康秀街道〜こうしゅうかいどう〜  駒井僧侶による執筆です。月々移り行くお寺のお話をお楽しみ下さい。

さすがお大師さま!

 10月に入り、上旬から中旬にかけては暑い日が多かったものの次第に秋が深くなってきたようで、朝晩が寒く感じることも多くなってきました。 しかし、この寒暖差がないと美しい紅葉を見ることもできませんし、秋の味覚を楽しむこともできません。 このまま冬を迎えることになりますが、この冬は寒くなるのでしょうか?
 今月は、錫杖寺の年に1回の「写仏会」がありましたのでお話したいと思います。 今回の「写仏会」は、あいにくの天気でしたが、去年より多くの方にご参加いただきまして無事に納めることができました。 どうしても5月の「写経会」に比べると参加者が少ないのが残念ですが、初参加の方も含め充実した時間を過ごすことができました。
 当日は、副住職の都合が悪くなってしまったので、急遽私が昨年に続き代理で写仏を教えることとなりました。 私としてはやはり写仏を行う以上、描く仏さまがどのような仏さまなのかある程度理解する必要があると思い、今回も講義まではいかないものの少しお話をさせていただきました。
 今回この「写仏会」で描いてもらったのは「大日如来」です。 錫杖寺の「写仏会」は十三仏を順番に描いているので、今回は「大日如来」でした。真言宗では、すべての仏さまの根本となる存在で 、宇宙の「真理」そのものと考えます。少しでも「大日如来」を理解するためには、弘法大師空海の教えである『即身成仏義』や『弁顕密二教論』を理解する必要がありますが、話が難しくなりますので、簡単に「大日如来」は仏教(=仏の教え)そのものであり、すべての仏はこの「大日如来」が姿を変えて現れたものと考えていただければわかりやすいかもしれません。
 もちろん仏さまですので、頭で理解するよりもやはり感じていただく方が私としては良いと思います。 特に「大日如来」は実態があるものというよりは「真理」そのものなので、真言宗では「阿字観」(=真言宗の座禅)が最も近いと思います。 なぜなら、先に話した通り仏教(=仏の教え)そのものであり、実態がないからです。 それを少しでも身近に感じるために「写経」や「写仏」や「阿字観」(=真言宗の座禅)などがあるのだと思います。
 しかしながら、仏さまを感じようとして「写経」や「写仏」や「阿字観」(=真言宗の座禅)を行ったとしても、必ず仏さまを感じることができるかどうかは、行った本人のとらえ方によって違うかもしれません。 これらは、あくまでも教科書どおりの話であって、少し現実味にかけると私は思うからです。 例えば、この季節、山に登ったとして、きれいな紅葉を見たとします。 そこに、少し寒い風が吹いたら「秋」というものを感じることができるでしょう。 しかし、ここに「秋」という実態は存在しません。しかし「感じる」という感覚をつかむことができると思います。
 もう少し仏教的に身近なところで考えたいと思います。 我々は、お墓参りや法事の時に、おのずと手を合わせて祈ると思いますが、それは供養する仏さまに対して手を合わせていると思います。 つまり、その供養する仏さまが自分の大切な両親であったり、親類であったり、友人であったり、特定の対象のことを想い、手を合わせているのです。 しかし、残念なことに亡くなってしまっている以上、実態はすでにありません。ただ、心の中にあるその特定の対象の面影や声などが記憶に残り、実態はなくとも存在していると思います。 言い換えれば、亡くなった大切な人のことを想って手を合わせている瞬間は、まさに仏さまを感じている瞬間と考えることができます。
 いつも同じようなことを言いますが、仏さまは決して遠い存在ではないのです。 弘法大師空海の教えの中に『般若心経秘鍵』がありますが、この中に次のような有名な文言があります。
  それ仏法遥かに非ず。心中にして即ち近し。真如外に非ず。身を棄てて何にか求めん。
  そもそも仏の教えは遠いところあるものではなく、心の中にあって近いところにある。
  覚りの真理は外にあるものではないので、この身を棄ててどこにそれを求めることができようか。

 つまり、お大師さまも「仏の教えは遠いところにあるわけではない。 覚りの真理は外にあるものではない」と教えを残しています。 この「仏の教え」や「真理」は先にお話しした通り「大日如来」ですから、そう考えると「大日如来」はいつも遠くにいるわけではなく、外にいるわけではなく、心の中にいると考えることができます。 だから、仏さまは決して遠い存在ではないのです。
 それをぜひ身近に感じるために、手を合わせる簡単なことから始めてみませんか?

合掌

(2017.10)
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日本語マジック!?

