康秀街道~こうしゅうかいどう~  駒井僧侶による執筆です。月々移り行くお寺のお話をお楽しみ下さい。

何色の鬼・退治!?

 3月が近づくにつれて少しずつですが寒さも和らいできました。 上旬から中旬には雪予報も出ていたので心配していましたが、昨年のような大雪に見舞われることもなく、過ごしやすい2月でした。 ただ、いつもなら鶯の雛たちが鳴く練習をしてもよい頃なのですが、今年はまだ耳にしていませんので、春はもう少し先のようです。
 今月は「錫杖寺手記」にて動画を中心にその様子を公開していましたが、錫杖寺の「節分会大護摩供修行」のお話をしたいと思います。
 今年は2月3日の節分が日曜日ということもあり、多くの方がご参拝に訪れるであろうという期待をこめまして、錫杖寺では初めての試みとして豆まきを行いました。 これは、錫杖寺の世話人を務めていただいている方からの提案だったのですが、ありがたいことに予想以上の人にご参拝いただき、盛大に豆まきを行うことができました。
 もちろん、錫杖寺の「節分会大護摩供修行」という行事の中の豆まきですので、まず地蔵堂にて「お護摩修行」を行った後に境内に高台を作り、住職・副住職・総代・世話人・来賓を中心に豆まきを行いました。 この「節分会大護摩供修行」では、お札やダルマをご本尊さまのありがたい炎で焼き清めるのはもちろんのことですが、豆まきでまく豆もすべてご本尊さまのありがたい炎で焼き清めます。
 これにより、豆まきでまかれた豆やお菓子や縁起物などすべてがご本尊さまのご功徳をいただいたものとなり、それを受け取った人にもご功徳がいきわたるのです。
 以前もお話したことがありますが、もう一度お話すると「豆」=「まめ」=「魔滅」という書き換えることができます。 つまり「魔を滅する」という意味がありますので「豆」をまくことで「魔を滅する」のです。 また、これらの豆は炒った大豆を使いますが、生豆を用いることはありません。 これにも理由があり、もし生豆をまいたら、芽がでてしまう可能性があるからなのです。 では、なぜ芽が出てはならないかというと、これも「豆」=「魔芽」と書き換えることができ、魔の芽を生やしてしまうことになるからです。 豆を1度炒ることで、芽が生えないようにしているのです。
 この豆ご参拝いただいた方が持ち帰り、それを家族で食べれば食べた全員がその功徳にあずかることができます。 ぜひ、この旧暦の1年もよい年となるように心よりお祈りいたします。

 さて、話は変わりますが節分というと鬼がつきものですが、鬼にも色で分類される鬼の種類があります。 これも以前お話したことがありますが『泣いた赤鬼』には赤鬼と青鬼が出てきます。 それ以外にも、鬼には色のついたもので黄鬼(白鬼)・緑鬼・黒鬼がこれにあたり、実は仏教とも少し関係があるのです。
 仏教で禅(=瞑想)を行う際に障害となるものとして「五蓋」(ごがい)というものがあります。 これは、蓋が覆うという意味ですのが、5つの蓋を指します。 言い換えれば心の中のよい芽を覆ってしまい、芽を出さないようにするための5つの煩悩のことを指します。 この「五蓋」(ごがい)とは、貪欲(とんよく)・瞋恚(しんに)・惛沈睡眠(こんちんすいみん)・掉挙悪作(じょうこおさ)・疑(ぎ)の5つを指します。
 5つの言葉を簡単に説明していきますと、まず貪欲(とんよく)ですが、これは勤行式でも耳にしたことのある言葉だと思いますが、欲望などのです。 瞋恚(しんに)ですが、これも勤行式で耳にしたことがある言葉だと思いますが、悪意や憎しみや怒りなどです。 沈睡眠(こんちんすいみん)とは、倦怠感や眠気などです。 掉挙悪作(じょうこおさ)とは、心の浮き沈みや後悔の念などです。 最後に疑(ぎ)ですが、これは読んで字のごとく疑いの心を指します。
 ちなみに、赤鬼=貪欲(とんよく)・青鬼=瞋恚(しんに)・緑鬼=沈睡眠(こんちんすいみん)・黄鬼(白鬼)=掉挙悪作(じょうこおさ)・黒鬼=疑(ぎ)とされ、節分に豆をまくのは、自分の悪しき心の象徴である鬼に豆をまくことで、弱い自分の心に打ち勝ちたいという思いもあるようです。 例えば、健康に過ごしたいのであれば緑鬼に豆をまくことにより、不健康や睡眠不足などを打ち負かして健康になれるという考え方です。
 暖かくなるまでによく考えてみましょう。あなたの心は何色の鬼ですか?

