は、宗祖弘法大師さまも天長9年(832)の8月22日、高野山の地で勤修されております。 正式には「萬灯萬華会」といい、お大師様は四恩(父母の恩、衆生の恩・王国の恩・三宝(仏・法・僧)の恩)の報恩のために、1万のお灯明とお花を仏さまに捧げ供養しました。 その萬灯萬華会の「高野山万燈会願文」の中に「虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば我願いも突きん」という誓願がなされています。 すなわちこの空間が尽きるとき、生きとし生けるものが尽きるとき、仏さまの世界が尽きるとき、私の願いも尽きるであろう。言い換えれば、それらが尽きない限り私の願いも、永遠に尽きることなく続くということです。 お大師さまの願いとは何でしょうか? それは菩薩さまの願いと同じです。 菩薩さまは如来さまになるために、言うなれば悟りを開くために修行をされています。 しかし、菩薩さまは如来さまにならずに菩薩のままで留まっております。 何故ならば、菩薩さまは「生きとし生けるもの全てが救済されるまで、私は如来さまになりません」とお誓いをたてられているからです。 それが、菩薩さまの誓願なのです。 お大師さまも同様の願いです。 このような懇願で万燈会という大法会を勤修されています。 萬灯会は人々の幸せを願い、父母の恩のような恩に報いる感謝の念が込められているのです。
 今年の「延命地蔵菩法灯提灯薩萬灯会」は、12月23日から1月5日まで行われます。 境内は法灯提灯によってたくさんの仏さまで埋め尽くされます。 一つ一つに願いが込められた法灯提灯は、仏さまの光背の如く輝きを放ちながら夜空を照らし、そしてその光輝く智慧の光明によって参拝者の心も清めます。
 どうぞ、萬灯会を通じて延命地蔵菩薩さまのご利益をあずかって頂ければと存じます。 また、今年は30周年の記念に一回り大きな太鼓を製作致しました。 皆さまの願いを祈願する地蔵堂にありますので、護摩修行の際にご覧頂ければと存じます。
 それでは良いお年をお迎えください。

合掌

(2012.12)
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川口商工会議所青年部総務研修委員会例会

 私は平成21年の7月に、ご縁を頂き川口商工会議所青年部(川口YEG)に入会させていただきました。 現在、私が所属している委員会は総務研修委員会(永野智実委員長)です。
 先日、7月10日に総務研修委員会の初の研修事業として錫杖寺を会場に研修会(例会)が開催されましたのでご紹介させていただきます。
 総務研修委員会は、昨年までは総務広報委員会でした。 今年度より総務研修委員会となり研修事業の担当になりました。 初めての開催なので、どういったものにするかメンバーで話し合いながら進めていきました。 とはいっても、メンバーの皆さんは日常の業務があります。 その中で合間をみながら電子会議を活用し意見交換して、月に一度委員会を開き、顔を合わせ具体的に決めていきました。 内容はメンバーに私がいるからお寺で何かできないか。 お寺にまつわることにしようと決まりました。
 研修の目的は「YEG精神を磨こう!!」です。 YEGは若き青年の経営者の集まりです。 未だ先の見えない不況の中で、己を見つめなおし、精神を集中させ心も体もリフレッシュすると共に、普段なかなか聞けないお寺にまつわる四方山話をYEGメンバーから話していただき、幅広い知識を深めていただくことが目的です。
 当日は、午後7時に約50名のYEGメンバーが錫杖寺本堂に集まりました。 内容は2部制となっており、第1部YEGメンバーからのお寺にまつわる話。 第2部は場所を移動し瞑想、写経、護摩修行の体験です。
 最初に稲垣会長の挨拶ののち、永野委員長より趣旨説明をしてから四方山話へと移ります。 話はまず、私が「錫杖寺の歴史について」話しました。 錫杖寺は、徳川将軍家との関係も深く、日光社参の折りの御休息所に指定され昼食をとられた歴史があります。 今年の秋に新川口市誕生1周年記念事業として、川口市が主催でその当時の日光社参のお練り行列を再現するお祭りが開催されます。 そのことも合わせてお話させていただきました。 続いて(有)花ぜんセレモニー 関有孝氏より「お葬式のお話」。 埼玉法律事務所 高倉光俊氏より「相続の話」。 (有)花よし 鈴木歩氏より「お花のお話」。 (有)小川石材店 小川明彦氏より「お墓のお話」をどれも分かり易くお話していただきました。

