康秀街道~こうしゅうかいどう~  駒井僧侶による執筆です。月々移り行くお寺のお話をお楽しみ下さい。

においの記憶

 11月も例年に比べて暖かい日が多く、小春日和というよりは初夏を連想させるくらい暑く感じる日もありました。 ただ、下旬になるにつれ、気温が急降下を始め、身体がついていけそうにありません。
 情けないことに、私も大幅に体調を崩してしまいました。 特に今年は冬にも大きく体調を崩したこともあり、気を付けなければならないと思っていましたが、こればかりは不可抗力と言わせてもらいたいと思います。
 確かにこの秋は非常に休みもなく働きましたが、私以上に働いている人は世の中には多い訳ですから、これはただの言い訳になってしまいます。 逆に、体調を崩すということはここでゆっくりと休まないと大きな病気になるかもしれないという身体からのサインと受け取って、前向きに考えたいと思います。 しかし、働いている方にはお分かりいただけると思いますが、従業員という立場では仕事を休むことは難しくなかなか現実は厳しいものです。
 この11月は特に雨が多かったような気がします。 6月の梅雨の時期は雨が降るものとして疑うことはありませんが、この時期も「さざんか梅雨」とよばれ、前線の影響で長雨になることもしばしばあるようです。 私はこの言葉を初めて耳にしましたが、このような言葉を聞くと昔の人はよく考えたと感心します。
 私はこの「さざんか」という言葉を聞くと、童謡の「たきび」が頭の中に浮かんできます。 この「たきび」はとても有名な童謡なので、ご存知の方も多いでしょう。
 私も小さい子どもの頃ですが、親たちが境内を掃除して落ち葉を集め、今ではできませんが、集めた落ち葉を燃やしていた記憶があります。 私の中の記憶では、稲刈りが終わった後の籾を燃やした時のような匂いが記憶として残っており、どちらも秋の匂いとしての記憶があります。 また、その落ち葉のたきびの中に銀紙に包んだサツマイモを入れて焼き芋を試みたこともありました。 予想ではお店で買えるようなほくほくの焼き芋ができあがることを期待していたのですが、残念ながら芯まで火が通らず少し硬かった記憶もあります。
 さて、先ほどは焼き芋のお話をさせていただきましたが、秋は収穫の季節でもあります。 よく「収穫祭」などと言われ、最近では日本でも違った意味で広く浸透しましたが「ハロウィン」も収穫祭と考えられます。 また、11月は世界の多くの国で収穫祭が行われ、秋に取れた食物などに感謝し冬への準備を始める時期でもあります。
 もちろん日本にも収穫祭はあり、現在は「勤労感謝の日」と定められている祝日の11月23日がこれにあたりました。 ちなみに行事の名前もあり、今年は大々的に報道もされましたので聞いたことがあると思いますが「新嘗祭(にいなめさい)」がこれにあたります。 ちなみに今年に限っては、新天皇の即位に伴い「大嘗祭(だいじょうさい)」として行われました。
 この「新嘗祭」は、天皇陛下が自らお作りになられた新穀をお供えし、またお食事される行事で、日本書紀にもこの言葉が登場するようですので大変昔から受け継がれてきた行事と考えられます。
 戦後の政策の下で、11月23日は「勤労感謝の日」と定められはしましたが、この「勤労感謝の日」が「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」と法律に定義されていますので、この「生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」というところを考えれば、名前こそは違いますが「新嘗祭」(にいなめさい)と似ている部分を感じることができます。
 私たちは食べ物な感謝をするということはなかなか少ないかもしれません。 しかし、知らずに「いただきます」や「ごちそうさま」と言っているこの言葉は、感謝の意味も多く含まれています。 錫杖寺の寺子屋でももちろん子どもたちには「いただきますや「ごちそうさま」を実践してもらっています。
 私も錫杖寺にお世話になる前は、農業関係に一時携わっていたことがありましたので、例えば米ひとつを作ることにしても大変な労力を要することを知りました。 時に食べ終わった茶碗にご飯の粒がいくつか残った状態を見かけることがありますが、これは米の生産の労力を知っている立場からすればとても残念なことでもあります。
 大きさや種類に関係なく、命あるもの限りあるものを大切にできれば、温暖化や環境破壊が叫ばれる今、未来は変えられると思います。 物であふれている時代から物を大切にできる時代へ変化できれば、きっと令和は素敵な未来を迎えられると思います。

合掌

(2019.11)
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仏は見かけによらず!?

