康秀街道〜こうしゅうかいどう〜  駒井僧侶による執筆です。月々移り行くお寺のお話をお楽しみ下さい。

ちょうちんがあれば迷子にならない! 

 12月も終わりに近づき、間もなく2012年が無事に終わろうとしているということになります。 毎年恒例となっております日本漢字能力検定協会の今年の漢字は「金」でした。 確かに今年はオリンピックが開催された年ですし、多くのメダル受賞者がいました。また、5月には世紀の天体ショーと言われた金環日食がありました。 5月の原稿では写経のことを優先しましたので特に取り上げませんでしたが、個人的に、この金環日食を自分の目で直接見ることができましたのは大変幸せなことでした。

 錫杖寺では恒例のちょうちんが灯され、きれいに山内を照らしています。 この冬の寒さでも、ちょうちんの灯りを見ているとなんだか心が温まる気がしてくるから不思議です。
 恒例行事とはいえこの「錫杖寺萬灯会」を維持するために関係各位には多大なるご尽力をいただいています。 今年はそれがひとつの形となり30周年の記念の年を迎えることができました。 ご本尊さまである「延命地蔵菩薩」が書かれたちょうちんを進んで行けば、暗い夜道でも錫杖寺にたどり着き、ご本尊さまとご縁を結ぶことができます。 言い換えれば、暗い夜道とは、先が見えないことになります。 つまり、悩み事や心配事があり、なかなか先が見えない場合や解決できない場合などにも例えることができます。 そのようなときは、ぜひ錫杖寺にいらしてください。 ちょうちんの灯りと共に地蔵菩薩が光を照らしてくれます。

 

 先日、小学校からの友人に、今年からお互い年賀状を出すことを約束しました。 ただ、住所が分からなかったので、小学校の時の卒業アルバムを開き調べました。 目的だった住所を調べるはもちろんできましたが、せっかくなので最初から読んでみました。 卒業から20年近くたっていますが、覚えていることもあり、懐かしい気分になれました。 また、幼い自分の顔を見て、時の流れの残酷さも感じました。
 その中に「将来の夢」として、全員の夢が書いてありました。 私は「ソフトテニスの指導者になる」と力強い文字で書いてありました。 「僧侶」でなかったことに少し驚きましたが、その当時夢中になっていたソフトテニスの影響が強かったのだと思います。  私は恥ずかしながらもソフトテニスの指導者として子どもたちにテニスを教え、資格も取得して、夢をかなえることができました。 ちなみに、その友人は「コックになる」と書いてありました。 彼も 調理の専門学校を卒業して、調理師免許を取り精進していました。 今は違う仕事をしていますが、自分の夢をかなえた友人も大変すばらしいと思いました。
 夢を持つのは大切なことです。 ただし、夢を持ってもそれをかなえるために努力をしなければ夢のままで終わってしまいます。 夢を持ち一生懸命努力をすれば、ちょうちんの灯りが導いてくれるように、きっと仏さまが導いてくれます。そして、必ず地蔵菩薩が手を差し伸べてくれます。
 この原稿を書くにあたり、1年を振り返ろうとして、自分の原稿を読み直してみましたが、忘れていることも多くありました。早く感じた1年間でしたが、私の場合はそれなりに充実した1年になりました。 皆様はいかがだったでしょうか?
 去りゆく年に、無事に1年を過ごせたことを感謝し、来たる年にこれから1年の希望を託し、来年も良い1年となることを共にお祈りしたいと思います。 どうぞよいお年をお迎えください。
 今年もこの「康秀街道」を読んでくださいましてありがとうございました。

合掌

(2012.12)
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子どものほっぺと紅葉はどちらが紅い?

 11月も終わりましたが、月末になって突然寒い日が多くなりました。 風邪などひいていませんか? 錫杖寺の山内の葉は少しずつ色を変えました。 遅れていた紅葉をようやく錫杖寺でも見ることができるようになりました。 十三仏の向かいにある紅葉(もみじ)もきれいな色に染まっています。

  

 今月は11日に行われました「日光御成道まつり」をご紹介をします。
 地元川口の方はご存じだと思いますが、この「日光御成道まつり」は川口市と鳩ヶ谷市の合併を記念して行われた行事です。 当日はあいにく晴天ではなく寒い日でしたが、無事に終わり、大反響だったようです。
 『コ川實紀』では、8代将軍の吉宗公・10代将軍の家治公の日光社参の際は、錫杖寺の住職が門前にてお迎えをしたとの記録が残っています。
 当日はこの例にならい、門前にて住職と岩槻藩主役を務めた井上正大さん、 千代姫役を務めた本多末奈さん、 岩槻藩主の姫役を務めたHKT48の指原莉乃さんが、将軍さま役を務めた松平健さんをお迎えになり、錫杖寺の山内にて昼食をとった様子も再現されました。
 この行列の中には、大変多くの方が行列に参加をされていました。 遠くは広島県からの参加者もいたと聞いております。さらには外国の方も参加をされていていました。 日本の歴史を直接肌で感じ取っていただけたよい機会だったと思います。

  

 錫杖寺はコ川将軍家とは深い関係があり、将軍さまの代替わりの折りには、江戸城に赴き、ごあいさつをすることが定められていました。 5代将軍綱吉公の時代には、1年おきに住職ひとりで、将軍さまへ直接新年のあいさつをすることを許されていたそうです。 また、錫杖寺は4代将軍家綱公より「当病平癒」の祈願を仰せつけられ、お護摩修行を行ったと伝えられています。

  