合掌

(2019.02)
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ジャンプ・ジャンプ・ジャンプ

 世間ではよく耳にすることがありますが、平成最後のお正月を迎え、気が付けば1月も終わろうとしています。 昨年のように異常な寒さはないもののまったく雨や雪が降らずに空気が乾燥して、知らないうちに指先にささくれも多くできてしまいました。 理由は分かりませんが、私は「ささくれができると親不孝」と聞いたことがあります。 しかし、この言葉、知らない人も多くいるようなので、どうしてそのように言われるのか不思議です。
 改めまして、2019年最初の「康秀街道」になります。 読者の方から、内容が専門的な仏教で難しいとのご指摘もありましたが、少しでもこの難しいと思われる内容を簡単にお話しできるように努めていきたいと思いますので、今年も1年お付き合いよろしくお願いします。
 今年は昨年に比べて穏やかなお正月で、カレンダーの影響もあったと思いますが、新春特別護摩修行期間には多くの方のご参拝をいただきました。 しかし、陽の当たらないテントの中は少々寒く、欲張って火をおこした炭を足元に近づけていたら見事に裾を焦がしてしまいました。

 また、お護摩の後の法話でもお話させていただきましたが、今年は「平成最後のお正月」です。 つまり元号の改正が行われる年でもあります。 元号が改正されるということは、長い日本の歴史では珍しいことではありません。 明治期以降は天皇の「一世一元と制」により元号を改正するということはできなくなりましたが、以前の日本においてはひとりの天皇に対し多くの元号が存在する時代もありました。 なぜなら、元号の改正には根本として国家の安穏やすべての国民の平穏を願う意味があります。 新しく天皇が即位したときはもちろんですが、逆に天変地異や飢饉などの大災害などが発生した時も、元号を改正して悪い出来事やその流れをリセットしたいという強い願いが込められているのです。
 今回の元号の改正は新天皇の即位に基づくものですが、新しい時代がどのような時代になるのか楽しみです。 そして、新しい時代が平成以上の素晴らしい年になっていくことをただ願うばかりです。
 さて、毎回最初のお話は干支にちなんだお話をしているのですが、仏教説話集『ジャータカ』のイノシシの話は少々長くなってしまいますので、今回はもう少し身近なところで「厄払い」についてお話させていただきたいと思います。
 錫杖寺では新春特別護摩を含めて多くの方が1年無事に過ごせるようにお参りにいらっしゃいます。 その中でも多いのは「厄除け・厄払い」なのですが、今回は少しこの意味を考えてみたいと思います。
 まず「厄除け・厄払い」と聞くと厄年にあたる人が受けるものと考えるかもしれません。 しかし、必ず厄年にあたる人のみに「厄除け・厄払い」が必要なわけではないのです。 むしろ、厄年でなくても厄払いは必要なのです。
 これは、仏教的思想というよりは民俗学的な考えになりますが、昔は「厄」というものは空気中に埃のように存在して、知らない間に身体に積もっていったと考えられていました。 その積もった「厄」を落とさなければ、さらに「厄」が身体に積もりよくないことが起きてしまうと考えられていたのです。
 そのために「厄」を落とす必要があり行われたのが「胴上げ」なのです。近年ではおめでたい出来事として行われますが、本来の「胴上げ」は「厄」を落とすために行われたものなのです。 なぜなら空中にものを投げるという行為は悪いものを取り除く効果があると信じられていたのです。
 ちなみに錫杖寺では、お護摩修行の前に「胴上げ」の代わりに「梵天祓い」(ぼんてんばらい)としてお身体のお祓いを行いますが、これは「胴上げ」と同じように身体に積もっている「厄」を幣束(へいそく)で払うことにより、同じようなご利益を得ることができるのです。
 もちろん神仏の力をいただいて厄を払うことに大きな効果はあります。 しかし、少しくらいの「厄」なら自分でも払うことができます。 それは、とても簡単な方法です。 どのような方法かというと、大きく上へジャンプすればいいのです。 先ほどもお話したように、空中にものを投げるという行為に悪いものを取り除く効果があるとするならば、自ら飛び上がればよいのです。 そうすれば、少しくらいの「厄」なんて簡単に落とせますし、運動にもなり一石二鳥です。
 今年1年始まったばかりですが、毎日ジャンプして健康的に過ごせるように共に精進していきましょう。

合掌

(2019.01)
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新年のごあいさつ

 まず初めに、謹んで新しい年を迎えることができましたことを心よりお慶び申し上げます。
 今年も一年の無事を祈り、錫杖寺では僧侶ならびに関係者が一丸となってご本尊延命地蔵菩薩さまにご祈願をしております。 無事に新年を迎えられたことを慶び、今年一年が昨年よりもよい一年となるようにみなさまもお祈りください。
 今年は亥年になります。 イノシシというと、真っ先に浮かぶのは「猪突猛進」という言葉です。 もちろん目標を決めてしっかりと前進するのはとても大切ですが、時にはまわり道も必要でしょう。
 たどり着く目標が同じならば、逆に一直線に進むことのほうが困難なことが多いこともあるかもしれません。 ちなみに、ヨットは逆風を力に変えて進むこともできます。
 大切なのは、前に進もうとする強い意志だと私は思います。 今年一年が前進できる年になるように共に精進していきましょう。
 今年もよろしくお願いします。

合掌

(2019.元旦)
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