 挨拶をする稲垣喜代久会長

 話を聞く川口YEGメンバー

 相続の話をする高倉光俊氏

 お花の良さを伝える鈴木歩氏

 真剣に写経に取り組む

 商売繁盛・会員安全祈願

 次に本堂の下に移動し第2部です。 最初に瞑想体験です。 講師の(株)東京スターメガネ 藤本祥一氏は、昔インドに行きインド人から瞑想の伝授を受けられました。 藤本氏は普段から瞑想して心を落ち着かせております。 次に(株)田原 田原浩之氏の「写経入門」です。 時間の都合上、写経は「十善戒写経」です。 田原氏は総本山智積院で様々な仏道修行を経験され、その実体験をもとにご指導いただきました。 参加した皆さんは瞑想で心を落ち着かせ、熱心に写経をされておりました。
 研修の最後は、地蔵堂に移動し護摩修行です。 護摩修行に先立ちまして参加者のお体のお祓いをし、それぞれの願いを書いていただいた護摩木で、YEGメンバーの商売繁盛と一同の安全を祈願させていただきました。 最後に田舛敦監事より監事講評をいただき無事に閉会となりました。
 今回の例会を通じて特に護摩修行で感じたことは、改めて人は願いに生きているということと、その願いに聞き耳をたてただただ黙って聞く「仏さま」という有り難い存在です。 職種の違う経営者が一つのお堂に集まり、手を合わせて何かを祈る姿にとても感動しました。 よく日本人は無宗教だとか、私は信仰心がないとか話を耳にします。 果たしてそうなのでしょうか。手を合わせる姿勢に嘘はないと思います。 願いは人それぞれにあります。 誰にも言えない悩みや自分の会社をもっとよくしたい。 それよりもなによりも家族が無事で健康であればいい・・・といった願いの中で人は生きています。 皆それぞれの思いでお寺に足を運んだと思います。 お堂に上がり仏さまと向き合い手を合わすことは「信心」がなければできません。 合掌の姿から信じる心を感じました。 願いに生きることは信じる心です。 その思いがあればきっと仏さまに祈りは通じます。 そんな思いを強く感じた例会でありました。

合掌

(2012.08)
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喪中と正月飾り

 先日、女性の方からお寺にお問い合わせの電話がありました。
 女性 「喪中なんですが、正月に門松は飾ってもよろしいのでしょうか?」
  私 「お寺としてはどちらでもかまいませんよ・・・」
 女性 「今はあまり気にしないですかねぇ?」
  私 「喪中のハガキは出しますが、先代住職が亡くなった時は門松飾ってました・・・」
 女性 「おせち料理は? 親戚とか来るのですが・・・」
  私 「どちらでもよろしいと思いますよ・・・」
 こんなやりとりをしていながら、 家はどうしてた?・・・昨年は住職の弟さんが亡くなり、喪中ハガキは出したけど、正月飾りはしてたな!・・・おせち料理も出してたから、どっちでもいいのかな?・・・などと考えていましたが、  自分自身明確な答えもなく適当に答えてしまい、住職に確認してから改めて連絡をと思ったのですが、連絡先すら聞かずに電話を切ってしまいました。
 後日、住職に確認すると、
 住職 「一般的には、お祝い事は遠慮するものだから飾らない。」
  私 「先代住職が亡くなった時は?」
 住職 「お参りにくる方々が全員喪中ではないからお寺としては飾る。 でも家としては遠慮する。」
  私 「この前、問い合わせがあって適当に答えてしまった。どうしよう・・・」
 新年を迎えるにあたり、悔いが残らないようここでしっかりと反省したいと思います。 その方がこのページをご覧になっているかどうかわかりませんが、誤った情報をお伝えしたことを深くお詫びさせて頂きます。
 「不妄語」(ふもうご)という戒めがあります。 それは嘘をつかない。 正直に話そうです。
 嘘をつけば嘘を呼び、信頼関係を失い取り返しのつかないことになり兼ねません。 わからないことはわからないと素直に言える勇気を持って対応ができていれば、今回の誤りはなかったと思います。
 今はパソコン、携帯でネット検索すれば何でも調べられます。 そんな中、お寺に電話をして下さるということは、「お寺に聞けば間違いない!」という信頼があったからだと思います。 お寺はあらゆるご相談・お問い合わせにきちんと答えられなければなりません。 いつでも適宜対応できる柔軟性のあるお寺でありたいと思います。
 今年は未曽有の大震災で多くの尊い命が失われました。 境内では伝統行事であります「萬燈供養会」が行われております。 提灯には一人ひとりの思いや願いがこもっています。 供養の功徳が亡き御魂に行き渡りますようにご祈念致します。
 また、初めての試みとして、除夜の鐘の前に「被災地早期復興祈願」として、大筆で一字書の揮毫をさせて頂きます。 気合いを入れて書かせて頂きますので是非ご覧頂きたいと思います。
 それでは、良いお年をお迎えください。