 さて、先ほどお護摩修行を行ったと書きましたが、今回は、この「護摩」のことについて触れてみたいと思います。 この「護摩」の法は、お大師さま(=弘法大師)によって日本に初めて伝えられました。 これは、ご本尊さまの大慈悲の火焔によって、私たちの心の煩悩や迷いを焼き清め、理想を実現しようとする私たちの努力の上に、ご加護をいただき生きる力を授かる法なのです。
 しかし、ご本尊さまの功徳を授かるためには大切なことがあります。 まず、自分本位のわがまま・貪りの心・怨みや憎しみ・怒りなどの負の心から離れなければなりません。 また、大慈悲のご本尊さまと心も身体も一体にならなければなりません。 そのためにご本尊さまに手を合わせ、心をひとつにしてご真言をお唱えするのです。 つまり「三密加持」を行うのです。 この「三密加持」を行うことによって、ご本尊さまと心も身体も一体になり、負の心より離れ、はじめてお護摩の功徳を授かることができるのです。
 お護摩修行に参加をした後、すっきりした気持ち、すがすがしい気持ちになった経験がある方もいらっしゃると思います。 それは、ご本尊さまと心も身体も一体になり、清らかな心になったからです。
 そして、大切なことはもうひとつあります。 それは、その清らかな心を持ち続けるということです。 お護摩修行に参加をして清らかな心になっても、それを忘れてしまっては意味がありません。 ご縁を結んだご本尊さまといつも一緒にいる。 いつも守ってもらっている。 という気持ちを持ち、毎日を大いなる心で過ごすことにお護摩修行の意義はあると思います。
 錫杖寺では、毎月24日に地蔵堂にてお護摩修行を行っております。 また、元旦・新春・節分には特別大護摩供をご修行しており、個々にお護摩修行をすることも可能です。 特に12月24日のお護摩修行は「納めの地蔵護摩」として、1年の無事を感謝する大切な日でもありますので、ぜひご参拝ください。 そして、ご本尊さまと一体になり、清らかな心で新年を迎える準備ができますように共にお祈りください。

合掌

(2012.11)
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そうだ!掃除をしよう!!

 10月になり衣替えとなりました。 上旬はまだ暑い日が続いていましたが、道行く中高生の制服が変わるように、私たち僧侶の衣も冬のものへと変わりました。 しかし、木々はだんだんと色を変え、葉は散っていきます。 私たちと逆の生活をしている植物たちは、少しずつ裸になり見ていると寒そうです。
 今月は、この錫杖寺の歴史に大きな1頁が加わりましたのでご紹介したいと思います。 なんとコ川宗家18代当主 コ川恒孝(とくがわつねなり)氏が錫杖寺にてご昼食をお召し上がりになりました。

 お召し上がりになったものは、日光へコ川家の将軍さまがご参拝の際に実際にお召し上がりになった料理を再現したものです。 当時の料理の写真は、もちろん存在していませんでしたので、古文書を参考に作られました。 この料理の監修をされたのは、女子栄養大学の島崎とみ子教授です。 当日は、4段のお重の前に先生が研究された本の1部をお持ちいただき、料理とともに披露させていただきました。専門とはいえ大変なご苦労だったと思います。
 料理の感想は、私は残念ながらいただくことができなかったのでわかりませんが、召し上がったコ川氏は「薄味ですっきりした味わい」とおっしゃっていました。
 錫杖寺は、江戸時代にコ川家の将軍さまが、日光参拝の際にご昼食を召し上がったお寺です。 最後にこの錫杖寺にいらした将軍さまは12代家慶公ですので、実に150年以上前のことになります。 この日の昼食も錫杖寺の歴史として大切に後世に残していきたいと思います。

 今月は、23日に川口市立南中学校にて、副住職とともに講演をさせていただきました。 全校生徒の前でお話することはもちろん、約700人という人の前で話をすることは初めてで非常に緊張しました。 今ふり返ると思ったように話せなかったこともあり、反省すべきことが多くあります。 私はこの講演で何を話すか非常に迷いましたが、釈尊の弟子の1人であるシュリハンドク尊者のお話をさせていただきました。 今回はその内容を簡単に紹介したいと思います。
 釈尊の弟子の1人にシュリハンドクという名前の者がいました。 シュリハンドクは自分の名前も覚えられない人間で、いつも愚者とバカにされていました。
 そのシュリハンドクは、先に出家した兄に勧められ出家をしました。 釈尊が説法をするときは、ほかの修行者よりも先にきて釈尊の説法をきいていました。
 あるときシュリハンドクは泣いていました。 そんなシュリハンドクに釈尊が声をかけます。
「なぜ、そんなに悲しいのか?」
 するとシュリハンドクは答えました。
「どうして私は、こんなバカに生まれたのでしょうか?」
 そしてシュリハンドクはますます悲しい気持ちになり泣きました。 すると釈尊は言いました。
「バカだと悲しむ必要はない。 おまえは自分の愚かさを知っている。 世の中には、賢者と思っている愚者が多い。 愚かさを知ることは、最も悟りに近いのだ」
 続いて釈尊は、1本のほうきと与え、掃除をするように言いました。 また、掃除をするときは 『塵を払い、垢を除かん』 という言葉を言うように教えました。
 シュリハンドクは掃除しながら、与えられたこの言葉を必死に覚えようとしました。 ただ、シュリハンドクは自分の名前すら覚えることができませんので、当然ながら 『塵を払い、垢を除かん』 と覚えることはできません。 『塵を払い』を覚えると『垢を除かん』を忘れてしまい、『垢を除かん』を覚えると『塵を払い』を忘れてしまいます。
 しかし、シュリハンドクはそれを続けました。 ある日、シュリハンドクが釈尊に自信を持って言いました。
「世尊(=釈尊)、私は一生懸命掃除をしました。するとこんなにきれいになりました」
 すると釈尊は答えました。
「まったくきれいになっていない。もっと掃除を続けなさい」  自信のあったシュリハンドクは、複雑な気持ちで掃除を続けました。
 何年かたったある日、シュリハンドクの掃除をしてきれいになったところを子どもたちが騒ぎ汚してしまいました。 すると、怒ったシュリハンドクが大声で言いました。
「なぜ私が一生懸命そうじしたところを汚すんだ。」
 顔を赤くして子どもたちに怒った瞬間シュリハンドクは悟りました。 汚れていてきれいにしなければならないのは、自分の心だったのです。 実際に塵を払い、垢を除かなければならなかったのは自分の心だったのです。
 ちなみに釈尊は毎日一生懸命掃除をするシュリハンドクを見ては、合掌して敬い拝んでいたそうです。

 この話を聞いて、中学生たちはどう思ったでしょうか? また、みなさまはどう思いますか? 秋の夜長に読書もよいと思いますが、掃除をして自分の心とゆっくりと向き合ってみてはいかがでしょうか?
 新しい自分と、未来の自分と、シュリハンドクと出会えるかもしれませんよ。

合掌

(2012.10)
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壁をよじ登る!