 先月に続き、お見舞いのごあいさつを先に申し上げたいと思います。 先月の台風を超える大きな災害が発生いたしました。 この度の台風、ならびに大雨によって甚大な被害を受けられました方には衷心よりお見舞い申し上げます。 また、尊い命を失われた方には心よりのお悔やみ申し上げます。
 錫杖寺は地蔵堂にて雨漏りはありましたが、建物の年数を考えますと仕方がないことで、幸いにも被害は少なかったと考えられます。 また、私自身は台風の日は幸いにして自分のお寺の仕事を予定していましたので、その予定も中止とさせていただき事なきを得ました。 過去には大雪の日に錫杖寺から恩恵がもらえずに大変苦労したこともありましたが、今回は運が良かったとしか言えません。
 今月は錫杖寺の年中行事が1つありましたのでお話したいと思います。 錫杖寺では「写経」と「写仏」を年1回ずつ行っているのですが、秋は毎年「写仏」となっています。 なかなか「写経」のように身近ではないものの、多くの方にご参加いただき、天候にも恵まれました。
 今回の「写仏」は、昨年で十三仏がひと回りしましたので「不動明王」をお描き入れしました。 この「不動明王」ですが、火炎などを中心に細い線が多くありますので、2時間弱という短い時間ではとても描きあげることが難しい仏さまです。 しかし、手慣れた参加者の方は見事に描きあげたようで、本堂にきれいな仏さまの絵が納められていました。 今回は少しお時間をいただいて、この「不動明王」という仏さまについて考えてみたいと思います。
 日本ではこの「不動明王」は、親しみを込めて「お不動さま」・「お不動さん」と呼ばれることの方が多いかもしれません。 関東では真言宗智山派の大本山である「成田山新勝寺」や別格本山である「高幡不動金剛寺」と聞けば、関東の三大不動尊として非常に有名ですのでご存知の方も多いでしょう。 ちなみに錫杖寺のご本尊さまは「地蔵菩薩」ですが、多くの人は「お地蔵さん」と呼びますので感覚としては同じだと思います。
 ただ、この「不動明王」ですが、その容姿は「地蔵菩薩」のように人間のようなお姿で優しい表情をしているわけではなく、忿怒というとても怒った顔をして、右手には刀を握り、左手には羂索(けんさく)を握り、背中には火炎を背負い、どちらかと言えば近寄りがたいお姿です。 しかし、この「不動明王」は、先に述べた大本山や別格本山はもちろん、とても日本では信仰されている仏さまなのです。
 真言宗の立場から申し上げますと、この「不動明王」は「大日如来」の化身として私たちは信仰しています。 難しく言うと「三輪身」(さんりんじん)と言います。
 まず「大日如来」は自性輪身(じしょうりんじん)と言い、法身(=仏の教えそのもの)を表します。 そのため如来(悟りを得たもの)となります。 これに対し菩薩(=仏の教えを説くもの)は「金剛波羅蜜菩薩」(こんごうはらみつぼさつ)となり正法輪身(しょうぼうりんじん)と言います。 そして、明王(衆生救済のために正しい道へと導くもの)は「不動明王」となり教令輪身(きょうりょうりんじん)と言います。 簡単に言い換えれば「不動明王」は「大日如来」がお姿を変えたものなので、同じ仏さまと考えることができるのです。
 ちなみに「不動明王」は日本では大変信仰されている仏さまであることは先にお話しさせていただきましたが、これは真言宗智山派においても例外でなく、全国の真言宗智山派の寺院のおよそ4件に1件のご本尊さまが「不動明王」と言われています。 言い換えれば、信仰の形に応えた結果とも言えるでしょう。
 ではなぜ「不動明王」がこれほど信仰されるかを考えると、まずそのお姿だろうと思います。 優しさよりも力強さを感じることのできる仏さまですから、例えば武家社会が長く続いた日本の歴史においては、常に「強くありたい」という心の声に応えてくれる仏さまだったのかもしれません。 ただ、大切なことは、この「不動明王」に限らず多くの明王が同じように忿怒のお姿をしていますが、共通して仏さまであるということです。
 もし「不動明王」においては、救いの手を求めれば必ずその心に応えてくれる仏さまです。 私たちは、日々の生活の中において、どうしても常に良い心のみを保ち続けることは不可能なことです。 それを自らが嫌われることをいとわず、道を踏み外すことのないように怖い顔をもって導き、常に自分自身を犠牲にして大いなる慈悲を与えてくれる仏さまなのです。
 ことわざに「人は外見によらず」という言葉がありますが、この仏さまにおいては「仏は外見によらず」と言ったところかもしれません。
 この「不動明王」に関しては、私もとてもご縁があり思い入れのある仏さまでもあります。 私を大切に育ててくれた祖母は、常日頃から「不動明王」を厚く信仰し、私の成長を祈ってくれました。 そして私は酉年のため守り本尊さまが「不動明王」なのです。
 私は「写仏」は教えることの方が多く、自分のために「写仏」することはありませんでしたが、今回は特別な思いで「写仏」いたしました。 実際に「写仏」を通してなぜこれほどまでに「不動明王」が信仰されるのか少しだけ分かった気がします。

合掌

(2019.10)
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笑顔は負けない!

 まず始めに、この度の台風などによる災害で被害を受けられた方に心よりお見舞いを申し上げます。 また、1日も早く復興されることご本尊地蔵菩薩と共に願っております。
 ここ錫杖寺では、大変ありがたいことに台風による被害は大きくなく、瓦の損傷など一部でした。 ただ、大きな台風被害をうけられた千葉県は、真言宗智山派の寺院も大変多くありますので、隣県としてできるかぎりの協力はしたいと思っています。
 さて、とても暑かった夏も少しずつ影をひそめ、だんだんと秋のさわやかさが前に出てくるようになりました。日が暮れるのも早くなったと感じるようになりましたが、確かによく考えてみれば、お彼岸を過ぎれば、これからは昼の時間よりも夜の時間が長くなるわけですので当然です。
 日の入りが早くなったことを気にしなかったように、この「康秀街道」も気が付けば2009年9月が初投稿になりますので、なんと10年この「康秀街道」を続けてきたことになります。 私個人としては、それほど長い期間とは感じていないものの、錫杖寺にお世話になったばかりの頃に遊びに来ていた小学生がすでに母親になっていることなどを考えますと、時間は過ぎているのだと感じます。
 10年という時間この「康秀街道」を読んでいただいている読者の方には感謝の言葉しかありません。 これからも錫杖寺のホームページ上ではありますが、少しでも情報発信を含めて、仏教的なお話や日々のお話などを伝えていきたいと思いますので応援よろしくお願いします。

 今月は「秋彼岸法要」がありましたので、お話したいと思います。 当日は、台風などの影響で天気も心配されましたが、関東では大雨に見舞われることもなく、多くの人にご参拝をいただきました。 連休の最終日ですと、なかなか外出には足が遠のくものですが、いつも見かける方の顔を見られることは、こちらもありがたく、元気そうなお姿を見かけると不思議と安心します。
 法要は同じ内容ですが、初めての参加の方ですと、ご詠歌やお経を一緒にお唱えすることは少し不思議な感覚で戸惑いもあるかもしれません。 しかしながら、仏教的や宗教的なことでなくても、最初からうまく物事をこなすというのは難しいものですから、もし少しでもこの「秋彼岸法要」に参加をいただいて何かを感じていただければ嬉しく思います。
 また、錫杖寺では、日頃から多くの方がお墓参りに訪れることがありますが、お彼岸やお盆になりますと普段忙しくてなかなかお会いできない方ともお話をする機会があります。 それは、お檀家さん同士でも同じようで、お参りの方の会話を聞いていると「ご先祖さまが会わせてくれたのね」と言っているのが聞こえました。
 確かに、これらの「お彼岸」や「お盆」などではご先祖さまを意識することは多いと思います。 当然のことながら、両親が存在したから自分が存在するのであって、その両親にもそれぞれの両親がいたから存在するのであり、遡れば数えきれないほどの多くの人のご縁により自分という存在はこの世にいることを実感できます。 そう考えれば、自分が存在できるのはご先祖さまのおかげによるものなので、その恩を供養という形で示すことは不思議ではなく、当たり前の行いなのかもしれません。
 先日のことですが、あることがきっかけで素晴らしい仏教用語を思い出しました。 それは『仏説無量寿経』の「和顔愛語先意承問(わげんあいごせんいじょうもん)」という言葉です。 意味は、和やかな顔(=笑顔)と思いやりの心で接し、相手の気持ちをよく考えて、その人のために行動することです。 難しく考えずとも、いつも笑顔でいれば人も自分も幸せになれるということです。
 これは、人のために施しをするという、仏教でいうところの「布施」にあたる行為だと思いますが、この「布施」に関しても「和顔施」と呼ばれるものもあり、誰にでもできる人「笑顔で人に接する布施」として伝えられています。
 さて、先に10年という期間のお話をさせていただきましたが、仏の世界においては刹那(=1/75秒)にもならない短い時間です。 まだまだ若いつもりでいますが、不老不死など不可能な話です。 この先の10年という未来がどのような世界なのか想像もできませんが、しっかりと「和顔愛語先意承問」の精神をもって、よい歳の取りかたをしていきたいと思います。