合掌

(2011.12)
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富士山登拝修行

 平成23年8月29日(月)に埼玉第一教区青年会(川口市・鳩ヶ谷市・草加市・さいたま市(一部)の真言宗智山派の寺院若手僧侶の会)主催で自身初めての富士登山に行ってきました。 参加者は14人。 初めに富士登山に先立ち、事前に心得など学ぶ勉強会を開きました。 富士登山経験者の話しを聞くと「本当になめてかからない方いいよ」とのことでした。
 私は富士登山に備えて、大峯山入峰修行や食事制限やウォーキングなどして体をしぼり、万全な態勢で臨みました。 持ち物も抜かりがないように確認をし、いざ出発の時を迎えました。 今回の行事はただ富士山を登ることだけでなく、登拝修行です。 山は聖域。 自ら作り出した悪業を消し去り、身を清めると共に、この度の東日本大震災でお亡くなりになれた精霊のご供養。 そして、被災地の一日も早い復興を祈願することも目的の一つです。
 前日の夜9時位に5合目に到着。 「雲上閣」というところに宿泊し、翌朝3時に起床、小御岳神社でお参りをして4時に登山開始しました。
 私たちは歩きながら、「懺愧懺悔六根清浄」(ざーんぎざんげ!ろっこんしょうじょう!)と歩くペースに合わせて掛けあいをします。 それは自己の行動を振り返り反省し、六根を清めることです。 六根とは般若心経にでてくる眼耳鼻舌身意(げんにーびーぜっしんに)。 すなわち視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、意識であり、人間が持っている6つの構成要素です。
 なぜ掛け合いをするのか。 お山は神聖なる場所で山頂には浅間大社があり浅間大神が鎮座しております。 神様仏様の前で失礼のないうように、山頂に行くまでに自分自身を穢れのない状態にする。 私たちは普段、煩悩に支配され誘惑に負けてしまいます。 そういった身についている毒を山頂に行く前までに洗い流し体を整えるのです。
 歩き初めて1時間ほどしたとき、雲海から炎々と光り輝くご来光が現れました。 辺りは暗闇から日の光で徐々に明るくなってゆく感じがとても幻想的でした。 肌に感じる太陽の温もり、光に包まれる感覚は、仏さまの光背の如く、すべてのものに分け隔てなく光を与え、救いの手を差し伸べているかのようでした。 ご来光(ほとけさま)に出会い有り難いお恵みでパワーを頂きながら、しっかりと拝ませて頂きました。
 7合目、8合目と黙々と進む中、岩場道で両手を使い、足場を確認しながら行くようなきつい道があったり、仲間が幾度となく発する「あともう少し」という言葉が信じられなくなったりしましたが、9合目になると山頂がすぐそこに見え、登り始めて8時間半、なんとか全員で山頂に辿り着けました。 登ってきた道を見下ろすと「良くここまでこれたなぁ」と信じられない気持ちでした。 山頂からみる景色はまさに絶景でした。
 山頂に1時間ほど滞在し下山しました。 下りは3時間半で戻れました。 登るときよりも安心したのか、とてもきつかったです。 スタート地点にやっと帰ってきたときは頂上に到着したときよりも、達成感なのかとても感動しました。

  

 初めての富士登山。 天候に恵まれ、カッパや防寒具を使用しなかったことは意外でした。
 無事に登れたのもみんなと共に協力しあったからこそ。 自分もなるべく登山中は疲れたとかネガティヴなことを言わないように心掛けました。 今回は山頂でのご来光やお鉢(火口)廻りはスケジュールの都合上、お参りはできませんでしたが、日本一の高いお山に登れて本当に良かったです。 何よりも一人ではなく、仲間がいたこと。 経験者のアドバイスが心強くとても有り難かったです。 自分一人だったら、お山の偉大さに圧倒され自分がちっぽけに思え、孤独を感じていたことと思います。
 そして、登山が終って5合目のトイレに行くと「富士山は水がありません。毎日タンクを運んでおります。ご協力お願いします。」というような内容の看板がありました。 普段、当たり前ように使っているものも場所によってはそれが貴重になるんだな・・・とあらためて気づかせて頂いた富士登拝修行でありました。