 9月も終わりになりました。 この「康秀街道」を始めてから丸3年が経ち、4年目を迎えることができました。 これも偏に日々応援してくださる方々のおかげです。 お話のなかで「ホームページ見ているよ」と言ってもらえると、嬉しい気持ちになりますが、同時に恥ずかしい気持ちにもなります。 まだまだ、自分の文章には足りないところが多くあるからです。 ただ、少しでも錫杖寺のことや私自信のこと、仏教のことを知ってもらえるよいきっかけになってほしいと思っています。 時に分かりづらい文章や言葉があるかもしれませんが、よりよいものをお届けできるように精進していきたいと思います。 これからも応援よろしくお願いします。

 

 今年も暑い夏で、お彼岸になってもセミの鳴き声が止みませんでした。 暑い日が続いたせいか、お彼岸の時期に満開になるはずの彼岸花が、開花どころか芽も出さず、寂しいお彼岸になってしまいました。 ただ、月末になり少しずつ気温が下がってくると、いつの間にか彼岸花が咲き始めました。 もう衣替えの季節です。
 この秋のお彼岸ですが、実は例年と違うところがあったのですが、みなさま気が付きましたでしょうか?
 今年は「秋分の日」が23日ではなかったのです。 近年では、1979年の24日以来33年ぶりで、22日になったのは、1896年以来116年ぶりとのことです。 ちなみに2月の「康秀街道」では、「うるう年」ということもあり、暦について少し触れましたが、この「秋分の日」についても少しだけ触れてみたいと思います。
 「秋分の日」は、まず天文学的なこととして「秋分点」を理解しなければなりません。 この「秋分点」は、広辞苑によると<黄道と赤道との交点のうち、太陽が北から南へ向かって赤道を通過する点>と書かれています。 ちなみに黄道は、<太陽の視軌道、すなわち地球から見て太陽が地球を中心に運行するように見える天球上の大円>と書かれています。
 大変難しいので、もう少し言葉と考え方を変えて分かりやすくすると、地球が太陽の周りを回っているのではなく、太陽が地球の周りを回っていると考えます。 この時に、地球は約23度傾いていますので、地球の縦軸(北極点と南極点をつないだ線)に対して、太陽は垂直には回りません。夏と冬では、太陽の高度が違うことでも分かると思いますが、これが証拠になります。 この太陽が1年を通して、地球の周りを1周するときに、地球の縦軸に対して垂直になる日が年2回あります。 それが「春分の日」と「秋分の日」なのです。 実際にこの日は、地球の赤道直下では、正午に太陽は真上になります。
 しかし実際には、1年=365日+6時間。 うるう年は、「原則4年に1回。 ただし、100で割り切れる年はうるう年にしないが、例外として400で割り切れる年はうるう年にする」という決まりがあります。 つまり、必ずしも4年に1度ではないのです。 この小さな誤差の修正の影響を受けることにより、分点にずれが生じて、今年のように23日が「秋分の日」でなくなる年もでてくるのです。
 難しい内容ですがお分かりいただけましたでしょうか?
 私はどちらかというと、文系なのであまり数学や科学などは得意ではありません。 ただ、自分は文系だから理系の科目はダメと勝手に思い込むことで、自分の可能性を自分でつぶしてしまうことになるかもしれません。 これは、仏教に関しても大いにいえることだと思います。
 例えば、『般若心経』は簡単だけど他の経典は難しい。 そう思っていたとしたらそれは大きな間違いかもしれません。 『般若心経』は文字数こそ決して多くない経典ですが、理解するには大変難しい考え方や言葉があります。 逆に他の経典には、『般若心経』から比較すると膨大な経典もありますが、内容は分かりやすいものもあります。
 「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつゆうぶっしょう)」という言葉があります。 これは、釈尊の入滅前の説法の伝える経典である『大般涅槃経』に説かれている言葉で、「全ての生きとし生けるものは、生まれながらにして仏性(仏となりうる素質)を持っている」という意味になります。
 つまり、私たちには仏性があるのに、自分で勝手に仏教は難しい、触れがたいと思い、壁を造って触れようともしなければ、いくら才能や資質があっても自分で可能性をつぶしてしまっていることになります。 そうならないためにも、もし仏教は難しい、触れがたいと思っている方がいましたら、まずは手を合わせることから始めてみませんか?

合掌

(2012.09)
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錫門キッズ参上!!

 8月も終わりに近づいてきましたが、まだ暑い日が続いています。 もうじき9月の風が吹き、少しずつ秋へと変化していくはずですが、まだその実感がありません。
 今月は、昨年より錫杖寺の年中行事の1つとなりました 「錫杖寺寺子屋−錫門キッズ」 を開催いたしましたのでご紹介したいと思います。 この寺子屋の内容は「錫杖寺手記」でも触れていますが、もう少し細かく書いてみたいと思います。

 今回で2回目となりましたが、昨年を上回る募集人数にも関わらず、大変大きなご反響をいただいて、多くの子どもたちに参加をしていただきました。 参加者は51人となりました。
 昨年の反省を活かし、充実した2日間が送れるよう、4月から内容を精査してきました。 ただその分、いい意味で重圧もありました。 1回目よりもよいものにならなければ、反省の意味がありません。 本来ならば、昨年のように多種多様なプログラムを行いたいところでしたが、今回は相談の上、プログラムを減らし、ひとつひとつの内容が濃いものとなるようにしました。

 例えば、昨年は「写経」と「写仏」の両方を実践してもらいましたが、今回は「写経」のみといたしました。 より理解を深くしてもらうため「写経」した内容である「十善戒」の意味もすべて説明をしました。 そして、この「写経」には、この「十善戒」の内容が理解しやすいように少し仕掛けをしてみました。  実は、写経に用いる小筆を非常に粗悪なものにしたのです。もちろん粗悪な筆ですので、まとまりが悪く、非常に書きづらいものです。 そのよう筆を使わなければならないとき、どのようの気持ちになるのか試してみました。 うまく書くことができず、筆に対して怒りの心を起こしてしまった。 また、隣の子の筆の方がよい筆だと思い「ずるい」と思うような心を起こしてしまったら、それは「十善戒」の中の「不瞋恚(ふしんに)」(=怒ってはいけない)や「不邪見(ふじゃけん)」(=まちがったものの見方をしない)を守れないということになります。
 しかし、子どもたちは私たちが考えていたより優秀で、お互いに少しでも使いやすい筆で写経ができるように譲り合っていました。 特に教えるわけでもなく「不慳貪(ふけんどん)」(=ものに執着しない。惜しみなく施しをしよう)ということが理解できていたようです。

