康秀街道〜こうしゅうかいどう〜  駒井僧侶による執筆です。月々移り行くお寺のお話をお楽しみ下さい。

Unsung heroes

今年もあとわずかとなりました。
錫杖寺は、年末年始の準備に忙しい毎日を送っています。
当山の「延命地蔵尊万灯会」にあたり、みなさまのご理解・ご協力のもとに無事にちょうちんの取り付けも終わりまして山内を照らしています。

 副住職の「沈思黙考」とお話が重なってしまいますが、「縁の下の力持ち」という言葉があります。その意味を改めて調べてみますと「人目につかない所で、他人のために努力したり苦労したりしていること」とありました。ちなみに題名の「Unsung heroes」は「縁の下の力持ち」です。このちょうちんが無事に山内を照らすために多くの方の見えない労力がここにはあるのです。

 その見えない労力の1つが女性の方々による昼食の作成です。ちょうちんの取り付け作業は1日かかっても終わるか分からないくらいの作業です。そのため多くの方が作業をしてくれています。外は寒く、疲れた体を癒してくれたのが「手作りカレーライス」でした。味はもちろん美味しく、おかげさまで午後も頑張ることができました。
「人」という字は支えあって成り立っている。とよく言われます。今回の提灯を取り付ける作業1つにしましてもまさにその通りだと身をもって知ることができました。

 冬になりますと、空気が澄んで星がよく見えるようになります。空を見上げると星が3つ並んだオリオン座を簡単にみつけることができます。このオリオン座に属するベテルギウスと共に冬の大三角形を形成する星の1つにオオイヌ座のシリウスがあります。このシリウスはどちらかというと青色に近い白色で、すべての天体の中で太陽を除き最も明るい星のため肉眼でも容易に発見することができます。
私は個人的に「青色」が好きなので、星を見上げたときは必ずシリウスを探します。ちなみに「青色」には癒しの効果や集中力を高める効果があるそうです。星空を眺めているとなんだか穏やかな気分になります。
今年一年を無事に過ごせましたことに感謝をしつつ、また新年も精進していきたいと思います。
それではよいお年をお迎えください。

合掌

(2009.12)
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誰かのために

最近は、ずいぶんと日が暮れるのが早くなりました。いよいよ今年も終わりが近づいています。
先日、隣の本町小学校の4年生が課題の提出のために来山しました。その様子を紹介したいと思います。
課題の内容は、歴史のあるものを調べてレポートを書くということでした。
そこで、錫杖寺の寺宝の1つであります「銅鐘」(埼玉県指定有形文化財)と山門の説明をしました。

銅鐘の説明をしていると、子供たちから 「江戸時代ってすごい!」 「350年前って古い!」
などの素直な感想を聞くことができました。
また、山門に残されている戊辰戦争の刀傷の跡を間近で見てビックリしているようでした。

ただ、本町小学校も大変歴史のある学校で、今年で創立136年とのことです。
これには私の方が素直にビックリしてしまいました。

さて、今月の題名であります「誰かのために」ですが、先日の献血の際に私がふと思ったことに由来します。
今までに2回ほど高校生の時に献血をしていましたが、情けないことに注射器などの針が苦手なので、しばらく献血をしていませんでした。しかし、車の中でラジオを聴いていましたらリスナーの方の次のようなメッセージが読まれました。
「私は今日が誕生日で20歳になりました。私が無事に20歳を迎えられたのも、両親をはじめたくさんの方々に支えてもらったからだと思います。これからは、私が誰かの支えになれるように献血をすることにしました」
若干20歳という年齢で、大変素晴らしい考えを持っている方だと感心しました。
このメッセージを聴いてから、私も「誰かのために」と思い、再び献血を始めました。幸いにして、川口駅東口には埼玉県赤十字血液センターの献血ルームがあります。先日、献血に行った時も高校生の女の子3人が献血をしていました。
若い人や注射などが苦手な人にとってはかなりの負担だと思います。それに採血に用いる針は通常より太い針でしばらく傷も残ります。私自身もまだ苦手です。
でも、その子たちは「また来ます」と係の人に言って帰って行きました。だから私も「また来ます」と係の人に約束しました。
高校生と20歳を迎えた成人に「布施の心」を教えていただいた今日この頃でした。