合掌

(2011.10)
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大峯山初入峰

 「私は仏道に入り、人々を救いたい。もし願いが叶うなら私の命をお守りください。叶わなければこの身を仏さまに捧げます」 と断崖絶壁から身を投じました。
 これは弘法大師さまが「真魚(まお)」と呼ばれていた7歳のときの伝説です。 この場所を「捨身ヶ嶽(しゃしんがだけ)」といい、香川県出釈迦寺(四国霊場第73番札所)にあります。
 さて昨年、錫杖寺の団参として総本山智積院の青葉まつりを観に行きました。 そこなかで山伏達による「柴燈護摩修行」が勤修されておりましたが、 参加する山伏達は 奈良県南部にある大峯山に登拝修行をしてから柴燈護摩修行に臨みます。 大峰山は山上ヶ岳とも呼ばれ、奈良時代に役行者(えんのぎょうじゃ)・神変大菩薩(じんぺんだいぼさつ)が修験道の山(修行の山)として開かれました。 吉野山から熊野へ続く山脈全体を指し、標高1,700m以上で、山上ヶ岳の周辺には現在でも宗教上の理由により「女人禁制の門」があります。(詳しくは真言宗智山派「生きる力 bU5」で紹介されております)
 今年初めて、私は大峯山入峰修行に挑戦させて頂きました。 単に山を登るだけでなく、さすが修行のお山。 そこにはさまざまな仕掛けがありました。 断崖絶壁から命綱一本で見下ろす「西の覗き」というところは命綱があるだけまだいいほうです。 岸壁をよじ登ったり、足の踏み場もわずかしかない壁を伝ったりと少しでも滑って足を踏み外したり、手を放した瞬間、奈落の底へと突き落とされます。 私はロッククライミングはしたことないし、正直ここで死ぬかと思いました。 そして「何でこんなことをするのだろう?」と不謹慎なことを思いながらも、必死になって崖にしがみ付いてました。 時々、自分が谷底へ落ちる瞬間を想像してしまい嫌な気分になったり、「捨身ヶ嶽」ではありませんが、もし落ちても仏さまがきっと助けてくれるであろうと信じて「きっと大丈夫!!」と心の中に言い聞かせながらまさに命掛けの修行でした。 しかしやっとの思いで修行を終えると、これまで味わったことのない何とも言えない気持ちになり、気分爽快になりました。

  

 入峰修行に入る前に経験者にお話を聞いたのですが 「大峯山は一度死の疑似体験をすることによって、新たな体になりそして体が清められる」 ということでした。 その意味がなんとなくわかったような、実感することができました。 修行中「何でこんなことをするのだろう?」と度々思っておりましたが、終えると今あるこの命がとても有り難いということ。 それは、谷底に落ちることもなく無事に生かせて頂けたこと。 それはきっと、仏さまが守って下さったんだと素直に思えた瞬間、涙が出そうになりました。 それは目に見えない自分の内に秘めた仏さまに出会えた瞬間でもありました。 一度だけ大峯山に登っただけですが、私にとってはとても大きなことであり、有り難い経験をさせて頂いたことに心から感謝しています。
 そして青葉まつり当日の柴燈護摩修行では、清められた体で新鮮な気持ちで臨み、一心にお経をあげさせて頂き、ご信者さまと共にご祈願をさせて頂きました。
 この大峯山入峰修行は僧侶だけでなく誰でも参加できます。 万一を考えあまりお勧めはしませんが、一度挑戦してみるのも良いかもしれません。

合掌

(2011.07)
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慈善

 全国各地ではチャリティ・コンサートやチャリティ・マッチというようなチャリティ活動が盛んに行われています。よく耳にする言葉ではありますが、チャリティってなんだろう?と辞書を引いてみると「慈善」とありました。 慈しみの心で善い行いをすること・・・今回でいうと、大地震で被災された方々のために、自分が出来る事をさせていただくことです。 自分に出来る事は何か?と考えてしまいますが、誰でも被災された方々の気持ちになって考えることはできます。 仏教では 「慈・悲・喜・捨」 (四無量心) という教えがあります。
  「慈」は「与楽」で楽を与えること。    「悲」は「抜苦」で苦を抜くこと。
  「喜」は共に喜ぶこと。          「捨」は平等に物事をみる。執着しないこと。

