康秀街道~こうしゅうかいどう~  駒井僧侶による執筆です。月々移り行くお寺のお話をお楽しみ下さい。

恐怖と幸せの先にあるものは?

 気が付けば1月も終わりに近づきました。 年末の除夜の鐘は風が大変強く、雪こそ降らなかったものの今までで1番の寒さで凍えるかと思いました。 筆を持つ手だけは何とか守りましましたが、左手の指は寒さのあまり動かなくなり、心配を重ねた新年の幕開けでしたが、ふたを開けてみれば穏やかな日が続き、善し悪しは別として暖冬となっているようです。
 昨年は「康秀街道」をお読みいただきありがとうございました。 何年たってもなかなか思っていることを文章にすることは難しく、自分で読み返しても反省することも多くあります。 しかし、これも経験とご容赦いただきまして、今年も1年お付き合いいただければ幸いです。
 ところで、新年のごあいさつにて干支にちなみ「子(ねずみ)」=「寝ず身」という当て字から一所懸命に働き、僧侶として働くことに喜びが見いだせるように精進したいと申し上げましたが、早速それが現実となりました。 不幸なことに副住職が不慮の事故に見舞われ、私がいつも以上に休みなく働くことになりました。 全快までは時間がかかるようなので、私が何とか精進したいと思います。 ただ、自分で言うのもおこがましいのですが、昨年は過労により3回ほど高熱を出しましてダウンしてしまいましたので、今年は年齢を言い訳にせず、昨年以上に気を付けたいと思います。

  さて、新しい時代「令和」として初めて迎えたお正月となりましたが、先にお話しした通り大変穏やかで暖かい日が多く、夜の参拝者が心なしか少なく感じたため、逆に元日は大変多くの参拝者がいらしていた気がします。
 もちろんお参りの方は「1年間無事に過ごしたい」という気持ちが中心と思いますが、広義では「令和という新時代を無事に過ごしたい」という気持ちも含めてのお参りと思います。
 錫杖寺でも、会計上は消費税増税による影響はもちろん大きくありますが、やはり「お守りは小銭を1枚握りしめて子どもでも買えるようにしたい」という想いから、金額は一切上げることなくお正月を迎えましたが、子どもたちがお気に入りのお守りを喜んで持ち帰る姿を見ていると、新年早々に温かい気持ちになることができました。 お金には代えがたい何かを得られるというのは、新年早々に幸せなことです。
 話は変わりますが、昨年はあまり干支と仏教的なお話がありませんでしたので、省略いたしましたが、今年の干支である「子」は有名なお話がありますのでご紹介したいと思います。
 ある時、ひとりの男が荒野を歩いていると暴れた大きな象に遭遇しました。 この男は恐怖を感じ象から逃げまわりますが、どこにも身を隠す場所がありませんでした。 しかし、よく見渡すと井戸が1つあり、その傍らには藤の蔓が垂れ下がっていたので、男は蔓を頼りに井戸の中へと身を隠すことにしました。
 すると、その木の根元に黒と白の2匹の鼠が現れて、男がつかまっている蔓の根元を交互にかじりだしました。 この井戸の中には、四方にそれぞれ毒蛇がいて男に噛みつこうとしているだけではなく、井戸の底には毒竜がいて、男が落ちてくるのを待っています。
 男は井戸の底の毒竜や四方の毒蛇だけでなく、蔓を噛みちぎられるかもしれない恐怖でいっぱいでした。 あきらめかけたその時、上から甘い蜜が5滴降ってきて口の中に入りました。 よく見ると、藤の蔓の上には蜂の巣があって、ここから蜂蜜が落ちてきたのです。 男は、甘い蜜の味に魅了され、今置かれている状況はすっかり忘れてしまい、さらに蜂蜜を味わいたいという思いから蔓を揺らしました。
 すると蜂たちが飛び立ち男を刺しました。 そして、突然に井戸の周りから炎が上がり藤は燃えてしまいました。

 これは『仏説譬喩経』に納められている有名な話で、別の「甘い蜜」などの名でご存知の方もいるかもしれません。 このお話は『譬喩経』というお経に納められているので、譬喩が用いられていますので、少々考えてみたいと思います。
 ここでの「ひとりの男」は私たち・「荒野」は私たちの迷いの世界・「大きな象」は無常・「井戸」は私たちの此岸(=迷える人生)・「藤の蔓」は寿命・「黒と白の鼠」は昼(=白鼠)と夜(=黒鼠)で「交互にかじる」は時間の流れ・「毒竜」は死ぬこと・「四方の毒蛇」は四大(地・水・火・風=人間の身体=病苦)・「5滴の蜜」は五欲(食欲・財欲・色欲・名誉欲・睡眠欲)・「蜂が刺す」は邪な心・「炎」は老いや病をそれぞれ表します。
 整理してみますと、私たちは常に「諸行無常」の世界において、生まれた瞬間から死へと向かわざるを得ないのです。それがこの例えの男と同じなのです。
 蔓にしがみつく私たちは、常に日々細くなっていく蔓が切れたら毒竜が待つ死へと向かいますが、蔓につかまっている瞬間でも、病気などの苦しみは隣り合わせなのです。 しかし、そのような瞬間であれ、一時の快楽を得ることで、そのような不安は忘れてしまうのです。 そして、それを求めようとすることで、結果として揺らせば蔓は摩擦により早く切れることになりますし、蜂を刺激すれば当然と刺されて蔓から落下することになります。
 限られた人生というものをどう生きるかはとても大切なことです。 令和という新しい時代になりましたので、心も新たに今年1年、自分の心と相談しながらしっかりと共に精進していきましょう。
 今年もよろしくお願いします。

合掌

(2020.01)
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新年のごあいさつ

 まず初めに、謹んで新しい年を迎えることができましたことを心よりお慶び申し上げます。
 また、新しい元号である令和最初のお正月ということで、この令和という時代がよりよい時代になること、ならびに1年の無事を祈り、錫杖寺では僧侶ならびに関係者が一丸となってご本尊延命地蔵菩薩さまにご祈願をしております。 無事に新年を迎えられたことを慶び、今年1年が昨年よりもよい1年となるようにみなさまもお祈りください。
 今年の干支は子年となります。 ねずみというと、これは当て字になりますが「寝ず身」となり、一所懸命に働くという意味に通じます。 昨今の社会情勢からは「働き方改革」が提唱され、無理に働きすぎで身を亡ぼすことは当然あってはなりません。 しかし、健康で働くことができるということは幸せなことと私は思います。
 昨年はイノシシのように突き進んで働き、結果として大きく体調を崩してしまったことが何度もありましたので、今年は可能な限り無理はせず、僧侶として働くことに喜びが見いだせるように精進したいと思います。
 今年もよろしくお願いします。

合掌

(2020.元旦)
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