合掌

(2019.09)
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夏のタカラモノ!!

 8月は信じられないほど暑い日が続きました。 例年のことを思えば、これが通常の夏なのかもしれませんが、身体が慣れていなかったせいか例年以上に辛く感じました。 月末になり少し落ち着いてきたような感じもしますが、まだまだ油断できません。
 今月は、気が付けばなんと9回目を迎え、錫杖寺の夏の大行事になりました「錫杖寺寺子屋錫門キッズ」のお話をしたいと思います。
 残念ながら、当日の体調不良により3名の欠席者となり、今回は48人での開催となりました。 もしこの寺子屋を楽しみにしてくれていたならば、保護者の方にとってもとても勇気のある決断だったと思いますが、暑さなども考慮いただき、無理をさせなかったことに関してありがたい判断であったと思います。
 内容に関しては、毎年参加してくれた子どもたちが、重複することのないように、少しずつ内容を変えています。 ただ、これだけ回数を重ねてくると、ある程度は内容が固まってきたような気がします。 全く新しいことに挑戦したい気持ちも重々あるのですが、限られた僧侶やスタッフで指導することを考えるとなかなか難しく、少し歯がゆいところでもあります。
 そのような中、今年は「御守作り」をすることになりました。 この「御守作り」は、今回2回目なのですが、非常に紐の結び方が独特なので難しいのです。 ちなみにこの結び方は「二重叶結び」と言って、一般的な「御守」でもこの結び方で結ばれていることがほとんどです。
 前回と同じようにフェルトで袋を作るのですが、今回は全員が裁縫で作ることにチャレンジしました。 まだ小学校で経験していない学年の子たちもいたので、針穴に糸を通す作業から多くの子が苦戦していました。 ただ、中学生のお手伝いの子たちや、同じ班の子たちが協力してくれたおかげで、問題なく縫うことができていました。

 毎回この「錫杖寺寺子屋錫門キッズ」を通して、私自身も学ぶことや感心することはとても多いのですが、今回は今までになく「共生」という言葉の意味を感じることができました。
 この「共生」という言葉に関しては、以前お話したことがありますので、簡単にお話させていただきますが、出身大学である大正大学の学長でありました椎尾弁匡(しいおべんきょう)先生が中心となって提唱された言葉です。 近代の仏教学の根本的な考え方であると私は思っていますが、内容は読んで字のごとく「共に生きる」という意味です。
 では、どのような場面でこの「共生」という言葉を強く意識したかと言いますと、ある班長の子が自己紹介の時に「班長としてしっかりと班をまとめられるように頑張りたいです」と言いました。 実際に、班長をお願いする子は、多数回参加の子や6年生が多いのですが、それでも同じ参加者として、責任なくこの寺子屋を楽しみたいと思う気持ちは当然だと思います。 もし私なら、班長としてのプレッシャーを感じながら2日間過ごすより、責任なくこの寺子屋を楽しみたいと思う気持ちが正直な気持ちだと思います。
 ただ、そこまでなら「共生」を感じることはありませんでしたが、今年はこの班長さんをサポートするような子を多く見かけることがありました。 また、班長でなくても、6年生でなくても、お互いが協力しあい、小学校や学年の垣根を越えて、ひとつの目標を達成するために協力しあう姿がとても多く見られたのです。
 また、子どもたちの絵日記を見ていますと、今年は今までになく「共生」を感じることができます
・友達になった子が「大丈夫?」と声をかけてくれました。 声をかけてくれたときはすごくうれしくて仲を深められたと思いました。(一部抜粋)
・きもだめしでは、怖くて泣いている子もいたけど、そんな時に他の友達が「大丈夫だよ!!一緒にがんばろうね」と言っていて、とてもその時友情を感じました。 まだ出会って半日なのにこんなにも仲良くなれるんだと思いました。 この2日間で学んだことは、みんなと協力することだと思っています。(一部抜粋)

 今までになく「友達と協力する」という内容や「友達がいたから頑張れた」という内容が多く書かれていたのです。 そもそもこの寺子屋の趣旨に、お寺の体験を通じて、子どもたちに「絆の大切さ」を伝えていきたいとあるのですが、今回初めて寺子屋を通して、子どもたちが「共生」や「絆」というものを自主的に学んでくれたのだと感じました。
 なかなか信じてもらえませんが、私も実は極度の人見知りでした。 知らない人と話をすることはとても緊張して、初めてのお店や電話などもいつも緊張していました。 ただ、私自身も総本山での修行を通して、この「共生」ということを学び、今では人見知りも少しは克服できたのではないかと感じています。
 この寺子屋はとても大変な行事なのですが、私自身も多くのことを学べる数少ない機会でもありますので、来年も自然体で子どもたちに「共生」を学んでもらえればとても嬉しく感じます。

合掌

(2019.08)
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♪~やめられない・とまらない~♪

 突然の暑さが例年以上に感じられ、ようやく夏らしさを感じることができるようになりました。 しかし、この7月の梅雨の天候を考えると、突然の暑さに身体が耐えられるか心配です。 お盆の時期の涼しさというよりは、肌寒さが恋しく思われるような気候です。 これから錫杖寺でも夏の大イベントとなりました寺子屋が控えていますが、この暑さに負けてしまわないか心配です。
 今月は、錫杖寺の夏の大行事である「大施餓鬼法要」がありましたのでお話をしたいと思います。 この「大施餓鬼法要」ですが、昨年はありえないほどの暑さでした。 今年は昨年に比べれば暑さは控えめでしたが、少々残念なことに昨年からの影響か当日のお参りの方はそれほど多くありませんでしたが、それでも熱心な檀信徒の方々とご先祖さまを始め、多くの精霊を供養することができました。