 

 「慈悲(抜苦与楽)」は仏さまの心です。仏さまは困っている人や悲しんでいる人がいれば救いの手を差し伸べてくださいます。 大地震で被災された方々のために何かさせていただきたい。1日も早い復旧を願う心が慈悲の心です。 先日、お寺の寺務所にいたときに緊急地震速報がながれて大きな揺れがありました。 思わず外に飛び出し安全を確保したところで揺れが治まりましたが、その時になりようやくお寺に居るおばあちゃんの存在を思い出しました。 大した地震でもなかったのに、ひとりで逃げ出した自分を振り返り、ホント自分のことしか考えてなかった・・・とやるせない思いになりました。
 自分のことより相手を思いやる気持ちがあれば、動揺することなく、確固たる気持ちで冷静な判断ができたはずです。 まだまだ修行が足りません。
 「喜」は共に喜ぶ・・・仲間と共に喜びを分かち合うことは素敵なことです。 しかし、今まで自分と同等だと思っていた人がカッコよくなった、面白くなった、また素敵な異性といっしょにいた、など羨ましく思うというのは、共に喜ぶどころか嫉妬しています。 相手の喜びを素直に喜べるようになることで、はじめて喜び合えます。
 「捨」は平等に物事をみる・・・私たちは、どうしても自分の物差しで物事を見てしまいます。仏さまの目で見れば、すべては平等なのです。 しかし、理不尽なことがあると相手の話しも聴こうともせずに腹を立てたり文句を言ったりします。 ひょっとしたら原因は自分にあるかもしれないのに。何事にも冷静になって考え、相手の立場になって考える思いやりが大切なのです。
 また「捨」は執着をしない=施しをすること。物事にこだわってしまうため、捨てられない。こだわればこだわるほど、どんどん欲望が出てきてやがて、満足できずに苦しんでしまいます。だから、執着せずに、施しをしましょうということ。 今、震災で募金活動が盛んに行われています。 募金をすることも布施行という仏道修行だと思います。 ただ「私は○○円募金した」「私はこんなにやった」とか私心が入ると、本当の布施行とはいいません。 見返りを求めずにただただ黙ってさせていただくことが真の布施行です。「情けは人の為ならず」というように世のため人のために悪いことをせず善い行いをすれば、巡り巡って自分に返ってきます。これは仏さまの教え。見返りを期待する行動は上辺に過ぎません。
 相手が困っているとき、苦しんいでるとき、悲しんでいるとき、喜んでいるときも自分のことのように、感じられるように、心豊かな感情を育てて行きたいものです。そして、大震災で失われた尊い命の供養の心を、被災地の一日も早い復興の祈願の心を、「慈善」の心をこれからも忘れずに過ごして行きたいものです。