 早いものでこの「康秀街道」も9年目を迎えることができました。 これも偏にこのような原稿でも楽しみに読んでいただいている方々の応援のおかげです。 毎回余裕をもってこの原稿に臨むことができればもう少し読みやすい内容や話に一貫性がでるのでしょうが、なかなか仕事に追われ、自分自身に余裕がないと、どうしてもまとまらないお話や難しい言葉が多いお話になってしまいます。 ただ、少しでもわかりやすく仏教を中心として興味をもってもらえるような内容をお話していきたいと思いますので応援よろしくお願いします。
 さて、雨の長かった8月に比べると、多少は残暑があったものの彼岸を過ぎるころには朝晩が涼しい日も多くなってきました。10月からは衣替えですので、いよいよ秋も深まっていくのでしょう。
 今月は「秋彼岸法要」がありましたので、簡単ですがご紹介したいと思います。 前日の夜からの雨が心配されましたが、法要中は雨に降られることなく、天候を考えると大変多くの方にお参りをいただきまして無事に納めることができました。
 毎年お参りいただいている方はもちろん、今回初めてご参加いただいて方もいて、短い時間でしたが内容のある法要となりました。 本堂の中は、法要中に焼香をしていただきますので多くの香りでいっぱいになります。 以前、金木犀のお話をしたことがありますが、香りも人間の感性を大いに刺激してくれます。
 ちなみに、お香に関するものは『仏説無量寿経』に多く説かれていますが、この経典に「目の前に百味の飲食が盛られていても、浄土ではそれを食べるものはいない。 ただそれを見て香を聞けば、自然とお腹がいっぱいになる」と説かれています。
 もし、この彼岸法要でお焼香をすることにより、少しでも「よい香りだ」と思えば、それは浄土へ到るための方法のひとつでしょう。 なぜなら、浄土で香を聞けばお腹がいっぱいになるのなら、それは現世においても、同じことだと思います。 簡単に言い換えれば、お香を良い香りと思った瞬間に、我々は幸せな気分で満たされているので、満足した状態になりますから、その瞬間は安楽を得ます。安楽を得ているということは、苦がない瞬間ですから、浄土にいる時と同じ状態と考えることができます。 つまり、彼岸(=仏国土)へ到るための法要が完成するということになります。 そう考えれば、この彼岸法要でお焼香をしていただく意味は大いにあるのです。
 ちなみに「お香を聞く」と表現しましたが、これは日本語の文化が少し影響してくるかもしれません、「匂い」=「嗅ぐ」というのが一般的な表現ですが、この「香り」=「嗅ぐ」とは表現されません。 これは、室町時代の「香道」において、少人数で香炉を回してお香の香りを楽しむ様子が、利き酒のように見えたことから「利く」→「聞く」となったようです。
 お寺によっても焼香の香りやお線香の香りは違いますので、ぜひお寺に足を運んだ時には、香りにも注意するとお参りの楽しさが増えるかもしれません。

 話は変わりますが、最近は季節のお菓子として栗を使ったものが多くみられるようになりました。 昔に比べ、現代では様々な技術の向上により、1年を通してほぼ食べられないものは少なくなりましたが、やはり季節のものをいただく文化を大切だと思います。 この秋のお彼岸には、ありがたいことに「お萩」をいただきました。
 この「お萩」ですが、季節によって呼び名が変わることをご存知の方は多いと思います。 秋のお彼岸の頃は、萩の花が咲くので「お萩」と呼ばれ、春のお彼岸の頃は、牡丹の花が咲くので「ぼたもち」と呼ばれます。 同じものを季節によって使い分けるというのは、なんとも日本語の奥の深さを感じます。 しかし、驚いたことに、このお菓子は、夏の呼び名と冬の呼び名もあるのです。 私も最近知ったのですが、夏は「夜船」と呼ばれ、冬は「北窓」と呼ばれるそうです。
 なぜこのように呼ばれるかというと、ともに「つき知らず」という言葉からできたもので、夜は暗くて静かなため船がいつついたかわからない様子から「着き知らず」となり「夜船」となったそうです。 また、「月知らず」という月を知らない=北側の窓は月が見えないということから「北窓」となったそうです。
 日本語はとても奥の深い言葉だということを最近改めて実感しました。 また、同じものでも季節ごとに呼び名を変えるところがなんとも日本語の素敵な部分を見たような気がします。 世の中にはきっと知らないことや知らない世界が多くあります。 少しでも踏み出す勇気があれば、きっと楽しい世界が広がっているのでしょう。 この秋は一歩外に出てみたらいかがでしょう。きっと素敵な出会いがあるでしょう。

合掌

(2017.09)
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錫杖寺の1年で1番暑い日

 8月は大変雨の多い月で、埼玉でも21日連続で雨を記録するなど、例年と違い不思議な感じでお盆を過ごすことになりました。 太陽がカンカン照りの夏もあまり暑すぎると嫌なものですが、雨が多すぎるのも困ったものです。
 この雨の影響で夏野菜やお米はずいぶんとダメージを受けてしまったようですが、それでもありがたいことに多くの夏野菜でお盆にご先祖さまを迎えることができました。
 今月は、夏の錫杖寺の一大行事である錫杖寺寺子屋「錫門キッズ」を紹介したいと思います。 今年は8月の3日〜4日と川口のたたら祭りの直前の開催にも関わらず、51名のご参加をいただきました。 残念ながら今回もお断りをさせていただいた子どもたちもいるので、申し訳ない限りです。
 今回も、大変ありがたいことに過去の参加者がお手伝いという形で協力をしてくれました。 やはり子どもたちにとっては、私に比べて年も近い分だけお兄さん・お姉さんという立場で接してくれるので、子どもたちも親しみやすく、楽しそうにしている姿を見ることもできました。
 内容は、例年通り大きな変更はありませんが、今年は今までと違い「写仏」を「写経」として「いろは歌」を子どもたちに書写してもらいました。 本来なら、経典やその一部を書写するのが一般的ですが、小学校中学年では難しい漢字も多いことや「いろは歌」がお大師さまに所縁のあることを考慮しました。
 基本はすべて平仮名なので、子どもたちにもそれほど難しくなかったと思います。 ただ「写仏」ほどではありませんが個性を感じました。 ゆっくりと書く子もいれば、速く書き上げてしまう子もいました。 もちろん、大切なのは速さではなくて、一生懸命書いたかどうかです。 もし、一生懸命書けたのならば、きっとお願い事も仏さまの元へ届くでしょう。
 また、今年は工作の時間に粘土で仏さまを作ってもらいました。 ただ、使った粘土が「もくねんさん粘土」というあまりなじみのない粘土ですので、子どもたちも大変だったと思います。 これは、以前同じように粘土で仏さまを作ったときに使った「石粉粘土」が思いのほか固まりづらく、後日取りに来てもらわなければならない状況を作ってしまったためです。 その反省を踏まえ、今回は固まれば、触り心地が木のようになる粘土として「もくねんさん粘土」を使用しました。
 ただ、この粘土も思ったよりも固まるのが遅く、作った仏さまが地蔵菩薩ということもあり、どうしても顔を大きく見本を作ったためか、顔の重さに負けて身体が潰れてしまい、何度も作り直している子もいました。 それでも、子どもたちにとっては、工作は楽しいようで、見本以上の出来の地蔵菩薩や複数の地蔵菩薩を作る子もいました。
 感想文を読む限りでは、やはりきも試しや花火が楽しいという意見が多く見られます。 今はまだ仏教的な意味よりも楽しい思い出が勝ると思いますが、楽しい夏の記憶として忘れずに覚えておいてくれたら嬉しいです。  この寺子屋は、毎回私たちにとっても学ぶことが多く、子どもたちの自由な発想から刺激を受けることもあれば、言葉遣いひとつにしても難しい言葉を使わないように気を付けるなど、よく考えなければいけないことも多くあります。 今年の反省を基に次回が今回よりもよいものになるように精進したいと思います。