 13時からのご詠歌の奉詠から今年の「大施餓鬼法要」も始まりました。 錫杖寺のご詠歌講は大変歴史も古く、とても優秀なのですが、残念なことに私はご詠歌をしっかりと学ぶ時間はないので、こういう機会でないとなかなか聞く機会もありません。 今年は昨年よりも時間ができましたので少しですが聞くことができました。
 ご法話とも関係してきますが、仏教的な教えを「教化」として考えた場合、もちろんご詠歌もとても重要な役割であると思います。 もちろん詠歌というくらいですから、歌になりますので音階もあればリズムもあります。 特に音階は、独特な音階になりますので、慣れていなければ少々難しく感じるかもしれませんが、音楽ですから耳から聞いて楽しむことの方が私は大切だと思います。 また、歌詞の内容を見ていても、分かりやすく意訳されているものもあるので、歌詞だけを読んでいってもとてもためになると思います。
 14時からのご法話は、今年も続いて南町の吉祥院のご住職である片野真省先生からお話をいただきました。 面白いことに法話のお題が「やめられないとまらないを戒める-十の善き教え」という題でした。
 内容は「十の善き教え」ということで、一般的に「十善戒」と呼ばれるものを身近なものに例えてお話をいただきましたが、身近なものに例えてお話をいただいたので、とても分かりやすくお話を聞くことができました。
 ちなみにこの法話のお題を聞いて、あるお菓子を想像した方も多いと思いますが、私もその一人です。 先ほどもご詠歌の件で少しお話しましたが、耳から音で入ったフレーズというのは意外に頭に残っているものなのかもしれません。 そう考えれば、ご詠歌も知らないうちに耳から入り、難しいと感じているかもしれない仏さまの教えやお大師さまの教えも知らない間に覚えることができるかもしれません。
 そして、15時からの「大施餓鬼法要」ですが、この時間になると、本堂の中も多くの檀信徒の方でいっぱいになります。毎年のことですが、これだけ多くの僧侶が集まり供養するということを考えると、いかに「大施餓鬼法要」が大切な法要として伝えられてきたのかを知ることができるでしょう。
 多くのご先祖さまや精霊に手を合わせ、供養することは一般的に法事なども含めて「追善供養」という言い方をしますが、このご功徳は大変ありがたいもので、功徳のほとんどは自分に返ってくると言われています。 このような行事でのご供養はもちろんですが、日々のお手合わせも「追善供養」と同じですから、ぜひ毎日自分のためにも功徳を積んでいただきたいと思います。
 ちなみにこの原稿を書いている月末ですが、外は暑いとはいえ晴れているのでお参りの人も多くいます。 夏休みのためか、家族でお墓参りという光景も多くみられます。
 きっとお参りの家族だと思いますが、まだ小学生にならない女の子が「お地蔵さんいつもありがとうございます」と言って、手を合わせてお参りをしていました。 その対象が仏さまに限らずとも、常に感謝の心を持っているならば、とても素晴らしいと思います。
 大人になるとなぜか子どもの心を忘れてしまい、どうしても三毒(貪・瞋・痴)などにより見えなくなってしまうものもあるでしょう。 また、この三毒により「やめられないとまらない」という欲望が先行してしまうこともあります。 しかし、それを戒めるために「十善戒」があるとすれば、片野真省先生の法話にもありましたが、この「十善戒」すべてを一度に守るのではなくて、1日1つでも実践できれば必ずや清らかな心が育まれます。
 これからまもなく寺子屋ですが、多くの子どもたちから逆に多くのことを学び活かしたいと思います。

合掌

(2019.07)
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令和元年・浄土への旅行

 6月も終わろうとしています。 先月の元号改正に伴う連休のご朱印のお授けが昨日どころか昔のように感じられます。 とても忙しかった5月のご朱印のお授けに比べると、この6月は例年通り落ち着いた気がします。 ただ、このような梅雨の天気ですと、とても不思議なもので、お参りの方は同じことを考えるようです。 なぜか天気の良い日にはなぜかお参りが集中するという不思議が起こります。
 ことわざの「門前の小僧習わぬ経を読む」ではありませんが、やはり筆を持つ機会が増えれば増えるほど、手前の話で恐縮ではありますが、ありがたいことに技術も上がっていると感じることがあります。 ただ、この慣れに甘えてしまわぬよう、日々精進の心は忘れずにいなければなりません。
 今月は錫杖寺では大きな行事などはありませんでしたので、私事で恐縮ですが、自分のお寺のお檀家さんと行ってきました団参のお話をしたいと思います。
 私自身は出かけることはとても好きなのですが、なかなか錫杖寺を長期離れるわけにはいかないので、旅行にいくことはできません。 ただ、錫杖寺ももちろん大切ですが、自分のお寺のお檀家さんとの関係ももちろん大切なので、このような団参という行事には参加をさせてもらっています。 2年前は総本山を中心として、京都・奈良に行きましたが、今回は関東近郊ということで、福島県いわき市にある白水阿弥陀堂を中心にお参りをしてきました。
 この白水阿弥陀堂ですが、同じ真言宗智山派の寺院である菩提山願成寺というお寺のもので国宝のお堂になります。 奥州藤原家の初代当主である藤原清衡(ふじわらのきよひら)の娘の徳姫が建立したもので、当時の国主で夫であった岩城則道(いわきのりみち)の亡きあとに出家をして、徳尼御前(とくにごぜん)となり、願成寺と共に建立されたのが白水阿弥陀堂とのことです。

 中の作りは、現在は当時の姿や彩色を見ることは難しく、面影を見る程度でしたが、もしこれを当時見ることができたならば大変すばらしい色彩のお堂だったことは間違いないでしょう。
 お堂の内部は、平泉の中尊寺と同じように作られているそうです。 これは、徳姫が故郷の平泉に思いを馳せて建立したからだと伝えられているそうです。 他にも地名を考えると、現在はいわき市となっていますが、元々は「岩城平」という地名ですので漢字で「平」という文字があります。 そこに「泉」という文字より「白」と「水」を用いて「白水」としたとのことで、お堂だけでなく地名からも徳姫の故郷を想う気持ちを感じることができます。
 当日はあいにくの天気でしたが、雨に降られることはなかったので、ゆっくりとお堂や周辺の山や池を眺めることができました。 2年前にお参りした平等院鳳凰堂と同じ国宝の阿弥陀堂ではありますが、宇治とは感覚が違い、こちらも落ち着いた雰囲気でお参りすることができました。 これだけ自然の多いところでは、きっと四季を通して素晴らしい阿弥陀如来の浄土を体感することができるでしょう。