合掌

(2011.04)
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希望の灯り

 新しき年を迎え、皆さまいかがお過ごしでしょうか?
 年の初めには、今年はどういう年にしようかと目標をたてたりするものです。 昨年は30年に1度といわれる記録的な猛暑が続いたり、ゲリラ豪雨やチリの落盤事故などさまざまな災害がありました。この地球では災害は付き物で、特に自然災害はいつ起こるかわかりません。
  昨年12月に、全真言宗青年連盟(全青連)の活動で神戸に行って参りました。ちなみに「全青連」とは全国の真言宗各派の総大本山18ヶ寺(真言宗十八本山)の青年僧侶の組織です。
 1995年1月17日に起こった災害を思い出していただきたいと思います。阪神・淡路大震災です。
 今年度はそのときに命をおとした方の17回忌にあたりますので、神戸の東遊園地の中にある「慰霊と復興のモニュメント」の地下で被災者のご供養をさせていただきました。そこには、壁全体に震災で亡くなられた方のお名前が刻まれております。
 参列者の中に、この震災で奥さまを亡くされた方がおりました。自分の目の前でガレキの下敷きになった奥さまの声がだんだんと小さくなっていった・・・と涙ながらに語られていました。
 今まで大震災があったとわかっていながらも、自分は関係ないとまるで他人事のよう思い過ごしてきたように思います。しかし、現実には死者6,000人以上、負傷者40,000人以上いたということ、残された遺族の気持ちを改めて考えさせられ、絶対に忘れてはいけないことだと思いました。
 仏教では「愛別離苦」という教えがあります。最愛の人との別れる苦しみです。誰でも、大切な人を亡くしたら悲しいです。しかし、いつまでも悲しんでもいられませんので、現実を受け入れなくてはなりません。思わぬ災害や事故で無くなった人や病気で亡くなった人など、世の中にはたくさんいます。私達は今、こうして元気でいられるのも、その方々のお陰でもあります。犠牲となった方々は志半ばで亡くなっています。だからこそ、その方々のためにも、命を大切にしてお互い助け合いながら、そしてお互い供養をしあいながら、人として与えられた命を全うしましょう。
 今回、17回忌のご縁を頂き、改めて法事の大切さを感じました。法事を行うことで、当時のことを思い出したり、そのことを周りの人に伝えたり、自分自身を見つめ直し感謝の念を伝える絶好の機会になります。
 是非、年の初めには今一度、年回忌法要のご確認をお忘れなくお願い申し上げます。
 タイトルの「希望の灯り」は、震災の種火と47都道府県から寄せられた種火を一つにした灯りで「慰霊と復興のモニュメント」の近くに灯されています。
 本年は飛躍の年、希望をもって明るく元気に歩んで参りましょう。

合掌

(2011.01)
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足音

 毎日、暑い日が続きますが、毎年この時期になると思い出す行があります。
 智山専修学院で、「四度加行(しどけぎょう:お坊さんになる前にしなければならない行)」に入る前に行う、「根来寺繞堂行(ねごろじにょうどうぎょう)」という行です。
 この行は一週間、修行僧の格好をして朝早くから真言を唱え続ける行で、その行は字の如く、根来寺にあるお堂を繞る行で、各お堂で仏様の真言を唱えたり、お堂からお堂に向かうときは歩きながら常にお経を唱えたりする、まさにお経三昧の行です。

 

 日常生活においても四威儀(しいぎ)小所作といって、何を行うのにも初めにお経や真言を唱えるのです。
 四威儀の四とは、行(ぎょう):歩くこと、住(じゅう):とどまること、坐(ざ):座ること、臥(が):寝ることです。
 朝は、鐘の音で起床します。起きたら真言を唱えます、もちろんその鐘を鳴らす人も鐘を撞く前にお経を唱えます。顔を洗う前、口をゆすぐ前、歯を磨く前、トイレに行く前、お風呂に入る前、食事を取る前、寝る前など、まず真言を唱えてから行動に移ります。「行住坐臥」つまり日常の立ち居振る舞い、すべてが行なのです。すべての行いやあるいはものに対して有り難い気持ちを持って、よく考えて行動しなさい、ということだと思います。

 

 この行に入る前に根来寺のお坊さんより「足音は心の声を表す」というお話を聞きました。お坊さんの耳には、真夏の暑い中を智積院から来た私たちの足音が「暑いなぁ・・疲れるなぁ・・」と聞こえたそうです。そして「智積院に帰るときの足音が今から楽しみ」といわれました。
 確かに暑くて、しんどかったので、その通りなのですが、まさか、足音がそんなことを言っているとは思ってもなく、身が引き締まる思いでした。まさに「行住坐臥」立振る舞いを気を付けていれば、足音もきっと素晴らしい音に聞こえるかもしれません。
 しかし、理想的なのは気をつけなくても自然にできるようになることだと思います。
 お坊さんは足元に気を使うときがありまして、当派のお坊さんは右進左退といって、前に進むときは右足から、下がるときは左足からと決まっています。当山の法要にお越しの際は是非、お坊さんの足元を見てみてください。もちろん、右進左退で歩いていますが、素敵な足音が聞こえると思います(笑)。
 皆さんの足音はどんな音でしょうか? 今度、当山のお参りの際にお聞かせください。

合掌

(2010.08)
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川口七福神巡り御礼

 平成22年3月28日に武州川口七福神巡りを開催致しましたところ、39名もの方にご参加を頂きました事、心より感謝申し上げます。
  実を申しますと、これまで私は川口の七福神巡りをしたことがありませんでした。今回開催するにあたり、下見のお参りをした時が初めてなのです。日頃より七福神巡りをお勧めしているにも関わらず、自分自身がまわったことがなかったので、説得力もなにもありませんでした。しかし、今回皆さまと共にお参りをさせて頂きましたことで大変貴重な経験を積むことが出来、また思い出の一つにもなりました。

