康秀街道〜こうしゅうかいどう〜  駒井僧侶による執筆です。月々移り行くお寺のお話をお楽しみ下さい。

知らない罪・・・

 12月になり段々と世間では慌ただしさを感じるようになりました。 錫杖寺もお陰さまで例年のように法灯ちょうちんが取り付けられ、いよいよ1年が終わり新しい年を迎えようとしています。 11月には楽しめた紅葉も、この1ヶ月で葉は落ち、木々は裸になってしましました。 今年も寒い冬になるのでしょうか?
 さて、世間では慌ただしいと冒頭に書きましたが、慌ただしいという言葉から、どうしても私は「師走」という言葉を連想してしまいます。 「師走」の語源として、「師が走る」=「お坊さんが走るくらい忙しい」というのは一説で、他の由来もあるようです。 実際にお坊さんでも走るくらい忙しいというのは事実だと思います。 道路の交通量も気のせいか多くなっている気がします。 それに私も心持ちか忙しい気もします。 もし、この「師走」が「お坊さんが走るくらい忙しい」と仮定するならば、その理由は「仏名会」(ぶつみょうえ)にあると思います。

  この「仏名会」(ぶつみょうえ)とは、『仏名経』(ぶつみょうきょう)という教典に説かれている約13,000の仏の名を読み上げ、供養するものです。 なぜ、12月にこの「仏名会」を行うかというと、この教典に「ここにある名を読み上げれば、平穏な日々を過ごせ、諸難から逃れ、諸々の罪が消え、将来、悟りが得られる」と説かれているからです。 つまり、新年を迎えるにあたり、普段の生活の中で何気なく作ってしまった諸々の罪を懺悔(さんげ)する為に行うのです。
 もともとは奈良時代に宮中で行われていましたが、時代と共に広がり、罪を払い無事に新年を迎えたいという気持ちから、年末にお坊さんを各家に呼んで仏さまを供養する形に転じていったと思われます。 そのため12月になると僧侶は各家々をお参りにまわり、忙しく駆けていた様子から「師走」という言葉ができたのかもしれません。
 ただ「師走」でも僧侶として心がけていることがあります。 それは「慌ただしい」ときでも「忙しい」ときでも、できるだけ自分を見失わないようにしています。 これは字のごとく「慌ただしい」=「心が荒れる」という意味ですし「忙しい」=「心を亡くす」という意味です。

 心にゆとりがないと「三毒」より煩悩を起こしてしまいます。 ちなみに、この「三毒」とは貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)の3つで煩悩の根本となるものです。 普段よりお唱えしている『智山勤行式』でも最初に「懺悔文」(さんげのもん)にてお唱えをするので、言葉自体はご存知の方も多いでしょう。
< 白文 > 我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう)
<書下し文>  我れ昔より造る所のもろもろの悪業は(われむかしよりつくるところのもろもろのあくごうは)
< 白文 > 皆由無始貪瞋癡(かいゆうむしとんじんち)
<書下し文>  皆無始の貪瞋癡に由る(みなむしのとんじんちによる)
< 白文 > 従身語意之所生(じゅうしんごいししょしょう)
<書下し文>  身語意より生ずる所なり(しんごいよりしょうずるところなり)
< 白文 > 一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ)
<書下し文>  一切我今みな懺悔したてまつる(いっさいわれみなさんげしたてまつる)

 この年末に『仏名経』のように膨大な教典をお唱えするのは難しいかもしれません。 しかし、この「懺悔文」のお唱えはそう難しくないと思います。 どうぞご自身で普段の生活の中で何気なく作ってしまった諸々の罪を懺悔して、よい新年をお迎えください。
 今年も1年間この「康秀街道」を読んでいただきましてありがとうございました。 まだまだ思うように書けず、読みづらい時も多々あると思いますが、来年も錫杖寺の情報を始め、少しでも仏教のことやお寺のことを分かりやすく伝えて行きたいとお思いますので、引き続き応援よろしくお願いします。