 また、今年は朝のお勤めとラジオ体操の後に、地蔵堂にて行った護摩修行に参加をしてもらいました。 お願いごとは、参加してくれた子どもたち全員の無事と学業成就です。 お堂の中で手を合わせ、太鼓の音色と共に響く僧侶たちの声や燃え上がる炎を見て子どもたちは何を思ったのでしょう。 ただ、日頃見ることができない護摩修行に参加できたことは、子どもたちにとってもよい経験になったと思います。

 今年も感動したことがありました。 それは閉講式にて、子どもたちから進んで、お経をお唱えしたいとの申し出があったのです。 もちろん、自信のあった子もいれば、なかった子もいたと思います。 ただ、私たちもその気持ちを大切にしたいと思い、僧侶は大きな声で読経せずに、全て子どもたちのみで読経してもらいました。 私は、本尊さまの方を向いていたので、子どもたちの読経の様子はわかりませんが、声の大きさは特に大きくはなかったのですが、一生懸命な様子が声に伝わって聞えました。
 昨年と同じように、たった2日間でも子どもたちが成長してくれたことを嬉しく思いました。 この2日間で学んだことを少しでもこれからの生活に役立ててほしいと思います。

合掌

(2012.08)
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欲深いと餓鬼に宣告されるぞ!

 7 月も終わろうとしています。 お盆を過ぎたあたりから急激に気温が上がり、最近では猛暑日が続くようになってしまいました。 懸念していた暑さになり、思ったほど暑さに強くなく、体力のない自分にびっくりです。
 ちなみに、この「懸念」という言葉ですが、仏教用語では「執着(しゅうじゃく)」という言葉の意味と同じで「強く心をひかれそれにとらわれること」という意味になります。 ここでは一般的な意味で「心配する。不安に思う」という意味で使いましたが、同じ言葉でも意味が全く違ってしまうなんて不思議です。
 ただ、夏を愛する植物にとってはこの暑さは歓迎のようで、楽しみに待っていた蓮のつぼみが少しずつ大きくなってきました。このまま白くてきれいな花が咲くのが楽しみです。


 今月は年中行事の1つ「大施餓鬼法要」が24日に行われましたのでご紹介したいと思います。 今年は暑い1日となりましたが、多くの方にご参加をいただきまして、ご供養をしていただきました。
 13時からのご詠歌の奉詠から始まり約3時間の大法要となりましたが、共にご供養をしていただいたことをありがたく思います。 特に今年新盆を迎えられた方には熱心にお参りをいただきました。
 14時からは昨年に引き続き、片野真省先生よりご法話がありました。 今年は「仏さまと出会う喜び―ご縁を結び、絆を深める」というご法題のもとお話がありました。 先生のお話は大変分かりやすく、楽しいので、このご法話を楽しみにしている人は私だけではないはずです。
 また、15時からの「お施餓鬼大法要」ですが、住職を中心に約20名の僧侶が集まり納めることができました。 錫杖寺の行事の中でこれだけ多くの僧侶が集まるのは、この「大施餓鬼大法要」だけです。それだけ多くの僧侶が集まるということは、自然と読経の声も大きくなりますから、壮大な法要となりました。

 

 

 

 さて、当たり前のように「施餓鬼」という言葉を使ってきましたが、この「施餓鬼」とは何なのでしょうか?簡単に説明したいと思います。
 まずこの「施餓鬼」という言葉ですが「餓鬼に施す」と書きます。 この餓鬼とはこの世の六道の世界(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天上)の1つです。 ただ、餓鬼といっても種類がたくさんあり、大きく分けると9種類ですが、細かく分けると36種類の餓鬼がいると言われています。 ちなみに餓鬼というとその一般的な姿は、やせ細って腹部だけが丸く膨れ上がった姿を想像されると思います。 そして、常に何かに餓え苦しんでいるのが餓鬼なのです。 また、供養されない魂、供養に餓えている恵まれない魂のことを指す場合もあるようです。
 この餓鬼に施しを与え供養するのが「施餓鬼」になります。 では、なぜ餓鬼に施しをするのでしょう? これは『救抜焔口餓鬼陀羅尼経』という経典に次のように書かれているからです。 簡単に紹介したいと思います。

 ある日のこと阿難尊者が一人修行していると焔口(えんく)という餓鬼が現れ「阿難よ、お前の寿命はあと三日で尽きる。 死んだ後は餓鬼道に堕ち、私と同じような醜く恐ろしい姿の餓鬼になるだろう」と告げました。
 驚いた阿難は餓鬼に「どうしたらその苦をのがれることができますか?」と尋ねました。 すると餓鬼は「明日の朝、無数の餓鬼とバラモン(司祭者)や、自分自身のために多くの飯食(おんじき)を布施しろ。そうすれば、その功徳によってお前の寿命は延び、私も餓鬼の苦を離れ、天上に生まれることができるだろう」と答え、姿を消しました。
 しかし、無数の飯食を一晩で用意することは不可能です。 困った阿難は釈尊に助けを求めました。 すると釈尊は、施餓鬼の陀羅尼(=真言)を説き「心配することはない。 この陀羅尼を唱えながら食物を布施すれば、無数の餓鬼、そしてバラモンに心のこもった施しをすることになるだろう」と教えました。
 そして阿難は、この教えのとおり餓鬼に布施をして、死をのがれ、餓鬼は苦しみから救われました。

 つまり「施餓鬼」を行うことで、苦しんでいる餓鬼を救うだけでなく、私たち自身も延命長寿となることができるのです。 そして、ご本尊さまや他の仏さまに助けを求めている、供養に餓えて恵まれない魂を供養することができるのです。 錫杖寺だけでなく他の寺院もこの「施餓鬼」に関しては、1年に1回というところが多く、大法要として納める寺院が多いと思います。しかし、本来ならば毎日行ってもよいのです。
 実は、気が付いていないかもしれませんが、皆さまも毎日「施餓鬼」しているのです。 毎朝お仏壇に向かい手を合わせるときに、ご飯や漬物やお茶などをお供えしていませんか?そして、「南無大師遍照金剛」とお唱えをしていませんか?
 その皆さまの功徳で、ご先祖さまに助けを求めている餓鬼はきっと救われています。 毎日同じことを続けるのは大変ですが、あなたの施しを待っている人がいます。 だから、心を込めて「南無大師遍照金剛」とお唱えしてください。

合掌

(2012.07)
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世の中は知らないことでできている!