合掌

(2009.11)
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神無月のころ

10月になりまして、衣替えの季節となりましたが皆さまいかがお過ごしでしょうか?
3日には、年に1度の当山「写仏会」がございましたのでまずその様子をご紹介したいと思います。

今年の「写仏会」では、普賢菩薩を皆さまに写仏していただきました。普賢菩薩と言われてもなかなかお分かりにならない方もいらっしゃると思います。
普賢菩薩は、文殊菩薩とともに釈迦如来の脇侍(向かって左側)として、釈迦三尊像としてまつられることが多い仏さまです。
一般的なお姿としては、『妙法蓮華経普賢菩薩勧発品第二十八』で説かれるところの六牙の白象に乗っているのが有名ですが、今回写仏いただきました普賢菩薩は、一般的なお姿とは違い、胎蔵界曼荼羅の中台八葉院の普賢菩薩でした。
ご参加いただいた皆様は一心に写仏をして、それぞれのお願い事を書入れ、ご奉納されていきました。


話は変わりますが、今回の題名であります「神無月のころ」ですが、徒然草からの出典ということに気がついていただけましたでしょうか?

神無月のころ、心ぼそく住みなしたる庵あり。
木の葉に埋もるゝ懸樋の雫ならでは、つゆおとなふものなし。
あか棚に菊・紅葉など折り散らしたる、さすがに住む人のあればなるべし。
かくてもあられけるよとあはれに見るほどに、かなたの庭に大きなる柑子の木の、
枝もたわゝになりたるが、まはりをきびしく囲ひたりしこそ、
少しことさめて、この木なからましかばと覚えしか。
(徒然草 第十一段 吉田兼好)

この話の中で、吉田兼好は「こんな山奥の人が来ないようなところなのにミカンの木を厳重に囲ってあることに興ざめがする」と言っています。
「世を捨てても欲は捨てきれない」私たち僧侶にとっても耳の痛いお話ですが、皆さまにとってはどうですか?

合掌

(2009.10)
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再会〜また会う日を楽しみに〜

「暑さ寒さも彼岸まで」ということわざがありますが、最近は朝晩少しずつ寒くなり、そろそろ毛布が必要な季節になってきましが、皆様は、どうお過ごしでしょうか?8月の暑さが嘘のように涼しくなり始め、錫杖寺でもお彼岸を象徴する花であります「彼岸花」が咲き始めました。

この「彼岸花」ですが、別名は多々あるようで、一般的には「曼珠沙華」が有名で、意味は「天上の花」です。
他にも「死人花」や「地獄花」などのようにあまりよいイメージでない呼び方もあるようです。その理由としては、見た目は珍しい形で非常にきれいですが、毒性もかなり強く恐ろしい花だからでしょうか?
この花は、先代の住職が大切にしていた花で、最後の入院の前「花が見たいな」とつぶやいて、家族とともに見ていた花で、生きとし生けるもの全てとの永遠の別れを惜しむかのように長い間ずっと見ていたと聞いております。不思議なことに、毎年このお彼岸の時期になりますときれいな花を咲かせます。
ちなみに花言葉の中に「悲しい思い出」と「再会、また会う日を楽しみに」という意味がありました。この花を見ることで、先代の住職のことを思い出していただけたら嬉しい限りです。

話は変わりますが、錫杖寺のお彼岸の催しの1つでございます「錫門茶屋」が今回も皆さまのおかげ様をもちまして大繁盛でした。人気のメニューは定番の焼きそばで、テントの中でお召し上がりになり、団欒の時をすごす方もお持ち帰りになる方もそれぞれいらっしゃいました。

また、この時ばかりは、普段はあまりお参りに来ることのない小さな子供たちとも触れ合うことができ、お墓の掃除をして、手を合わせているところを拝見しました。子どもたちにとってみれば、この「手を合わせる」という行為は、よく分からないかもしれません。しかし、今は分からなくても、それが「布施の心」であり「人のためにできる良い行い」であるということに少しずつでも気がついてほしいです。

その為にも、私たち僧侶もしっかりと「手を合わせる」ということや「布施の心」はもとより、少しずつでも日常にある仏事の大切さを伝えていかなければならないと思ったお彼岸でした。

合掌

(2009.09)
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