合掌

(2014.12)
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感謝の気持ち

 山内の木々の葉も色を変え晩秋を迎えました。 錫杖寺は京都の寺院のように豊かな自然を有するお寺ではありませんが、イチョウやケヤキの落葉をみていると、秋の寂しさを感じられます。 まもなく冬になり、今年も終わるかと思うと、やはり寂しい気持ちになるのは私だけでしょうか?
 今月は、まず「日光御成道まつり」について紹介したいと思います。 2年前に川口市と鳩ヶ谷市の合併を記念して行われたこのおまつりですが、今回は2回目の開催となりました。 当日は大変難しい天気で、パレード開始の直前まで雨が降っていました。 それも細かい雨ではなく結構な雨でした。 結果としては奥ノ木信夫市長のあいさつにもありましたが、雨は上がり太陽も顔を見せるくらいの天気となりました。 今回も将軍役に松平健さん、新たに大河ドラマ「軍師官兵衛」で栄姫役としてご出演している吉本実憂さん、マツケンサンバの振付師の真島茂樹さん、地元川口からは御成姫として小林千鶴さん、渡邊里恵さん、今野奈々さん、二村真理子さん、村田潤子さん、飯塚陽子さんを錫杖寺にお迎えいたしました。

 残念ながら時間の関係で、前回のように将軍弁当の再現はできませんでしたが、今回は川口茶道会によるお茶のご接待を行いました。 お菓子は、地元川口のお菓子店「中ばし」に錫杖寺が特別に依頼をして作った「御成道まんじゅう」をお出ししました。 このおまんじゅうは、前回の「御成道まつり」を記念して作ったもので、錫杖寺の寺紋でもあるコ川葵の紋が押してあります。 短い時間ではございましたが、お茶を一服お召し上がりいただき、おくつろぎいただきました。
 さて、話が私事になりますが、先日長くパートナーとして活躍してくれた愛車がいよいよ寿命を迎えたので、新しい愛車へ乗り継ぐことになりました。 6年間毎日のように錫杖寺への通勤の足として活躍してくれた車でしたが、やはり限界だったようです。 大切にしてきたものとのお別れはやはり車といえども寂しいものがあります。 車でさえこのような気持ちになるのだから、大切な人とのお別れはさらに悲しいものになるでしょう。 そのような大切な場面に立会をする僧侶という仕事には非常に責任を感じます。
 この車には最期に「ありがとう」という感謝の気持ちを伝えました。 お大師さまの教えに「相互供養」というものがあります。 この「相互供養」とは、読んで字の如く「お互いに供養しあう」ということです。 つまり、私たちが仏さまを供養し礼拝するときに、仏さまも私たちに供養し礼拝しているという考え方です。 なぜなら、これもお大師さまの教えによりますが、私たちも仏そのものだからです。そう考えれば、きっと車は私に感謝してくれていることでしょう。
 浄土宗の先生のご法話で私が小学生の時に聞いた話ですが、その先生は毎回車に乗るときは「今日も安全運転をするからよろしく」と声をかけ、降りるときには「ありがとう」と声をかけるそうです。 そのおかげか事故は一度ももなく、車が故障することもなかったそうです。
 日々の生活の中で、自然と私たちは本来ありがたいはずのものを当たり前と考えてしまうことが多くあります。 広い目で見れば、紅葉という素晴らしい景色も地球に感謝しなければならないものです。 車の話をしたばかりで説得力がありませんが、環境破壊をしている私たちは、本来もっと感謝をしなければならないのです。
 今年もあと1ヶ月です。 無事に1年が過ごせたことにしっかりと感謝をして、大切に過ごしたいと思います。

合掌

(2014.11)
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目指せ学者!