 

 当日は、午後より半日で七ヶ寺をまわるという過密日程にも関わらず、スムーズにお参りが進み、無魔成満となりました。偏に皆さまのご協力の賜物であると感謝の気持ちで一杯です。特に皆さまと共に、当山錫杖寺のご本尊さまにご報告の法楽をあげさせて頂きましたことは大変有意義であり、何よりも無事に帰って来られたことは喜ばしいことでございました。
 携わって頂いた多くの方々や、武州川口七福神霊場会の皆さまにはお手配とお心遣い、大変ありがとうございました。また安全運転を心掛けて頂いたバスの運転手さん、ありがとうございました。懇親会では美味しい料理をいただきながら、共に歩んだ仲間と親睦を深めることができたのも、よかったですね!

 

 今回は団体でのお参りでありましたが、個人でもまわって頂きますと、何か新しい発見があるかもしれません。お寺によって宗派の違いやご住職のお人柄がでたりして面白いものです。四季折々いろいろな顔がありますから、「1回お参りできればもういいかな・・・。」とおっしゃらずに是非、もう一度お参り下さいませ。
  今後もこのような企画を開催する時にはご案内させて頂きますので、お誘い合わせの上ご参加のほど、宜しくお願い致します。

合掌

(2010.04)
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人形供養

先日、川口市栄町2丁目にあります、(有)花ぜんセレモニー(葬祭業)さんからご依頼がありまして、人形供養をさせていただきました。
花ぜんセレモニーの初めての試みであるカルチャーイベント第一弾として『人形供養祭』と題し、花ぜんf・リビング(家族専用式場)に於いて人形供養を始め、「葬祭セミナー」、「相続セミナー」、外には「屋台」など設け、2日間に亘り施されました。

 

現在はものが多くありすぎているせいか、あたりまえのようにものを捨てる傾向にあります。ものを大切に扱うということが薄れてきているのではないでしょうか。
しかし、昔から日本人は本日の人形供養をはじめ針供養、茶筅供養といったようにお世話になったものに対する感謝の念をもっていました。それが、培われた日本人の心ではないのかと感じるわけであります。

 

供養というと、ご先祖様の供養や今は無き故人の供養などのイメージがあります。しかしそれだけではなく、供養というのは ''真心を込めて捧げる'' ということです。
''ものを大切にすること'' は周りの人を尊重することに繋がります。
お世話になった人形も今日でお別れです。
人形とご参列者の間で ''ものの大切さ'' を改めて感じさせて頂いた人形供養でありました。

合掌

(2010.01)
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気になる高齢社会

この度、「文章講座」開設発起人である、牛伏寺(長野県松本市)の副住職である大谷宥秀さんより、ご縁を頂きまして、今年の11月より1年間、「文章」を勉強する機会を頂きました。毎回、課題テーマがあり作文提出することになりましたので、その作文をそのまま冷汗三斗の思いで公開させて頂きます。

私が生まれ育った錫杖寺は、伝統行事の一つに、除夜の鐘がございます。年末年始に約二十日間、延命地蔵尊万灯会として約千燈の提灯が境内や、道端に並びます。静かな星空に響きわたる除夜の鐘の中、地元住民のご協力でご参詣の皆様に対する接待があり、参詣者も心から新年の慶びを味わっていることと思います。この行事でご協力を頂いている方々は、寒風の中、提灯の取り付けから始まり、山内整備、参詣者への交通や受付など献身的なご奉仕を頂き、まさに「縁の下の力持ち」である受け入れ側の貴いご奉仕によるものであります。
この行事も昔の話を聞くと、初めの頃は御奉仕の方は二十人位しかおらず、一人が何回も鐘を撞いていたそうです。そんな状態から現在に至るまで、長い年月が懸かり、受け入れ側の体制が整うまで、どの位の人たちからご協力をして頂いているのかと思うと、皆様の「ボランティアの精神」にただただ感謝の気持ちで一杯です。
手伝いの人たちは主に地元の町会の方が多いのですが、その町会の皆さんも自体もご高齢になってきたようです。このままの状態が続くと、若い人たちが入ってこない限り、町会自体の存続が危ぶまれます。高齢社会になりご高齢が増えても、それを引き継ぐ若者がいなければ、途絶えてしまいます。
私も町会の一員として、今は良いが、これから先のことを考えると何とか受け入れ態勢を整わないといけないと思います。その為には、受け入れ側も仲間内だけで楽しむのではなく、誰もが入りやすい環境作りが必要であります。
万燈会も町会を始め、地域のご協力があってこその行事であります。何年もの月日を掛けてようやく地元に定着してきた行事でありますので、途絶えさせることのないように地域の人達と協力して、地域に貢献できるよう努力する次第です。