 ちなみにこの白水阿弥陀堂が建立されたころは日本では「末法思想」という考え方が世の中の中心になっていました。 この「末法思想」とは、簡単に行ってしまえば仏教における終末思想のようなものです。 ひょっとしたら「世も末だ」という言葉を耳にしたことがあるかもしれませんが、これは「末法思想」より派生した言葉と考えてもよいと思います。
 日本でこの「末法思想」が広く知られるようになったのは平安期になります。 私たちの認識として、平安期というと貴族社会中心の雅な世の中という考えが中心になるとは思いますが、その反面、芥川龍之介の『羅生門』などからも読み取れますが、飢餓や飢饉なども起こり世の中が決して平和であったとはいえないのです。 そのような時代ですから、余計に終末思想というものが世の中で加速しても不思議ではないのです。
 このような時代背景とともに、来世へ期待や不安も加速していきました。 一般論として考えても、もし生まれ変わるなら六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天上)の中では天上の世界に生まれ変わりたいと願うのは自然な考え方であり、当時の人々もそのように考えたのでしょう。 つまり、天上の世界=仏の世界=極楽浄土という思想が広まったのです。
 しかし、今のように写真もなければパソコンもない時代、人々が浄土を知る術はありません。 そこで、極楽浄土の主である阿弥陀如来の世界を経典に基づき再現したのが阿弥陀堂なのです。
 以前もお話したことがありますが、未来を知りたいという気持ちはいつの時代でも共通してあるものだと思います。 それが、近い未来でも遠く来世となるような未来でも知ることにより不安を解消したいという気持ちがあるのです。 しかし、未来が分からないからこそ現在というものに真摯に向き合うことができるのだと思います。
 これらの世界観を仏教では「三世」(さんぜ)と呼び過去・現在・未来と考えますが、これはそれぞれが独立した存在ではなく、お互いが作用しあっているのです。 つまり、現在を大切にするからこそ未来へとつながるのです。前世からのご縁をいただいて六道の「人」として生を受けた以上、どんなことでもしっかりと自分と向き合わなければなりません。
 これからお盆を迎えますが、ご先祖さまにしっかりと子孫として顔向けできるよう共に精進していきましょう。

合掌

(2019.06)
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仏さまのサイン!

 新しい時代となったこの5月も気が付けば早歩きのように終わろうとしています。 私の中のイメージとしては、5月は清々しいという言葉がとても似合う季節だと思うのですが、下旬の気温を考えたら全く清々しいという言葉が頭の中に浮かびませんでした。 昨年の夏の暑さを考えると、今年も少し不安なきもちになりますが、今年の冬に珍しく2回も体調を崩した分、しっかりと準備と体調管理をして夏に備えたいと思います。
 今月は、錫杖寺の年間行事の「写経会」が行われましたので少しお話したいと思います。 今年もゴールデンウィークを回避した土曜日の開催としました。 残念ながら例年より人数は少なかったものの、熱心な参加者と短い時間ですが有意義な時間を過ごすことができました。
 錫杖寺の「写経会」では、総本山が出版している『般若心経』を使用しますが、今回より文字の大きい『般若心経』を写経することにしました。 確かにお経の中には不慣れな漢字も多く存在しますので、字が小さいよりは大きいほうが書きやすいのは当然だと思います。
 また、錫杖寺以外でも私自身、写経の講師として講義に行ったこともあります。 参加者の中には「筆で書くのは困難でも写経はしてみたい」という気持ちで参加いただいた方もいらっしゃいました。 これは私の考えですが、写経などの仏事に限ったことではなく、日々の生活の中で挑戦しようとする心や向上しようとする心が大切なのだと思います。
 ちなみに写経で言えば、マジックペン型の筆ペンも最近ではあります。 また、サインペンでも書くことができます。 もし筆がうまく使えずに足踏みしている人がいるとすれば、ぜひ1歩踏み出してください。
 話は変わりまして、少し落ち着いてきたように感じられますが、新しい「令和」の時代が時を刻んでいます。 錫杖寺でも有名な寺社のように大行列となることはなかったものの、このゴールデンウィークには多くの方がご朱印帳を片手にご参拝くださいました。 中には中学生のお参りもありましたが、驚いたことにそのご朱印帳には、すでに多くの寺社のご朱印がありました。 特に平成の最後となった4月30日と令和の最初となった5月1日は大変多くの方のご参拝をいただきまして、ご朱印に関する関心の高さを感じることができました。
 このご朱印に関しては、最近では流行とされている影響か、今までよりも多種多様なご朱印を見かけるようになりました。 通常は寺社のご本尊さまや神社そのものの名前を書き入れて押印するものが一般的ですが、中には季節ごとに押印を変えるものや金文字で書くものや絵が書き入れされているものなど多くのご朱印を見かけることが多くなりました。
 せっかくなので、今回は少しお時間をいただいて、ご朱印について考えてみたいと思います。 このご朱印ですが、古来は「納経の証」としていただくものでした。 この「納経」とは、字のごとく「お経を納める」ということです。 このお経とは、もちろん多くの種類がありますので決まりはありませんが、一般的には『般若心経』が多く納められました。
 しかし、よく考えてみると、広く字を習うことができるようになったのはまだ近年に話です。 江戸時代には文字が読めない人たちのために、分かりやすく絵を用いた『般若心経』が存在したほどです。 そう考えると、近年以前では「写経」という行為自体がとても困難な行いで、それを寺院に納めるという行為がどれほどの苦労を重ねたものであったかを考え知ることができます。 そのため、寺院ではその尊い行いをしたという証としてご本尊さまとさらなるご縁を結んでいただけるようにご朱印をお授けしていたのです。 近年では、納経ではなくご志納としてお納めいただくことによりご朱印をお授けすることがほとんどですが、錫杖寺では写経を納める方もいますのでありがたい限りです。
 寺社をお参りするという行為はもちろん尊い行いです。 そこにご朱印を授かることも考えればさらにその行いは尊いものになるでしょう。 しかし、大切なことは、まず「お参りしたい」という気持ちを起こすことです。
 たとえ入り口がご朱印を集めたいという気持ちでも、多くの寺社にお参りしてご朱印を授かることができれば、それは結果としては多くの仏さまや神さまとご縁を結んだことになります。 ことわざの「牛にひかれて善光寺参り」という言葉ではありませんが、ぜひ多くの寺社から令和のご朱印を多く授かれるように足を運んでみてはいかがでしょうか?