 8月も終わりに近づくと、セミの鳴き声もだんだんと切なく感じるようになります。 実は、大変恥ずかしながら、最近までセミが雄しか鳴かないことや1ヵ月くらい生きていることなどを知りませんでした。
 そう考えれば、檀信徒のみなさんも仏教に関して、今更聞けないこともあるともいます。 例えば、何気なく私はお話しすることがありますが、彼岸とお盆の違いや十三仏のことや曼荼羅のことなど知らないことが多くあると思います。
 私も少しずつでもこの「康秀街道」の中で分かりやすくお話したいと思いますが、まずは気軽に錫杖寺へと足を運んでみてください。
 9月のお彼岸には錫門茶屋もありますので、かしこまらず気軽にお話できたら私もありがたく思います。 日ごろからのご参拝お待ちしております。

合掌

(2017.08)
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記憶と想像

 今年は猛暑の予想を多く聞く機会がありますが、特に暑く身体に例年以上の負担を感じます。 これが年齢的なものだと言われてしまえば否定はできませんが、気候的なものだと思えばまだまだ救われます。
 確かに、日本は気温が高いことに比べて湿気もこの時期になると多いので、どうしてもうまく汗をかくことで身体をコントロールできないので身体がだるく感じるのでしょう。
 こういう時は、無理なくエアコンで熱中症を予防することが大切だと思いますが、風鈴や打ち水などの江戸時代の涼の取り方も風情があってよさそうです。
 今月は、錫杖寺の夏の大行事の1つ「大施餓鬼法要」を無事に修めることができましたのでご紹介したいと思います。 内容は例年と同じで13時の錫杖寺詠歌講のご詠歌のお唱えから始まり、15時の「大施餓鬼法要」と約3時間という長い時間でしたが、多くの方にご参加をいただきました。 今年は月曜日ということを考えますと、去年ほどのお参りの方はおりませんでしたが、それでもご参加いただいた方には『般若心経』のお唱えを含め、ご先祖さまやご自身の大切な方のご供養はもちろん、恵まれない餓鬼のためにお手合わせをいただきました。
 14時のご法話も変わらず人気で、今年は「仏さまの救いの力―信じれば、きっと救われる?!」という題名でお話をいただきました。 毎年このご法話を楽しみにお参りにきてくれる家族もいるため、先生にはプレッシャーだったかもしれませんが、そんな私の心配をよそに、大変分かりやすく楽しい話をしてくれました。 私も毎回思うのですが、すべての内容を座って聞いていることができず、いつもご参加いただいている方々をうらやましく思っています。