 6月も終わりますが、今年は去年記録した記録的な暑さに比べると例年より涼しい気がします。 このまま梅雨が明けると一気に湿気の多い日本特有の夏になると思うと今から少し憂鬱です。 7月のお盆を迎える頃になると例年通りの暑さになるのでしょうか?
 先日、私は「日光東照宮」へお参りに行ってきました。 この「日光東照宮」はご存知の方がほとんどだと思いますが、江戸幕府の初代将軍である徳川家康公が「東照大権現」として神葬されています。

 

 現在は特別公開として五重塔の内部を拝見することができました。 注目すべき点は心柱とのことで、ゆっくりと拝見させていただきました。 他の五重塔と違うのは、つり下げられて浮いているということです。 この工法による免震技術は現在注目を浴びている東京スカイツリーにも応用されているようです。 江戸期に創設された技術が現在も採用されていることを思うと、先人たちの技術力の高さにはただ驚くばかりです。 そして、自分たちの技術が未来でも活用されていることを思うと、先人たちも間違いなく幸せな気持ちでしょう。
 ちなみにこの塔の初重(1段目)の中を西側から拝見させていただきました。 中には阿弥陀如来がこちらを向いており、お参りすることができました。 普段会うことのできない仏さまと出会えたことに幸せな気分になれました。
 錫杖寺の近辺にお住まいの方はご存知と思いますが、川口市では今年の11月に新川口市誕生1周年を記念して、日光へ参詣し、徳川社参行列を再現する「川口宿鳩ヶ谷宿日光御成道まつり」の開催が決定しています。 どのような行事になるのか今から楽しみです。

 

 さて、もうじき七夕になります。 みなさまも笹の葉に願い事を書いた短冊を結んだ経験があると思います。 私は小さい頃に「仮面ライダーになりたい」とお願いをした記憶があります。 また、七夕といえば、1度は歌ったことや聞いたことがあると思いますが「たなばたさま」(作詞:権藤はなよ・作曲:下総皖一)という童謡があります。ちなみに作曲者の下総皖一氏は埼玉県出身の方です。

  ささの葉さらさら  のきばにゆれる  お星さまきらきら  金銀砂子(すなご)
  五色(ごしき)の短冊  わたしが書いた  お星さまきらきら  空から見てる

 この歌詞からも分かるのですが、七夕と仏教は関係ないようで実はつながりがあるのです。
 まず「七夕」に関してですが、現在でも「盆初め」と称する地域もあります。 これは「七夕」の7月7日の夕方にお盆の準備をしたことに由来します。 それは「七夕」(=たなばた)とは「棚幡」(=たなばた)より変化したものだからです。 この「棚幡」の「棚」はお盆のときに飾る「精霊棚」のことを指し、「幡」は仏教の五色の旗のことを指します。 このことより「七夕」がお盆と関係があり、仏教とも関係があることが分かります。 歌詞の中に五色の短冊とありますが、これは「七夕」が「棚幡」であり、この「幡」が仏教の五色の幡と理解をしてのことだと思います。
 ちなみに、この「棚」と「幡」ですが、錫杖寺でも見ることができます。 7月24日に行われております「大施餓鬼法要」の時に、本尊さまと対称となるところに「施餓鬼壇」というものを準備します。 この「施餓鬼壇」を見ていただくと分かるのですが、笹を5本取り付け、その笹に五色の幡を取り付けます。 なんだか「七夕」と似ていますね。
 錫杖寺の「大施餓鬼法要」に出席された時は、ぜひよく見てください。 そして、われわれ僧侶とともに、ご先祖さまの供養のために手を合わせ「南無大師遍照金剛」とお唱えをください。

合掌

(2012.06)
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今は昔・・・

 5月も終わりますと、衣替えの季節となります。 今年は4月に寒い日が多かったせいか、急な気温の上昇にまだ身体が適応していないようです。 それでも植物は人間とは違い、青い芽を出して、夏の準備を始めています。 つい最近まで裸で寒そうにしていた黄櫨(きはぜ)の木は、芳しい花をつけミツバチと友達になっています。

 

 今月は、毎年行われております「写経会」がありましたので紹介したいと思います。 今回は、通常の写経とは趣旨を変えて写経をしていただきました。
 同じ『般若心経』なのですが、<「写経」で生きる力を−祈りと願い−>と題し、東日本大震災にて被災された物故者への祈りと、復興への願いを込め写経をしていただきました。
 わたしは、写経を行うときには必ずお願いしていることがあります。 それは、この『般若心経』の一文字一文字が仏さまと思ってほしいということです。 そして、時間はかかっても心を込めて書いてほしいということです。 もし、途中で文字を間違えてしまっても、塗りつぶさないのは、仏さまを塗りつぶしてしまうからなのです。
 なお、今回の写経は8月に総本山にて行われます「百僧供養」にて回向した後に、被災寺院に写経と納経料を奉納する予定です。 ご協力いただきましてありがとうございました。

 

 この『般若心経』は、以前にも簡単に説明したことがありますが、仏が説いたとされる教典の1つです。 しかし、現在伝わっている教典は数えきれないほどあり、錫杖寺のご本尊さまである地蔵菩薩について説かれている教典もあります。
 例えば、錫杖寺の参道の左手にございます十三仏を見ていただくと分かりやすいと思いますが、地蔵菩薩だけ他の仏さまと違い、どちらかというと私たち僧侶と同じような姿をしています。 なぜ地蔵菩薩が僧侶と同じような姿かというと、これは教典に書かれているのです。
 「地蔵三部経」とよばれる3つの教典の1つ『大乗大集地蔵十輪経』に次のような文があります。

 そのとき、世尊、無垢生天帝釈に告げて曰く、汝らまさに知るべし。菩薩摩訶薩あり。名づけて地蔵という。すでに無量  無数の大刧、五濁五悪時の無仏世界において、有情を熟成す。今、八十百千那由多頻跋羅の菩薩と倶なりき。此に来って我を礼敬し親近し供養せんと欲するが為の故に、大集会を観て随喜を生ぜんとの故に、共に諸の眷属と声聞形を作し、将に此に来至せんとし、神通力を以ってこの変化を現す。

 ここで「声聞形」という言葉が出てきています。 この「声聞形」とは言い方を変えれば「僧形」(=僧侶の姿)になりますので、地蔵菩薩は僧侶と同じような姿なのです。
 経典の内容は難しいことも多く、理解しづらいかもしれません。 そんな時は「今は昔」で始まり「となむ語り伝えたるとや」で終わる『今昔物語集』を読んでみると、仏教説話がいくつもあるので面白いと思います。 仏教に関係するところでは、釈尊に関する話や経典の功徳に関するなどがあります。 その他、地蔵菩薩に関する話や観音菩薩に関する話もあります。 ちなみに以前紹介した、釈尊の前世がうさぎだった時の話も『今昔物語集』に収められています。 ひょっとしたら「写経」に関するお話もあるかもしれません。 よかったら探してみてください。

合掌

(2012.05)
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過去を振り返れば未来がわかる!