合掌

(2019.05)
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新しい時代を生きること・・・

 4月も終わろうとしています。 また、この4月と共にひとつの「平成」という時代も終わろうとしています。 この原稿が錫杖寺のホームページ上に掲載される頃にはすでに新しい時代「令和」が始まっていると思います。
 ちなみに4月の初旬は、桜は咲けども花冷えのような寒い日も多くありましたが、その分長い期間この桜の花を楽しむことができました。 驚くのは暖かくなるのは突然で、急に夏日を迎える日もありましたが、そう長くは続かず、初夏を迎えるまでは三寒四温という言葉が離れそうにありません。
 今月は錫杖寺の年間行事が2つありましたのでお話したいと思います。
 まずは「花まつり」です。 昨年は日曜日ということもありステージイベントを含めて行いましたが、今年は平日ということで、大きなイベントは実施せずに例年通りの「花まつり」としてお祝いをいたしました。 当日は残念ながら寒い日で、天候に恵まれませんでしたので、地蔵堂の中で行いましたが、子ども連れでお参りに来てくれる方もいて、不思議そうに甘茶を飲んでいる様子がとても印象的でした。

 次に「茶筅供養」です。 近年は天候に左右されないという理由と、錫杖寺の本堂の中が非常に厳かで供養としてありがたいという理由などで、本堂の中で実施しています。
 今年は椅子に座りきれないほど多くの方のご参拝をいただき、日頃愛用していた茶筅を納めて手を合わせていました。 さすがはお茶の心得のある方々で、畳の上でもしっかりと正座で座っていました。 私も機会は少なくなりましたが、正座をすることはあります。 確かに着物のため正座の方が座りやすいとも考えられますが、正座をすると背筋が伸びるために姿勢もよくなります。 この正座もお茶と同じように日本の文化ととらえるならば、時代が変わっても、しっかりと後世まで伝えることが大切なのかもしれません。
 さて、先にもお話しましたが、この原稿が掲載される頃には新しい元号「令和」が始まっていることと思います。 この「令和」に関してですが、出典は『万葉集』の「梅花の歌」の序文 「初春の令月にして、気淑(よ)く風和らぎ、梅は鏡前の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫らす」 とのことでした。
 実は、先月の原稿でたまたま「天満宮」や「梅の花」のお話をしたばかりのことなので、非常に驚いたのはもちろん、先月の原稿を書いている時点ではこの新元号のことに関しては知る由もないので、これも天神さまのお導きなのではないかと多少ならずともご縁を感じました。
 せっかくなので少し私も「令和」について考えてみたいと思います。 最初にこの「令和」が発表されたときは、漢字それぞれの意味を調べる必要があると思い、すぐに辞書を引きました。 漢字それぞれの意味はもちろんですが、なぜ「令和」という言葉になったかの理由を聞いているうちに少しずつ理解が深まり、ひとつの時代を象徴する言葉というものが浅はかではないことを感じました。
 海外向けには「令和」=「beautiful harmony」(=美しい調和)と公式にアナウンスされました。 有名な外国紙では「令和」=「order and peace」と訳されましたが、これは本来の「令和」に込められている願いとは違った内容になってしまいます。 確かに伝えたい内容や真実を現存している言葉に置き換えて、さらに他国語にするというのは至難の業だと思いますが、それを「平成」という時代以上に国際化するであろう「令和」という時代の日本においては重要なことなのかもしれません。 そう考えると、今の日本の仏事へのとらえ方も新時代に向けて大いに我々も考えていく必要があるでしょう。
 私は「昭和」という時代に生まれ、先人たちの作った「平成」という時代に育て生かされてきました。 私は戦争を知りませんし、日本という国に生を受け、平和に過ごすことができました。
 しかしながら、この「平成」という時代にも大きな災害は存在して、多くの尊い命が奪われました。 時の流れにおいて「もしも」という考え方は存在しませんが、1秒違えば助かった命もあるかもしれません。 それ以上に仏教でいう刹那のような時間(=1/75秒)でも運命が変わることもあるかもしれません。
 もし、真言宗智山派第60世である那須政隆大僧正のお言葉を拝借するならば・・・
 人々が、未来について確実に予測できることといえば、それは「死」でありましょう。
 生あるものは必ず滅し、出会った者は別れるのです。

 この那須政隆大僧正のお言葉は「令和」という時代になっても変わらない真実であり事実であります。 そして「仏教」という根本的な教えも変わることのないものであると思います。
 先ほどお話したことと矛盾が生じないように補足すると、変わる必要のあるものは「仏教」ではなく「仏教」を取り巻く環境であるでしょう。 仏の教えはどの時代になっても変わることはありません。 だからこそ時代に合った調和が必要であり、その時代ごとの救いの手が必要なのだと思います。
 これこそが「令和」における仏教の「beautiful harmony」だと思います。 そして、仏の教えと共に素晴らしい時代を生きていくひとりの僧侶となりたいと思います。

合掌

(2019.04)
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花言葉~不屈の心~

 彼岸を過ぎれば各地から桜の開花情報や満開情報が聞こえてくるようになりました。 朝晩はまだまだ冷え込む日がありますが、それでも季節は進んでいるようです。 今年はもう雪は降らないと思われますが、暖冬傾向だった分だけ夏の暑さが心配になります。
 今月は、毎年のことですが「春彼岸会法要」がありましたのでお話したいと思います。 毎年のこととは言え、今年に入りよく用いられている「平成最後」と考えれば、貴重な「お彼岸会法要」と考えられるかもしれません。
 当日は、風が強かったのですが大きく天気が崩れることもなく、暖かいというよりは南風の影響で暑く感じるくらいの1日でした。 法要には多くの檀信徒の方にご出席をいただき、無事に納めることができました。
 昨年もお話しましたが、この「お彼岸」の期間になると、いつも以上に「中道」というものを意識する必要があります。 偏らない心といわれても非常に難しいもので、どうしても日々の生活の中で偏らない心で過ごすことは皆無に等しいものです。 しかし、この「お彼岸」の期間だけでも「中道」という言葉を見直して、それをわずかでも実践できたならば、それは「彼岸」=「彼の岸」=「覚りの世界」という図式が完成して、大いに「お彼岸」の意義を感じることができると思います。