 私事ですが、今月は自分の寺のお檀家さんと共に本山を中心として京都・奈良の旅へ行ってきました。 私も残念ながらそうそう総本山を含め、他の寺社の観光としてお参りすることができませんので、今回の京都・奈良の旅をとても楽しみにしていました。 まだ梅雨明け前ということもあり、雨が降る時間帯もありましたが、大雨に見舞われることもなく、大変楽しい時間を過ごすことができました。
 個人的に特に楽しみにしていたのは、奈良の寺社の参拝です。  私の場合は総本山へ行ったとしても、なかなか時間の都合上、お参りできても京都の限られた寺社になってしまうことが多く、奈良まで足を運べる機会というのはほとんどありませんでした。 私の経験では、中学生の時に修学旅行で行ったことと、今から約10年前に行ったくらいです。
 では、なぜ奈良の寺社を楽しみにしていたかというと、やはり日本の仏教の始まりと考えることができるからです。 始まりと考えるなら、有名な寺院では法隆寺がそのひとつですが、私が楽しみにしていたのは東大寺です。
 東大寺に関しては、日本の歴史として小学生でも学習するので名前を聞いたことがない方はいないでしょう。 また、簡単に言ってしまえば、奈良に当時の都である平城京があったときに、聖武天皇が仏教の力で国を守りたいと発願して、全国に国分寺・国分尼寺を建立し、その全国の総国分寺として建立されたのがこの東大寺です。
 今でこそ高層ビルや東京スカイツリーのような高層建築物を目にする機会が多くなったため、特に何も感じないかもしれませんが、よく想像すると、この東大寺が当時の仏教においてどれほどの寺院だったのかを知ることができます。 今の私でさえも、大仏を下から見た時の迫力に圧倒されます。 これが建てられたが奈良時代ということを考えると、当時の最先端であったことを想像するのは難しくありません。
 また、楽しみだった理由はもうひとつあります。 それは、お大師さま(=弘法大師空海)が東大寺の別当を務めたことがあるからです。 お大師さまが別当であった時代の東大寺は、今我々の身近にあるような寺院とは違い、多くの僧侶がここで仏教を学び、正式に出家するための戒律を受けることができる寺院でした。 その為、今でいう僧侶の最高レベルの大学と思っていただければ分かりやすいかもしれません。
 すべてがお大師さまの時代のものが残っているわけではありませんが、実際にお大師さまがこの東大寺の別当として、密教の儀式なども行っていたことを考えると何とも表現できない気持ちになります。 そのお寺を修学旅行生としてではなく、ひとりの真言僧侶としてお参りできたことは大変意義のあるものでした。

 子どもの時には気が付かなくても大人になってから新しく発見することも世の中にはあると思います。 まして、中学の時には学ぶことのなかった仏教を学ぶことによって、同じ寺院の参拝にしても感じ方が全く違います。
 今は理由もわからずにお盆や施餓鬼にお参りにきてくれている小さな子どもたちも、いつか大人になっても変わるどころか、子どもの時以上にお参りの意義を感じてきてくれたら嬉しいです。

合掌

(2017.07)
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興教大師に教え

 6月も終わりに近づくと、だんだんと梅雨らしい空模様となってきました。 これから7月にかけて少しずつ暑さも増していよいよ夏本番となります。
 最近では、熱中症対策として様々な商品を見ることができるようになりました。 確かに我々が子どもの頃に比べて夏の最高気温は高くなる一方ですので、熱中症に関しては簡単に考えず、しっかりと対策をしなければいけません。
 時折、隣の小学校から楽しそうな声が聞こえてくるようになりました。 たぶん体育の授業で水泳を行っているのだと思いますが、これから暑い日には気持ちがよく、泳げる子どもたちにはとても楽しい時間になります。
 今月の錫杖寺では大きな行事はございませんでしたので、少しお時間をいただいて興教大師覚鑁(こうぎょうだいしかくばん)について少しお話をしたいと思います。
 この興教大師覚鑁ですが、私たち真言宗智山派では、豊山派や真義真言宗と共に中興の祖として、お大師さまと同じようにご法号をお唱えしご供養します。
 興教大師覚鑁は、嘉保2年(1095年)6月17日に現在の佐賀県で生まれました。 幼いころに父を亡くし、母も出家したこともあり、もともと仏教に信心のあった家柄も助け、早くより仏教に大きな関心を持っていました。 京都の仁和寺にて正式に出家をした後、修行を重ねる傍ら高野山へとのぼり、最終的には高野山金剛峰寺の座主になりました。 しかし、その当時の日本の仏教は、とてもお大師さまの志を継承しようという興教大師覚鑁には堕落したもので、すぐに座主の座を引き渡し、1000日の「無言行」を行いました。 その「無言行」が明けた時に『密厳院發露懺悔文(みつごんいんほつろさんげのもん)』を書き記しました。 その後、残念ながら高野山を追われることになりますが、同じ和歌山の根来山へと移り、学問を中心として弟子たちの指導にあたりました。 ちなみに、興教大師覚鑁とここでは呼んできましたが、興教大師(こうぎょうだいし)という大師号が贈られたのは、元禄3年(1690年)の江戸時代になってからで、時の東山天皇より賜りました。
 今回はさらに『密厳院發露懺悔文』について少し考えてみたいと思います。 この『密厳院發露懺悔文』は先にもお話した通り、興教大師覚鑁が「無言行」を終えた時に書き著したものです。
 この中には、腹を立てて我慢することなく、なまけて努力をしようともしない。 心が乱れて座禅にも集中できず、真実に背を向けて智慧を得ようともしない。 僧侶という名前を名乗り寺院を汚して、僧侶の格好だけしてお布施をもらっている。 授かった戒は忘れてしまい、学ばなければならないことをしようともしない。 遊び笑い話をして無駄に歳を重ね、嘘や悪口を言って意味のない毎日を送る。 善い友ではなく、悪い友と親しみ、善い行いではなく悪い行いをする。 名誉がほしいがために自画自賛して、自分より能力のあるものに対して嫉む。 など、大変現在でも耳の痛いことが著されています。
 確かに自分自身を振り返っても、この『密厳院發露懺悔文』に著されるように反省しなければならないことがたくさんあります。 人間どうしても権力を手にすると傲慢になってしまうのは、今も昔も変わらないようです。
 今回、『密厳院發露懺悔文』をお話するにあたり、自分の身を振り返っても反省しなければいけないところが多々ありました。 真言宗の僧侶として、お大師さまの教えだけでなく、興教大師さまの教えもしっかりと守っていけるように精進したいと思います。