 だんだんと錫杖寺の境内の木々も色を変え、落葉も多く見られるようになりました。 少しずつ秋の気配を感じつつもまだ暑さの残る日もあり、体調の管理が難しい今日この頃です。 山門を入って右手にあります地蔵堂の前には、紅葉のきれいな大きな「黄櫨」(きはぜ)の木がありますが、弱い人はかぶれてしまいますので落ち葉にもお気をつけください。
 今月は、錫杖寺の年中行事の1つ「写仏会」が行われましたので紹介したいと思います。 写経にくらべて写仏は細かい線も多く、ひとつの仏さまを描くまでに時間を要しますが、その分大変な達成感があります。 今回は「勢至菩薩」を描いていただきましたが、この「勢至菩薩」と言われてもなかなか理解に難しいかもしれません。 少しこの「勢至菩薩」について考えてみたいと思います。
「勢至菩薩」は「大勢至菩薩」とも言われ、名前の通り威力が強く、足をひと踏みするだけで、三千世界はもとより大魔王の宮殿さえも激しく揺るがすといわれています。 ただし、単尊として祀られることはほとんどなく、多くは「観音菩薩」とともに「阿弥陀如来」の脇侍としてお祀りされます。 お姿は、頂上に宝瓶を頂き、阿弥陀如来が来迎の際に「観音菩薩」は蓮華を持っているのに対し「勢至菩薩」は合掌している姿で表されます。 慈悲の功徳力を持つ「観音菩薩」に対して、智慧を司って私たちを助ける衆生済度を主とする仏さまで、智慧の光を以って一切を照らし衆生が地獄道や餓鬼道へ落ちないように救済してくれます。
 簡単に言えば、私たちが間違った道へ外れないように、智慧を授けてくれる仏さまなのです。 この仏さまを写仏するということは、その功徳をいただくことができるということです。 今回の「写仏会」にご参加いただいた方は「勢至菩薩」の智慧を授かったことでしょう。

 話は変わりますが、先日お休みをいただいて講習会に参加をさせていただきました。 大学在学中は基本的な仏教学から真言宗のある程度の専門的な知識まで身につけられるように、ひと通りのことは学習します。 ただ、実践学ではなく、仏教学を深く理解するという観点では、大学院や研究生と比べると、やはり大きな差があることは否めません。 なかなか内容が難しい基礎から一歩踏み出すことが難しいのが現状です。
 今回参加をした講習会の内容に、曼荼羅に関するものがありました。 この曼荼羅ですが、真言宗では欠かすことのできないもので、どの寺院でもご本尊さまと共に本堂に掛けられているものです。 ちなみにこの曼荼羅は、必ず2種類本堂には飾られていて「金剛界曼荼羅」と「大悲胎蔵曼荼羅」(胎蔵界曼荼羅)があります。 ともに真言宗の根本となる仏さまである「大日如来」を中心として、数多くの仏さまが描かれています。 これらは「経典」をもとに描かれていて、それぞれ意味があります。
 恥ずかしい話ですが、私はあまりこの曼荼羅を深く学習してこなかったので、今回の講習会で得るものが多くありました。 やはり偏った知識だけでは仏教はもちろんそれぞれの分野でも理解を深めることは難しいと痛感してきました。
 今回写仏していただいた「勢至菩薩」も非常に理解の難しい仏さまです。 もちろん仏さまなので、必ずその功徳などは経典に説かれています。 ただ、この「勢至菩薩」に関して有名な経典は『観無量寿経』という経典です。 この経典は真言宗では用いることはなく、深く学習することはありません。 しかし、この経典を学習しなければ「勢至菩薩」に関する知識を得ることはできません。
 ちなみに経典は難しいものも多くありますが、物語のようになっていて読みやすいものもあります。 今回の講習会でまだまだ知識不足を痛感したので、しっかりと基礎から勉強し直し、少しでも分かりやすく仏教に関してお話ができるようにしたいと思います。

合掌

(2014.10)
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亡き人の・・・灯火

 9月も終わりに近づきましたが、再び暑い日が戻ってきました。 月の中頃は、涼しい日も多くだんだんと秋の気配を感じていましたが、季節が少し逆戻りしてしまったようです。
 この『康秀街道〜こうしゅうかいどう〜』も今月で6年目に入りました。 このような節目には毎回、過去の原稿を振り返っています。 少しでも読みやすく、仏教のことやお寺のことをこれからも伝えていきたいと思いますのでこれからも応援よろしくお願いします。
 今月は秋のお彼岸に「秋彼岸法要」を行いましたので紹介したいと思います。 昨年より行っておりますこの法要ですが、今年も「施餓鬼会」からさほど時間が経っていないにも関わらず、大変多くの方に塔婆を建ててご供養いただきました。当日は、天候に恵まれ多くの方にお参りをいただき、ご供養していただきました。
 毎回恒例となりました錫門茶屋も繁盛していました。 この錫門茶屋の隣には、飲食ができるように休憩所を併設していますが、この夏行われました寺子屋の写真を飾らせていただきました。 これらの写真も多くの方に足を止めて見ていただきました。