 4月も終わろうとしています。 最近ようやく暖かくなり春らしくなってきました。 錫杖寺の境内にある桜も、今年は開花が遅くなっていましたが、変わらずにきれいな花を咲かせ、山内をきれいに飾ってくれました。

 

 先月まで4年間、総本山にて法務部長として奉職しておりました錫杖寺の住職が、無事に任期を終えまして帰ってきました。 私はちょうど住職が総本山に奉職するのと時を同じくして錫杖寺お世話になっていますので、4年が過ぎたことになります。
 4年という時間は、長いはずですが、今振り返ってみますとあっという間だった気がします。 この4年の間にどれだけ自分が成長できたのか、反省しなければならないことも多くありそうです。 ただ、過去を振り返り、反省するところはしっかりと反省して、これからの住職や錫杖寺の力になれるように精進しないといけません。これからも応援よろしくお願いします。
 今月は錫杖寺の年間行事のうちの「茶筅供養」と「釈迦誕生花まつり」が行われましたので、紹介したいと思います。

 

 「茶筅供養」は、今年も天気に恵まれて、川口茶道会の先生方のご指導の下、ご供養することができました。この「茶筅供養」ですが、今年で30回目を迎えることができました。 当日は、お茶会も開催されていますので、大変多くの方に参加してもらい、ご供養をしていただきました。
 物を大切にするということは、当たり前のようですが、よく考えてみると難しいことかもしれません。 現在は物が不足することはほとんどなく、物のありがたみを忘れてしまっていることが多いように感じられます。 そう考えますと、この「茶筅供養」のように自分の大切な道具に感謝して、しっかりとご供養することは、物を大切にする気持ちを再確認するうえでも非常に大切な行事なのだと思います。

 

 「釈迦誕生花まつり」ですが、今年は日曜日ということもあり例年より多くの方にご参加をいただきました。 今年も法要とご詠歌の奉詠を行い、ご参加いただいた方にも甘茶をかけて供養をしていただきました。 また、ご供養をしていただいた後に甘茶を飲んでいただきました。 この甘茶ですが、飲んだことがある人はわかると思いますが、不思議な味がします。 お茶ですので苦い味をイメージされる方もいらっしゃると思いますが、苦みはほとんどありません。 砂糖などを使っていないにも関わらず、甘い味がします。気になった方は、ぜひ来年の「釈迦誕生花まつり」にご参加ください。
 春になると少しずつ冬眠していた虫たちが目を覚まし活動し始めます。先日、車に乗ろうとしたところで、蜘蛛の巣に引っかかってしまい、払うまでに時間がかかってしましました。
 蜘蛛の巣でふと思ったのですが、芥川龍之介先生の児童文学作品に『蜘蛛の糸』があります。 「ある日のことでございます」という書き出しから始まります。 ほとんどの方がご存知だと思いま。簡単に紹介したいと思います。

 ある日、お釈迦様が池のふちをぶらぶらと歩いていると、極楽の池の真下にある地獄の底で、カンダタという大泥棒が他の罪人と共に苦しめられていました。 お釈迦様は、カンダタも、1度だけ善行をしたことを思い出しました。 深い林を通る時に、蜘蛛を踏み潰さずに助けたことがありました。 お釈迦様は、その善行の報いに、カンダタを地獄から助け出してやりたいと思いました。 そこで、蓮の葉の上の極楽の蜘蛛が、糸をかけているのを見つけ、その蜘蛛の糸を地獄にたらしました。
 蜘蛛の糸を見つけたカンダタは、喜んでのぼりはじめました。 しかし、地獄と極楽の間は、何万里もあり途中で一休みしました。 下を見ると、数えきれない地獄の罪人たちが、蜘蛛の糸をつたってのぼってきているのが見えました。 自分ひとりでさえ切れてしまいそうなのに、これだけの人数がのぼってきたら、糸が切れて落ちてしまうに違いありません。 カンダタは、「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸はおれのものだぞ。 お前たちは一体誰にきいて、のぼって来た。下りろ。下りろ」と叫びました。その瞬間に蜘蛛の糸が切れてしまいました。

 いかがでしょうか?この話は、小学生だった私でも理解できる内容で、道徳の授業で学習をした覚えがあります。
 1年前の震災を振り返ってカンダタと共通するところはなかったでしょうか? 不足するはずのない水や飲み物が不足し、スーパーやコンビニから商品が消えてしまいました。 この時の私たちの行いは、カンダタのように自分のことだけを考えて、他の人のことを考えられなかった故の結果だったのではないでしょうか?
 こう考えると、過去を振り返り反省するのはやはり大切なことです。 4月から新しい生活が始まった方がたくさんいらっしゃると思いますが、よいスタートできるように、この連休中に過去を振り返ってみてはいかがでしょうか?そして、反省するところはしっかりと反省して、明日からの生活に役立てていければよいと思います。お互い「日々精進」です。

合掌

(2012.04)
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昨日までのこと・今日のこと・明日からのこと