 さて、3月となると受験の結果が分かり、錫杖寺の天満宮にもお礼のお参りをされる本人や保護者の姿を多く見ることができるようになりました。
 以前にもお話したことがありますが、錫杖寺の天満宮の絵馬は合格にかけて五角形の絵馬です。 この絵馬を奉納するということは精一杯の布施行であり、精一杯のお参りをしたことになります。 もちろん合格するということは、本人が努力した結果だと思います。 ただし、受験で合格することが目標ではなく、その先の学生生活や試験で得た資格を活かして活躍することが大切です。 これからもお参りをした時の気持ちを忘れずに共に精進していきたいと思います。
 ところで、この「天満宮」ですが、現在は合格祈願で多くの方がお参りにきますが、菅原道真公を祀る神社ということをご存知の方は多いでしょう。 別に「天神さま」などと呼ばれ、全国で信仰されています。
 この「天満宮」で有名なのは、関東では「湯島天満宮」(=湯島天神)だと思いますが、京都の「北野天満宮」や「太宰府天満宮」は全国的にも有名です。
 そもそもこれらの「天満宮」は菅原道真公の怨霊を鎮めるために建立されました。 なぜなら、当時の京都の都から太宰府に左遷させられて菅原道真公は亡くなりました。 すると京都の都では天変地異が起こるだけでなく、宮廷にも雷が落ちるような異常事態(清涼殿落雷事件)になったそうです。 人々はこれを菅原道真公の怨霊が雷を操る天の神(=天神)になったと考えるようになりました。 その祟りを鎮めるために「天満宮」は建立されましたが、菅原道真公が大変頭がよく優れていた人物であったことから、江戸期になり寺子屋などにより広く教育が受けられる機会が増した時代には「学問の神様」として信仰されるようになったのです。
 ちなみに「天満宮」といえば梅の花なのですが、錫杖寺の「天満宮」にも梅の木は植えてあります。 大きくないので目立たないのですが、絵馬をかける時には必ず目にするところにあります。 色や種類によって異なりますが、全般的な花言葉の中に「忍耐」や「不屈の精神」という花言葉があるようです。
 4月になり新しい生活をスタートするにあたり悩みも多く、心配事も尽きないかもしれません。 しかし、そういう時は梅の花を思い出し、強い心で臨んでほしいと思います。 もちろん困難なくして成長はありません。 しかし、その困難を耐えるというのは簡単なことではなく、負けそうになることも必ずあります。
 ただ言えるのは、仏さまは必ず身近にいます。 そして、必ず導いてくれます。 信心を起こせば、必ずやどんな困難でも正しい方向に導いてくれるでしょう。 さらには4月からの新しい生活が素晴らしいものになるように導いてくれるでしょう。

合掌

(2019.03)
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何色の鬼・退治!?

 3月が近づくにつれて少しずつですが寒さも和らいできました。 上旬から中旬には雪予報も出ていたので心配していましたが、昨年のような大雪に見舞われることもなく、過ごしやすい2月でした。 ただ、いつもなら鶯の雛たちが鳴く練習をしてもよい頃なのですが、今年はまだ耳にしていませんので、春はもう少し先のようです。
 今月は「錫杖寺手記」にて動画を中心にその様子を公開していましたが、錫杖寺の「節分会大護摩供修行」のお話をしたいと思います。
 今年は2月3日の節分が日曜日ということもあり、多くの方がご参拝に訪れるであろうという期待をこめまして、錫杖寺では初めての試みとして豆まきを行いました。 これは、錫杖寺の世話人を務めていただいている方からの提案だったのですが、ありがたいことに予想以上の人にご参拝いただき、盛大に豆まきを行うことができました。
 もちろん、錫杖寺の「節分会大護摩供修行」という行事の中の豆まきですので、まず地蔵堂にて「お護摩修行」を行った後に境内に高台を作り、住職・副住職・総代・世話人・来賓を中心に豆まきを行いました。 この「節分会大護摩供修行」では、お札やダルマをご本尊さまのありがたい炎で焼き清めるのはもちろんのことですが、豆まきでまく豆もすべてご本尊さまのありがたい炎で焼き清めます。
 これにより、豆まきでまかれた豆やお菓子や縁起物などすべてがご本尊さまのご功徳をいただいたものとなり、それを受け取った人にもご功徳がいきわたるのです。
 以前もお話したことがありますが、もう一度お話すると「豆」=「まめ」=「魔滅」という書き換えることができます。 つまり「魔を滅する」という意味がありますので「豆」をまくことで「魔を滅する」のです。 また、これらの豆は炒った大豆を使いますが、生豆を用いることはありません。 これにも理由があり、もし生豆をまいたら、芽がでてしまう可能性があるからなのです。 では、なぜ芽が出てはならないかというと、これも「豆」=「魔芽」と書き換えることができ、魔の芽を生やしてしまうことになるからです。 豆を1度炒ることで、芽が生えないようにしているのです。
 この豆ご参拝いただいた方が持ち帰り、それを家族で食べれば食べた全員がその功徳にあずかることができます。 ぜひ、この旧暦の1年もよい年となるように心よりお祈りいたします。