合掌

(2017.06)
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写経のすゝめ

 この5月は真夏のように暑い日が何日かありました。 つい先月までは寒い日も多くあり、長袖や毛布の恋しい日もあったはずなのに、季節の変化が突然すぎて、身体がまいってしまいます。
 地蔵堂の前の黄櫨(きはぜ)の木も黄色い花をつけました。 ただし、この花の命は短く、1週間程度で落ちてしまうので、今は貴重なミツバチが蜜を集めに飛んできます。 とても良い香りがするので、花の命が短いのはとても残念です。
 ちなみに6月1日は「気象記念日」となっていますが、これは明治8年6月に気象観測が開始されたことに由来するようです。 明治8年といったら、錫杖寺関連では、大奥御年寄の瀧山がお亡くなりになったのが明治9年ですので、とても遠い時代のような気がします。 さらに、天気予報が開始されたのは明治17年6月1日で今のように細かい地域ごとの予報ではなく、全国での予報だったそうです。 ちなみに、日本で最初の天気予報は「全国一般風ノ向キハ定リナシ天気ハ変リ易シ但シ雨天勝チ」(気象庁HPより)という一文だったそうです。
 2月にお話をさせていただきましたが、未来を知りたいという気持ちはこの頃も今と変わらずあったようです。
 今月は年1回の「写経会」があったので、お話したいと思います。 今回の「写経会」も初めてご参加いただいた方も含め多くの方のご参加をいただきました。

 写経いただいた経典は、毎回同じもので『般若心経』でしたので、慣れた方ですと時間内に2枚書き上げる方もいて、すばらしい集中力でした。
 私はどちらかというと文字を筆で書く速度は速い方ではありませんでしたので、この写経の用紙もそうですが、半紙のように薄い紙に文字を書くとどうしても滲んでしまいました。 しかし、ありがたいことに最近の紙はよくできているので、筆を置いてもそれほど目立つように滲むことはなくなりました。 私の書道の腕の進歩ならよいのですが、最近は予定がなかなか合わず、書道を習うことができていないので、残念ですがやはり紙の技術の進歩なのでしょう。
 ちなみに、日本での写経の歴史は、聖武天皇の頃になります。 聖武天皇は、聖徳太子の教えを継承し、仏教の力を借りて国を守ろうとしました。 その象徴が東大寺でありましたが、東大寺の他に聖武天皇は全国に国分寺と国分尼寺を建立し、人々が東大寺以外でもお参りし心の平穏を得ることができるようにしたのです。 なぜなら、この時代、多くの伝染病や飢餓で人々が苦しんでいたためです。
 ただ、国分寺や国分尼寺の建立にあたり大切なことがありました。 それは、聖徳太子の一七条憲法で定められている「三宝」を国分寺や国分尼寺に配置する必要があったのです。 ちなみに「三宝」とは「仏・法・僧」(=「仏さま・仏の教え・僧侶」)を指します。 仏は堂宇を建立して仏さまを納めれば問題なく、僧は東大寺で正式に出家した僧侶は国に認められた僧侶でしたので、国分寺や国分尼寺に派遣することは問題ありませんでした。 しかし、法は教えそのものですので、形に残る何かでなくてはいけません。 そこで、聖武天皇は、仏の教えそのものである経典を国分寺と国分尼寺に納めるように勅命を出しました。 この時に写経されたものが『金光明最勝王経』と『法華経』と言われています。
 この時代、もちろん印刷技術はありませんでしたので、すべての文字を書き写す必要がありました。 当然人数も必要でしたので、国は官立の写経所を設けて、厳しい試験を突破した人のみがこの職にあたり、写経を行いました。 国として多くの写経が行われたのはこの頃となりますので、日本の写経の歴史の起源と考えることができるでしょう。
 最近では『般若心経』以外の経典もあるようです。 大切なのは、どの経典を写経するかではなく、どれだけ心をこめてできるかだと思います。 一文字一文字が釈尊の言葉だと考えれば、決して粗末に写経することはできないと思います。
 6月の梅雨の季節はついつい家に閉じこもり気味になります。 そのような時に、ぜひ写経する時間を作っていただけたら少しでも仏さまを感じることができるのではないでしょうか。

合掌

(2017.05)
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「我」を大切に思う心が仏心となる!

 5月に近づき寒かった日々が嘘だったように暖かい日が多くなってきました。 錫杖寺の境内も次第に花模様から新緑の模様へと様変わりしてきました。 そろそろ茶摘みの歌が聞こえてくるような季節です。 今年の夏は暑くなるのでしょうか?
 今月は、錫杖寺の年中行事が2つありましたので紹介したいと思います。
 まず「茶筅供養」です。 通常今年のように晴天に恵まれた時は、外の茶筅塚の前で供養会を行っていましたが、今年は天候に関係なく本堂にて「茶筅供養」を行いたいとの申し出がありましたので、本堂にてご供養いたしました。 理由は、本堂に入る機会はなかなかないのでとてもありがたい経験になり、供養になるからとのことでした。
 確かに、本堂をお参りするということは、他の寺院でも多くあると思いますが、お堂の中まで入ってお参りできる機会は他の寺院でも法事などを除けば少ないかもしれません。 当日はお茶会も兼ねているので大変多くの方にご出席をいただきました。 供養する茶筅だけでなく道具を大切にして「茶道」に精進していただきたいと思います。