 今月11日で、東日本大震災発生から一年でした。 あらためて被害を受けられました方々に心からお見舞い申し上げます。また、お亡くなりになられました方々に衷心よりご冥福をお祈り申し上げます。
 2012年3月11日午後2時46分。 錫杖寺の「鐘」に新しい歴史が刻まれました。
 この「康秀街道」にて以前お話をさせていただいたことがありますので、ご存じの方もいらっしゃると思いますが、錫杖寺の「鐘」は年2回「除夜の鐘」と8月の「平和の鐘」しか鳴りませんでした。
 しかし今年から3月11日も鳴らすことになり、年3回になりました。
 鐘の名前がまだなかったので、いろいろと迷いましたが 「希望の鐘」 として打鐘いたしました。
 あの日、この「鐘楼堂」(=鐘つき堂)も壊れるかと思うくらい揺れていました。 横で見ていた私はその様子を鮮明に覚えています。 そのお堂にて「希望の鐘」を打鐘できましたことを幸せに感じます。 この鐘の音がすべての人へ届いてくれることを願います。 そして、一日も早い復興と微力ながらもその力になれることを強く願います。
 3月も終わりになり、ようやく春らしく暖かくなりましたが、少し前のお彼岸はまだ肌寒いくらいでした。 毎年「彼岸会法要」は天気があまりよくないのですが、今年は晴天に恵まれ多くの方にご出席をいただきました。
 住職を中心にご詠歌の講員の方々や総代・世話人各位、関係各位のお力添えをいただきまして無事に終了することができました。 ご出席をいただきまして、ともに読経してくださいました方々、ありがとうございました。  また、昨年は中止になった「錫門茶屋」も大人気でした。好評につき焼きそばが一時売り切れになってしまうハプニングもありました。
 お彼岸のお参りの様子を見ていて思うことがあります。 それは家族でお参りにいらしてる方が多いということです。 子どもたちにとっては「お彼岸にお参りすると焼きそばが食べられる」というような簡単な理由かもしれません。 しかし「牛にひかれて善光寺参り」ということわざがあるように、子どもたちは知らないうちによい行いをしているのです。

 

 

 さて、3月11日は我々日本人にとって忘れてはならない日となりましたが、その前日の3月10日がどのような日かご存知ですか?
 近年ではあまり報道されることが多くなく、ご存じでない方もいらっしゃると思いますが、忘れてはならない日なのです。 そして、失礼ながら高齢者の方々にとっては、思い出したくない日でもあると思います。 1945年3月10日、東京が一瞬にして焼け野原になってしまった「東京大空襲」があった日です。
 戦争中とはいえ、信じられないくらい多くの人がその尊い命を亡くされました。 川口からも荒川の向こう側に見えた景色は夜とはいえ信じられない光景だったようです。
 私の祖父母もそうですが、みなさんのご両親や祖父母の方は、毎日仏さまにお参りをされていませんか?
 それは、戦争などを経験して誰よりも命の尊さを知っていて、仏さまの尊さを知っているからだと思います。 私は戦争の経験者ではなく、震災の経験者ではありません。 言葉に重みはないかもしれません。しかし、家族を失った時の悲しさはすべての人が一緒です。 お彼岸やお盆の供養はもちろん、ご命日のご供養は大切です。 毎日どこかでその尊い命を亡くされた方がいるはずです。 名前も知らない誰かのためにも毎日仏壇に向かい供養することができたら、牛にひかれなくてもよい行いができます。
 私たちは震災から多くのことを学び、そして歴史から多くのことを学んできました。 だから、今まで以上に大切にしなければいけないと思います。昨日までのこと・今日のこと・明日からのこと。

合掌

(2012.03)
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今月は得なの?損なの?

 2月も終わろうとしています。 「おはようございます」というあいさつに続いて「寒いですね」とついつい言ってしまう日が続きました。 川口では、今月雪が積もる日はなかったものの、お堂の中では寒くて指がうまく動かない日が続きました。 しかし、下旬に向かうにつれて、徐々に暖かい日が増えてきました。 少しずつ春に向かっているのでしょうか?
 今月は3日に「節分会大護摩供修行」を行いました。 今回も2台の太鼓による迫力ある護摩を無事に納めることができました。 寒い日でしたが、昨年よりも多くの方にご参拝をいただき、お堂の中に入れないくらいでした。

 

 

 この「節分会大護摩供修行」では、昨年から参拝をいただいた子どもたちに豆まきをしてもらっています。 まず始めに、住職がお堂内にて「福は内・福は内・鬼は外」と声をかけながら豆をまきます。 その後、お堂の外に向かって子どもたちが「福は内・福は内・鬼は外」と声をかけながら豆をまいてくれました。笑顔で元気な子供たちの姿を見ていると「無邪気」という言葉が浮かんできました。 「邪気」=「鬼」が「無い」ということで、ちょうど豆まきをしている姿と重なりました。 日本語というのは本当に感心するくらいよくできていると思いました。
 ふとカレンダーを見て思ったのですが、今月は29日まであります。 今年は「うるう年」でした。 この「うるう年」ですが、日本で採用されたのは現在の暦である太陽暦が採用された明治時代になってからです。 それまでは、月の満ち欠けをもとに太陽の動きを考えて作った太陰太陽暦を用いていました。 面白いことに、この太陰太陽暦は、19年に7回程度「うるう月」というものがあり、1年が現在のように12ヶ月ではなく13ヶ月の年があったそうです。なんだか複雑です。
 ちなみに、太陽暦の「うるう年」はなぜ4年に1日追加するかというと、地球が太陽の周りを1周する日数が、厳密には365日と6時間ということで、太陽暦で定める1年=365日から6時間余計にかかっています。 これを解消するために、6時間×4年=24時間ということで4年に1日追加して、誤差を修正するようにしたそうです。 これは、紀元前1世紀に太陽暦を使い始めたローマの時の権力者ユリウス・カサエルが制定したものです。 ユリウス・カサエルと言えば『賽は投げられた』という有名な言葉を残していますので、ご存知の方もいらっしゃると思います。
 しかし、この誤差の修正は完全なものではなく、6時間の誤差は正確には約11分短いそうです。 すると、1年あたり約11分の時間を増やしてしまうことになります。 そこで1582年に、時のローマ教皇グレゴリウス13世が新しいルールを作り実行しました。 その内容は「原則うるう年は4年に1回。ただし、100で割り切れる年はうるう年にしないが、例外として400で割り切れる年はうるう年にする」というものです。 これが現在日本を含め多くの国で採用されている「グレゴリオ暦」です。
 最近のことで考えれば、100で割り切れる1900年は「うるう年」になりませんでしたが、2000年は例外にあたる400で割り切れる年だったので「うるう年」になりました。 現在のように文明や文化の発達していなかった時代にこれほどの偉業を残し、現在でも採用されていることに驚きです。
 話は変わりますが、七福神のお堂の隣にある紅梅の花が咲き始めました。 この紅梅は見ても楽しいものですが、近くまで行きますとほのかによい香りがしてきます。 寒い日が続く中で、梅の花が咲くことは春の訪れを知る1つの楽しみですが、梅の花とともに、この季節はもう1つ楽しみがあります。 それは、どこからともなくやってくる鶯の到来です。
 ここ錫杖寺にも鶯がきて鳴くことがあります。 あの「ホーホケキョ」という鳴き声を聞くと錫杖寺でもお彼岸の準備となります。 面白いことにこの鶯ですが、最初から「ホーホケキョ」と鳴くことはできないようです。 よくよく聞いていると「ホーホキョ」や「ホーホキョキョ」など不思議な鳴き声が聞こえてきます。
 私たちも最初からお経を上手にお唱えすることができませんので、毎日精進しています。 鶯も私たち僧侶と同じく精進していると思うと、人間も鳥も「努力」という面では変わらないようです。 日々精進です。

合掌

(2012.02)
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龍だって鬼だって泣くんだぞ!