 さて、話は変わりますが節分というと鬼がつきものですが、鬼にも色で分類される鬼の種類があります。 これも以前お話したことがありますが『泣いた赤鬼』には赤鬼と青鬼が出てきます。 それ以外にも、鬼には色のついたもので黄鬼(白鬼)・緑鬼・黒鬼がこれにあたり、実は仏教とも少し関係があるのです。
 仏教で禅(=瞑想)を行う際に障害となるものとして「五蓋」(ごがい)というものがあります。 これは、蓋が覆うという意味ですのが、5つの蓋を指します。 言い換えれば心の中のよい芽を覆ってしまい、芽を出さないようにするための5つの煩悩のことを指します。 この「五蓋」(ごがい)とは、貪欲(とんよく)・瞋恚(しんに)・惛沈睡眠(こんちんすいみん)・掉挙悪作(じょうこおさ)・疑(ぎ)の5つを指します。
 5つの言葉を簡単に説明していきますと、まず貪欲(とんよく)ですが、これは勤行式でも耳にしたことのある言葉だと思いますが、欲望などのです。 瞋恚(しんに)ですが、これも勤行式で耳にしたことがある言葉だと思いますが、悪意や憎しみや怒りなどです。 沈睡眠(こんちんすいみん)とは、倦怠感や眠気などです。 掉挙悪作(じょうこおさ)とは、心の浮き沈みや後悔の念などです。 最後に疑(ぎ)ですが、これは読んで字のごとく疑いの心を指します。
 ちなみに、赤鬼=貪欲(とんよく)・青鬼=瞋恚(しんに)・緑鬼=沈睡眠(こんちんすいみん)・黄鬼(白鬼)=掉挙悪作(じょうこおさ)・黒鬼=疑(ぎ)とされ、節分に豆をまくのは、自分の悪しき心の象徴である鬼に豆をまくことで、弱い自分の心に打ち勝ちたいという思いもあるようです。 例えば、健康に過ごしたいのであれば緑鬼に豆をまくことにより、不健康や睡眠不足などを打ち負かして健康になれるという考え方です。
 暖かくなるまでによく考えてみましょう。あなたの心は何色の鬼ですか?

合掌

(2019.02)
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ジャンプ・ジャンプ・ジャンプ

 世間ではよく耳にすることがありますが、平成最後のお正月を迎え、気が付けば1月も終わろうとしています。 昨年のように異常な寒さはないもののまったく雨や雪が降らずに空気が乾燥して、知らないうちに指先にささくれも多くできてしまいました。 理由は分かりませんが、私は「ささくれができると親不孝」と聞いたことがあります。 しかし、この言葉、知らない人も多くいるようなので、どうしてそのように言われるのか不思議です。
 改めまして、2019年最初の「康秀街道」になります。 読者の方から、内容が専門的な仏教で難しいとのご指摘もありましたが、少しでもこの難しいと思われる内容を簡単にお話しできるように努めていきたいと思いますので、今年も1年お付き合いよろしくお願いします。
 今年は昨年に比べて穏やかなお正月で、カレンダーの影響もあったと思いますが、新春特別護摩修行期間には多くの方のご参拝をいただきました。 しかし、陽の当たらないテントの中は少々寒く、欲張って火をおこした炭を足元に近づけていたら見事に裾を焦がしてしまいました。

 また、お護摩の後の法話でもお話させていただきましたが、今年は「平成最後のお正月」です。 つまり元号の改正が行われる年でもあります。 元号が改正されるということは、長い日本の歴史では珍しいことではありません。 明治期以降は天皇の「一世一元と制」により元号を改正するということはできなくなりましたが、以前の日本においてはひとりの天皇に対し多くの元号が存在する時代もありました。 なぜなら、元号の改正には根本として国家の安穏やすべての国民の平穏を願う意味があります。 新しく天皇が即位したときはもちろんですが、逆に天変地異や飢饉などの大災害などが発生した時も、元号を改正して悪い出来事やその流れをリセットしたいという強い願いが込められているのです。
 今回の元号の改正は新天皇の即位に基づくものですが、新しい時代がどのような時代になるのか楽しみです。 そして、新しい時代が平成以上の素晴らしい年になっていくことをただ願うばかりです。
 さて、毎回最初のお話は干支にちなんだお話をしているのですが、仏教説話集『ジャータカ』のイノシシの話は少々長くなってしまいますので、今回はもう少し身近なところで「厄払い」についてお話させていただきたいと思います。
 錫杖寺では新春特別護摩を含めて多くの方が1年無事に過ごせるようにお参りにいらっしゃいます。 その中でも多いのは「厄除け・厄払い」なのですが、今回は少しこの意味を考えてみたいと思います。
 まず「厄除け・厄払い」と聞くと厄年にあたる人が受けるものと考えるかもしれません。 しかし、必ず厄年にあたる人のみに「厄除け・厄払い」が必要なわけではないのです。 むしろ、厄年でなくても厄払いは必要なのです。
 これは、仏教的思想というよりは民俗学的な考えになりますが、昔は「厄」というものは空気中に埃のように存在して、知らない間に身体に積もっていったと考えられていました。 その積もった「厄」を落とさなければ、さらに「厄」が身体に積もりよくないことが起きてしまうと考えられていたのです。
 そのために「厄」を落とす必要があり行われたのが「胴上げ」なのです。近年ではおめでたい出来事として行われますが、本来の「胴上げ」は「厄」を落とすために行われたものなのです。 なぜなら空中にものを投げるという行為は悪いものを取り除く効果があると信じられていたのです。
 ちなみに錫杖寺では、お護摩修行の前に「胴上げ」の代わりに「梵天祓い」(ぼんてんばらい)としてお身体のお祓いを行いますが、これは「胴上げ」と同じように身体に積もっている「厄」を幣束(へいそく)で払うことにより、同じようなご利益を得ることができるのです。
 もちろん神仏の力をいただいて厄を払うことに大きな効果はあります。 しかし、少しくらいの「厄」なら自分でも払うことができます。 それは、とても簡単な方法です。 どのような方法かというと、大きく上へジャンプすればいいのです。 先ほどもお話したように、空中にものを投げるという行為に悪いものを取り除く効果があるとするならば、自ら飛び上がればよいのです。 そうすれば、少しくらいの「厄」なんて簡単に落とせますし、運動にもなり一石二鳥です。
 今年1年始まったばかりですが、毎日ジャンプして健康的に過ごせるように共に精進していきましょう。

合掌

(2019.01)
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新年のごあいさつ

 まず初めに、謹んで新しい年を迎えることができましたことを心よりお慶び申し上げます。
 今年も一年の無事を祈り、錫杖寺では僧侶ならびに関係者が一丸となってご本尊延命地蔵菩薩さまにご祈願をしております。 無事に新年を迎えられたことを慶び、今年一年が昨年よりもよい一年となるようにみなさまもお祈りください。
 今年は亥年になります。 イノシシというと、真っ先に浮かぶのは「猪突猛進」という言葉です。 もちろん目標を決めてしっかりと前進するのはとても大切ですが、時にはまわり道も必要でしょう。
 たどり着く目標が同じならば、逆に一直線に進むことのほうが困難なことが多いこともあるかもしれません。 ちなみに、ヨットは逆風を力に変えて進むこともできます。
 大切なのは、前に進もうとする強い意志だと私は思います。 今年一年が前進できる年になるように共に精進していきましょう。
 今年もよろしくお願いします。

合掌

(2019.元旦)
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