 次は「花まつり」です。 今年の「花まつり」は大変残念ながら天候に恵まれず、朝から雨が降っていましたので、結果として午後から雨は止みましたが、お堂の中で行いました。
 今年は特別な催しとして「インド舞踊」の奉納演舞をまず始めに行いました。 今回の「インド舞踊」ですが、これは南インド古典舞踊バラタナティヤムと言い、もともとヒンドゥー教の寺院で神々に捧げるための奉納舞踊として始まったと言われているものです。 なかなか「インド舞踊」は普段見る機会がないので、楽しみにしていました。 思いのほか動きが難しく、私はダンスの経験がないので、想像以上に身体に負荷がかかりそうで難しいイメージを持ちましたが、とても興味深いダンスでした。

 ちなみに、釈尊が生まれてすぐに7歩進んで『天上天下唯我独尊』と言ったという話は、以前お話したことがあります。 また、この『天上天下唯我独尊』という言葉の解釈についてもお話したことがあります。 では、今回はもう少し踏み込んで「我」というものについて考えてみたいと思います。
 この「我」=「私」というのが一般的な考えですが、ではどれだけ自分自身が「我」を理解しているか考えると難しいと思います。 例えば、特技や好きな食べ物などはすぐに答えることができるでしょう。 しかし、そこに「なぜ?」という疑問符が加わった場合、すぐに答えることができないことが多いと思います。 それは、結果として自分のこと、つまり「我」を深層まで理解できていないからなのです。
 だからこそ自分と向き合う時間は必要なのだと思います。 4月から新しい生活となった方も多いと思います。 新しい環境で、希望をもって新たな一歩を踏み出そうとしている人もいれば、なかなか新しい環境に馴染めずうまくいかないことや時に落ち込んだりすることもあるかもしれません。 もし、何かうまくいかないと感じている時こそ、しっかりと自分と向き合ってみる必要があるのだと思います。
 最近では座禅が流行しているようで、錫杖寺でも真言宗の瞑想法である「阿字観会」を毎月第3土曜日に行っていますが、とても多くの方にご参加いただけるようになりました。 確かに、普段とは違う静かな環境の中で自分と向き合うにはとてもよい環境だと思います。
 そして、自分を見つめなおすことで「我」という存在をとても大切な存在で唯一の存在と気づくことができれば、それは「唯我独尊」という釈尊の言葉の本意を頭でなく、心で感じることができるでしょう。 そうすれば「我」が仏のように尊い存在と気づき、お大師さまの「即身成仏」という教えを理解する近道になるでしょう。

合掌

(2017.04)
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考え方で世界が変わる!

 3月のお彼岸も過ぎまして、だんだんと日の長さを感じるようになってきました。 これから夏にかけて、昼間の時間が長くなるにつれ、暖かい日から暑い日へと変わっていくと思われますが、この3月は三寒四温を感じることより、寒さを感じる日も多くありました。 これは、偏西風が日本列島の上空で蛇行してしまっている影響で、規則的に暖かい人寒い日が交互にこないようです。
 桜の開花宣言も今年は東京が最も早く宣言されましたが、寒い日が多いと足踏みをしそうです。 ちなみに、この季節になると桜をモチーフにした飲食物や装飾品も多く見ることができます。 この桜特有の色(=桜色)ですが、染料として使われるのは桜の花びらではなく、桜の枝を使うそうです。 だからあの桜色がどのように発生するのか不思議ですが、まだまだ知らないことがこの世の中に多く存在することに少し驚いたと同時に、新しいことを発見できた嬉しさも感じました。
 今月は、年中行事のひとつ「春彼岸法要」がありましたのでご紹介したいと思います。 今年も当日は天候に恵まれ、とても暖かい日でした。今回も大変多くの方にお参りをいただきました。

 外の錫門茶屋も大変好評で、今年は「ちらし寿司」や「助六寿司」もご用意がありましたが、人気がありすぐになくなってしまいました。 これも初めて知ったことなのですが「助六寿司」の「助六」とは歌舞伎の演目だそうです。 助六の愛人が「揚巻」という名前で「揚げ」から「いなり寿司」となり「巻き」から「巻き寿司」となり、助六の人気にあやかって「助六寿司」と呼ばれるようになった説が有名のようです。
 今年のお彼岸は、ちょうど連休と重なってしまい、法事などと重なりなかなか塔婆を浄書する時間がとれませんでしたが、誤字もなく無事に書き上げることができました。 夏のお施餓鬼の塔婆もそうですが、いつも間に合うか不安になります。 特にお正月の札の浄書で不安になり、過去には眠れない日もありました。 ただ、結果としては今のところ間に合っているので結果としてはよいのでしょう。
 物事は考え方次第で変わることがあります。 先日電車に乗っていた時に、運が悪く電車が止まってしまいました。 理由はホームから人が転落したとのことでした。 非常に悪い予感がしましたが、本人は無事に保護されました。 私はその日どうしても買いに行かなければならないものがあり、到着がが閉店間際になりそうだったので、止まった電車の中で非常に焦っていましたが、なんとかお店に着くことはできました。 しかしながら、目的のものは陳列棚にあるにも関わらず、明日以降ではないと売れないと言われ、別のものをしぶしぶ買って帰りました。
 私は「運が悪い」と思うと同時に「きっと今日は星回りが悪いんだ」と思い込んでいましたが、それを習い事の先生に話したら「時間に間に合って目的のものでなくても代用品を変えたのなら結果として、運も良くて星回りも良いんだよ」と言われました。
 どちらかといえば私は「マイナス思考」の人間だと感じていましたが、同じ物事に対しても考え方で全く変わることを学習しました。 確かに結果として無事に買い物ができたわけです。
 ではこれを「おみくじ」に例えてみましょう。 錫杖寺の「おみくじ」には「大吉」から「大凶」まで入っていますが、この「大凶」を引くことは異常なほど珍しいのです。 普通に考えて「大凶」を引いてしまったら「マイナス思考」となってしまいますが、これを「大凶以上悪いのはないのだからこれから運勢は上がるしかない」と「プラス思考」に考えれば、同じ「大凶」という結果でも前向きになることができます。
 さらにこれを日常の生活に置き換えてみましょう。 例えば、普通に生活していても交通事故に遭いそうになり冷や汗をかくようなことを経験したことのない人は少ないでしょう。 私自身も交通事故に遭いそうになり冷や汗をかいたことは、多くはありませんがあります。 このような時に「日ごろの行いが悪いから事故に遭いそうになった」と「マイナス思考」となるよりも「交通安全のお守りのおかげで助かった」と「プラス思考」に考えた方が、私はよいと思います。 結果として交通事故に遭わなかったのであれば、同じ結果でも前向きになれます。
 身近なところでは「御守」もそうでしょう。 本来「御守」というのは、仏さまのご分霊でもあるとても大切なものです。 ただ、以前もお話をしましたが「御守」はあくまで「御守」であって「フリーパスチケット」ではありません。 この「御守」を持っている本人の心づもりで「御守」にもなれば「ただの紙切れ」になることもあるでしょう。
 いつも「プラス思考」で「仏さまに守ってもらっている」という気持ちがあれば、きっと「御守」が本来の意義を果たしてくれるでしょう。
 考え方で世界は変わり、人生も変わるかもしれません。 4月になり新しい生活を始める方も多くいると思います。慣れない環境で悩んだ時も、ぜひ「プラス思考」を試してみてください。 気が付かないだけで、きっと仏さまは身近にいます。