合掌

(2009.12)
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一期一会

 師走に入り慌しい日々が続きます。今年も早いもので残すところあとわずかです。皆様は今年1年どのような年だったでしょうか。素敵な年でしたでしょうか。目標を達成できましたでしょうか。
人は生きていく中で様々な出会いがあります。しかし、私の職場はお寺でありますから自ら外に出ない限りなかなか人との出会いはありません。自坊のお勤めをさせて頂いてから2年目になりますが、お寺に閉じこもってばかりいました。それよりも少しでも外にでる機会を持った方が、当り前ですが新たなる出会いが増えます。人として生を受けた以上、人との関り合いがなければ、生きて行けません。人との出会いによってこそ“生きがい”を見出せる気がします。さまざまなご縁で外に出る機会が増えましたので、新たな出会いの多い年であったと思います。

先日、専修学院の同期会がありました。私の人生のターニングポイントは、専修学院です。僧侶としての原点でもあります。そんな1年間をともに過ごした仲間と久しぶりに会って、話しをするのはやっぱり楽しいものです。年1回で、各地域担当、持ち回りで開催します。今年の担当は東北ブロックで初めての泊まりの同期会でありました。遠方なので人数は少なかったですが、同期の仲間に会う事は初心を思い出す機会にもなります。“初心忘るべからず”という言葉があるように、お互いの近況報告や日々の僧侶としての考え方など話しあったり言い合ったりすることはいい刺激になります。
翌日は仲間のお寺参りに行きました。福島県にあります「観音寺」というお寺です。
住職の中野賢栄さんは元々サラリーマンをしていて、専修学院卒業後すぐに住職としてお寺を守っています。後ろに写っているのが本堂です。中野さんの代で新しく再築したそうです。僧侶としてのスタートが住職という立場で法灯を絶やさず護寺していくのは大変なご苦労があったと思います。
同期会は新たなる出会いではありませんが、お互い成長した姿に出会えます。年を重ねるに連れ、お付き合いの人も変わってきてその分、旧友に会う機会も減ります。人生は“一期一会”同じ人でも新たなる出会い。今この一瞬を大切に自信もって生きたいものです。
来年もお地蔵さまのご加護がありますよう心からご祈念申し上げます。

合掌

(2009.12)
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はじめに

暑い日が続いております。私が総本山智積院を退職し、自坊に帰ってから1年と4ヶ月が経ちました。
振り返れば、高校卒業後に仏道を選び、1年間の智山専修学院(僧侶養成機関)を決めてから、9年目であります。
長かった自分の髪を剃髪にするのはかなりの覚悟でしたが、決めた以上はその道を突き進むしかありません。
私の通っていた高校の校訓は 「吾道一貫」(我が道一つ、以ってこれを貫く)でした。
僧侶には様々の立場の方がいます。私は一般的な会社勤めの経験がなく僧侶になりましたが、ひとまず他の世界を経験してから僧侶になる人、僧侶を兼職にしてる人、退職をしてから出家する人、。もともと一般の家庭の方、いわゆる在家出身者の方などと様々です。
僧侶としてどのコースを選ぶのが一番よいかはわかりませんが、修行時代に「人生はどう生きたかではなく、どう生きたかったか」とお教えいただきました。
私も「自分はどうしたいのか?」を考えるように心がけておりますが、なかなか難しいものです。
自分の考えをしっかり持つことは、日々の行いをきちんとしなければ持てません。日々の行いから悔いのない人生を送りたいものです。
仏さまの教えに出会えた、初心(仏教では発心)を忘れることなく、精進して参ります。
このコーナーでは私自身の体験や日々の感じたことを書いていこうと思っております。
何かを感じていただければ有難く思います。

合掌

(2009.08)
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