 例年になく寒い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか?
  昨年中は「康秀街道」をご覧いただきましてありがとうございました。 今年もできるだけ多くのことを紹介していけるように精進いたします。今年も応援よろしくお願いします。
 遅くなりましたが、錫杖寺のお正月行事は、関係各位のお力添えをいただきまして無事に納めることができました。 昨年の震災のことを思うと、当たり前のように思っていたこの「錫杖寺万灯会」が、今年も変わらずに行えたことを非常にありがたく感じました。

 

 

 また、今年より副住職による「一字書」の揮毫を行いました。 書道を通し1文字に心を込めて、昨年の1年を振り返るとともに、今年への希望を書き表しました。 今回初めてのことでしたが、参拝いただいている方々に見守られ、力強い作品ができました。 ちなみに副住職が揮毫した文字は、草書体という字体なので分かりづらいと思いますが、復興の「興」という字です。 今年が1日も早い被災地の「復興」になるようにとの思いを込めて書いたと言っていました。 この文字は情報が解禁されていなかったので、どのような字になるか楽しみにされていた方もいたようです。 ここだけの話ですが、私は事前に「興」という字を書くことを教えてもらいましたが、字体や文字の大きさは聞いていませんでしたので、完成した作品を見てかなり驚きでした。
 ちなみに、この「興」という字の意味の1つに「かがんでいたものが立ち上がる」という意味もあります。今年は昨年よりすべての面で一歩前進できるように精進できたらよいと思いました。

 

 昨年は「卯年」ということで1月にうさぎに関するお話を紹介したので、今年は「辰年」にちなみ龍に関するものを紹介したいと思います。
 児童文学者の濱田廣介先生の作品に『りゅうのめのなみだ』があります。 先生の作品の中では『泣いた赤鬼』が有名ですので、先生のお名前をご存じなくても先生の作品を知っている方は多くいらっしゃると思います。 特にこの『泣いた赤鬼』は『friends-もののけ島のナキ』として映画化されましたのでご覧になった方もいるでしょう。
 では『りゅうのめのなみだ』はどのようなお話か紹介したいと思います。

 人々に嫌われていた山の谷間に住む1匹の龍。 目はらんらんと光り、口は耳まで割れ、火のような真っ赤な舌をひらめかせている。 悪い子は龍に飲み込まれてしまう。 大人たちからそんなふうに聞かされてどの子どもたちもみんな龍は怖い、恐ろしいと思っていた。
 ところが、そんな中で、ある1人の不思議な子どもがいた。 その子どもは龍を怖がるどころか、逆に龍について、あれこれと聞きたがるのである。 その不思議な子どもの誕生日が近づいたある日、母親がその子に「誕生日に誰を呼びましょう?」と尋ねたところ、何と子どもは「山の龍を呼んでほしい」と言った。 驚いて「悪ふざけの子は大嫌い」と母親は呆れてしまう。
 まもなく誕生日という日に子どもは1人で丘を登り、龍が住むという山に向かって出かけていった。 そして、大声で龍を呼んでみた。 自分を呼ぶ者などこの世にいるはずがないと思っていた龍は驚き、不思議に思ったが、とにかく出ていってみようとその長い体をほら穴から出した。
 すると目の前には子どもがいる。 そして子どもは「自分の誕生日にはご馳走が出るから来なよ」と龍を誘ったのである。 もちろん、そんなことなど一度もなかった龍は驚き、そしてやさしい子どもの心に、鋭い目の中にやさしい光がちらつき、やがてそれは涙となって流れ出した。 とめどなく流れ続ける龍の涙は川の流れになり、背中に子どもを乗せた龍はまるで船のように浮かび町に向かって進んだ。
 子どもの住む町が近づいてくると、龍の体に変化がおこり、それは本当の船のような姿になったのである。 町のみんなはうれしそうに手を振る不思議な子どもとりっぱな黒い船を見て、びっくりしたのだった。

 このお話いかがでしょうか? 仏教的にこのお話を考えてみると、釈尊が最初の説法で説いた「八正道」(悟りに至るための8つの正しい行いや考え方)の「正見」を読み取ることができます。 この「正見」とは、簡単に説明すると「何かにとらわれることなく物事を正しい目を持って見る」ということになります。 この子どもは、龍が怖いという考えや龍が嫌われ者という世間的な見方を捨て、自分の意志をしっかりと持っています。 身近な例をあげるなら、学校の先生で「あの先生は怖い」と聞いていても、接してみたらよい先生だったなんて経験あると思います。
 今年の目標がまだお決まりでない方は、何かにとらわれることなく物事を正しい目を持って見る。 つまり「正見」を実践してみてはいかがでしょうか?

合掌

(2012.01)
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新年のごあいさつ

 初めに、謹んで新しい年を迎えることができましたことを心よりお慶び申し上げます。

 昨年の大震災で、今もなおご苦労をされている方々はたくさんいらっしゃると思います。 この震災は私だけでなく多くの人に大きな傷跡を残しました。 年が新しくなろうとも3月11日に起きたことを私は鮮明に覚えています。
 震災後、日本は未だ迷走を続けている感は否めず、なかなか「明日」を見いだすことが難しく感じます。 身近なところでは消費税の増税が検討され、私たちの生活がどのように変化していくかも想像もつきません。

 昨年は「卯年」ということで、ぴょんぴょんと跳ねることから「飛躍の年」と思い過ごしてきました。 今年は「辰年」ということもあり、多いに希望を願う年でもあります。 辰(=龍)が空を翔るように希望を高く持ち、昨年以上の飛躍ができるような1年となるようご祈念申し上げましてごあいさつに変えさせていただきます。
 今年1年が皆様にとりまして、よき年となりますよう、ご本尊さまと共に重ねてお祈り申し上げます。

合掌

(2012.元旦)
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