合掌

(2017.03)
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八方ふさがり=手も足も出ない?

 2月も終わりに近づき、川口では早咲きの桜もいよいよ花が咲こうとしてきました。 この2月も寒い日はありましたが、川口では大雪に見舞われることもなく、過ごしやすい2月でした。 日が沈む時間も伸びて、少しずつですが春の訪れを感じることができそうです。
 受験の時期の影響か大変多くの絵馬が錫杖寺の天満宮に奉納されました。 確かに、自分にも経験がありますが、緊張して臨んだことを覚えています。自分の場合は、特に大学受験の時の話です。
 私が通った大学は、大正大学という大学で東京都豊島区の西巣鴨に大正時代から続く大学です。 真言宗智山派では、本山が認める教育機関としては、大学は大正大学しかないのです。 受験したのは推薦入試でしたが、小論文のテストで、思いのほか簡潔に文章をまとめることができず、試験終了の時間が迫る中震える手で文字を書いた記憶があります。
 今思えば、なぜあれほど焦って手が震えたのか覚えてはいません。 しかし、心の中で落ち着こうとしている自分の気持ちと身体が全く違い、幽霊が書いたような字を提出した記憶があります。 おかげさまで結果は無事に合格できたので今では笑い話です。
 今月は年間行事の「節分会大護摩供修行」を行いました。 当日は天気もよく、多くの方にお参りをいただきました。 私も今年は「星回り」がとても悪い年なので、この「節分会大護摩供修行」で「方位除け」をお願いしました。
 さて、今何気なく「星回り」や「方位除け」という言葉を出しましたが、なかなか馴染みのない言葉ではないかと思います。 今月は、簡単にこれらのことを考えてみたいと思います。
 お正月に錫杖寺でも大変多くの方がおみくじを引いていきました。 このおみくじを引くときに思うことは、自分の運勢がどうなるか気にしながらおみくじを引く方がほとんどでしょう。 つまり、自分の未来がどういうものなのかを知りたいという気持ちがそこには存在します。
 未来を知りたいという気持ちは、おみくじだけでなく、占いなどとして昔から伝えられてきました。 簡単なものでは「血液型占い」などのように身近で子どもでも分かるようなものから、専門的な占いなど多くのものが現在も存在しています。
 占いの起源は、メソポタミア文明とされているようで、この時に用いられたのが太陽や月や星を使ったものでした。 この時に生まれたのが黄道十二星座です。 その後、ギリシャへと伝わり、「星座占い」として有名になりました。現在の日本でも大変人気の占いで、よく雑誌やテレビで見かけることもあると思います。
 同じようにインドや中国にも太陽や月や星を使った占いがあり、『宿曜経』のように日本に伝わったものもあります。 ちなみに『宿曜経』とは「経」という文字がありますが、経典ではなく解説書程度に思っていただいて結構です。 これは、不空三蔵から恵果和尚へ伝わり、お大師さま(=弘法大師・空海)が日本に伝えたものです。
 真言宗智山派の暦にもあります干支や曜日や二十八宿などはこの『宿曜経』によるもので、先にあげた「星回り」や「方位除け」にはこの中の「九曜星」というものが関係してきます。
 私たちは生まれ年によって決まっている「本命星」(ほんみょうじょう)というもがあります。 これは生まれ年によって決められているため、一生変わることはありません。 そして、生涯を通じて自身を守ってくれる星がこの「本命星」です。 寿命を司り、福を与えてくれるなど先天的な要因の星を指します。 また同時に「元辰星」(がんじんじょう)という「本命星」(ほんみょうじょう)の裏側の星もあり、これは地位や財産や健康などの後天的な要因の星を指します。
 そして、これらの「本命星」(ほんみょうじょう)と「元辰星」(がんじんじょう)という星と共に「当年星」(とうねんじょう)という星が必ず関係してきます。 これが「九曜星」というもので、生まれ年によって9つの星に分けられ、立春から1年ごとに規則的に変わっていきます。 この9つの星の方位によって吉凶が定められています。 そのため、悪い方角にあたっている年は「星回り」が悪いといわれ「方位除け」を行うのです。  ちなみに私は9年に1度の羅喉星(らごうせい)に当たり、俗にいう八方ふさがりの位置になりますので、念入りに「節分会大護摩供修行」でご祈願をいたしました。
 未来を知りたいという気持ちは誰にでもあると思います。 しかしながら、先のことばかりを考えて、今を考えることができなければ、明るい未来は存在しないでしょう。
 2月15日の涅槃の日においてお釈迦さまが残した言葉を以前紹介したことがありますが、その意味を考えて八方ふさがりにならないように一歩ずつ精進していきたいと思います。

合掌

(2017.02)
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後悔だけなら鳥でもできる!

 今年の正月は暖かい日が続き、大変多くのかたにお参りをいただきました。 例年ですとテントで暖をとりながらお守りの授与をしているところですが、今年に限ってはそのようなことがなく、穏やかな3ヶ日で新年を始めることができました。
 今年も少しでも錫杖寺のことや仏教のことや行事などを含めて、できるだけわかりやすくこの「康秀街道」にて伝えていきたいと思いますのでよろしくお願いします。
 先ほども申し上げた通り、天気に恵まれ暖かい日が続いたおかげでこの正月も大変多くの方のご参拝をいただきました。 内容は、例年と変わることはありませんでしたが、熱心に新年のお願い事をする人や八十八ヵ所をお参りする人でいっぱいでした。 今年も甘酒が特に人気で、お昼前になくなってしまうほどの人気でした。

 今回の副住職の「一字書」の揮毫は「幸」という字でした。 この字に関しては、特に説明しなくてもお分かりいただけると思います。 副住職は「仏さまの慈しみの心で、生きとし生けるものすべてに幸せが運ばれ、笑顔あふれる一年になってほしい」という思いを込めたようです。
 確かに私たちは日々の生活の中で苦しみよりは幸せを求めます。 しかし、幸せを感じることができるのは、逆に苦しみがあるからだと思います。 例えば、長距離走(マラソン)に置き換えれば分かりやすいかもしれません。 途中苦しい思いを耐えて完走するからこそゴールした時の喜びが一入なのだと思います。
 話は変わりますが今年は酉年ですので、今月は鳥にちなんだお話を紹介したいと思います。 これは「雪山の寒苦鳥」(せっせんのかんくちょう) とても有名な話なので、ひょっとしたら耳にしたことがあるかもしれません。
 昔インドの雪の深い山奥に鳥の夫婦がいました。
 しかし、日中は雪山でも太陽の光が差すので暖かくなりますので、鳥の夫婦は暖かさに浮かれてのん気に遊んでいました。
 ところが夜になると突然寒くなり、とても耐えられるような状況ではありません。
 他の鳥たちは、この鳥の夫婦が遊んでいる間もしっかりと巣作りをしていたのです。当然、寒さに耐えかねた鳥の夫婦は昼間遊んでいたことをひどく後悔しました。
 メスの鳥は「このままでは寒くて死んでしまう…」と言って一晩中泣き叫んでいました。 そこで、オスの鳥は「明日の日中になったら一緒に巣を作ろう」と言ってメスの鳥をなだめました。
 次の日になりました。 日中になり夜の寒さを忘れてしまうくらい暖かくなりました。 すると、鳥の夫婦は夜の寒さを忘れてしまいのん気に遊んでしまいました。
 鳥の夫婦は毎回同じことを繰り返し、ついに巣を作ることなく一生を終えました。

 確かに私たちは、苦労をすることよりも楽をすることを望んでしまいます。 これは、どのようなきれいごとを並べても楽をしたいというのは事実だと思います。 しかし、先にもお話したとおり、苦労をしなければ幸せが得られないのと同様に、苦労をしなければ楽を得ることはできません。
 また、この鳥の夫婦のように後悔してもその時間が戻ってくることはありません。 私たちに平等に与えられている「時間」というものに対して、どのように使うかは自分自身で決めなければなりません。
 これから新しい1年が始まるわけですから、この鳥の夫婦のようにならないようにしっかりと精進していきましょう。

合掌

(2017.01)
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新年のごあいさつ

 まず初めに、謹んで新しい年を迎えることができましたことを心よりお慶び申し上げます。 今年も1年の無事を祈り、錫杖寺では僧侶が一丸となってご本尊延命地蔵菩薩さまにご祈願をしております。 無事に新年を迎えられたことを慶び、今年1年が昨年よりもよい1年となるようにみなさまもお祈りください。
 今年は酉年です。 酉=にわとりですが、にわとりというとどのようなイメージでしょうか? 朝早くから鳴いて迷惑なイメージをお持ちの方もいるかもしれません。 しかし、朝を告げることができるにわとりは、夜から朝を伝えることができます。 もし、迷いを夜と例えるならば、朝は迷いから覚めた状態になります。 つまり、去年までの迷いや憂いをこの酉年で晴らすことができるのです。
 私事ですが、今年は年男になりますので、よい1年となるように精進してききたいと思います。
 本年もどうぞよろしくお願いします。

合掌

(2017.元旦)
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