 さて、真言宗智山派のご詠歌の先生で組織される 「密厳流遍照講師範会」 があります。 この会は、ご詠歌を指導する立場にある我々僧侶の中でも優秀な先生方が、日々の研鑽を積まれるために活動している会のことです。
 今月8日、この「密厳流遍照講師範会」の先生方が錫杖寺に来山し、ご詠歌を中心に錫杖寺第35世・江連政雄大僧正の追悼法要が執り行われました。 政雄大僧正は、真言宗智山派のご詠歌で多くの作詞や作曲を手掛けた僧侶です。 現在の住職の祖父にあたり、今年43回忌を迎えました。
 政雄大僧正の作品は数多くありますが、今回の追悼法要では 『追善供養和讃』 『弘法大師誕生和讃』 『遍照講賛歌』 『彼岸会和讃』 の4曲を師範会の先生方にお唱えしていただきました。
 当日は33名の先生方がお唱えをくださいましたが、やはり先生方のお唱えは全く次元の違うもので、言葉には変えがたいものがありました。 また、非常に喜ばしく名誉なことは、政雄大僧正の作品が、現代でも歌い継がれ多くの先生方やご詠歌講員さんに愛されているということです。 特に『追善供養和讃』の「追善供養」というのは、亡き人のことを想い、心からご供養することを表すご詠歌です。 自らの作品である『追善供養和讃』で供養されたこと、間違いなく政雄大僧正は喜んでいると思います。
 私が生まれる前に、政雄大僧正はご遷化されていますので、どのようなお人柄なのか今まで知る由もありませんでした。 現在の師範会の先生の中でも、同じく若い先生は分からないと思います。 ただ、今回の政雄大僧正をよく知る人物として、錫杖寺の隣にあります元郷の随泉寺のご住職である渡邊智雄僧正より、政雄大僧正のお話がありました。 ちなみに、渡邊智雄僧正は、この「密厳流遍照講師範会」の前会長でいらっしゃいます。
 お話によりますと、ほとんど会話をすることもなかったとお話をしていました。 なぜなら、政雄大僧正は学者で、常に数えきれないほどの本を読み、読書付けの毎日を過ごしていたとのことです。 その為か、勤行を行うときは、政雄大僧正の妨げにならないように気を使っていたとのことでした。
 確かに、政雄大僧正のご詠歌の歌詞には大変難しい言葉も多く、6月の原稿でもお話いたしましたが、インターネットなどが全くない時代にこれほど多くの知識があったことには大変驚きです。 ただ、今回の渡邊智雄僧正のお話を聞いて、その理由が少しわかった気がしました。

 錫杖寺にとって9月というのは特別な季節になることを私も改めて実感しました。 この先も『追善供養和讃』やその他のご詠歌を聴けば政雄大僧正のことを思うでしょう。 また、彼岸花を見れば、先代の住職である俊則大僧正のことを思うでしょう。 冬に向かう秋の寂しさと亡き人のことを思う寂しさは、どこか共通しているものがあるような気がします。


 亡き人の 亡き人の 此の世に在りし面影を 御霊祀りて 偲ぶ灯火

(江連政雄作詞・作曲『灯影』より)


合掌

(2014.09)
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36.4℃ from 錫門キッズ

 まず初めに、この度の広島土砂災害にてお亡くなりになられました方々の心よりのご冥福をお祈り申し上げます。 また、広島県だけでなく全国で多くの天災などによる被害を受けていらっしゃる方々の一日も早い復興をご本尊延命地蔵菩薩さまのもとお祈り申し上げます。
 8月も終わりに近づきました。 暑かったお盆も過ぎてしまえば急に寒く涼しくなり、寒いような感じさえ受けました。 突然気温が変化すると風邪を引きやすくなりますが、体調を崩していませんでしょうか?
 今月は、錫杖寺の寺子屋「錫門キッズ」が開催されましたので紹介したいと思います。 今年で4回目の開催となりましたが、関係各位のご協力もあり無事に終了することができました。 宿泊での寺子屋となるため、施設の現状などを考慮して、昨年より10人少ない50人の定員とさせていただきました。 先着順にての受付でしたが、多くのお申し込みをいただき、10人以上お断りすることになってしまい、大変申し訳なく心苦しい思いでいっぱいでした。
 寺子屋ですので「修行」が大前提ですが、少しでも楽しく修行ができるように厳しい時間とけじめをつけ、2日間過ごせるように努力をしました。 活動内容もコンセプトは残しつつ、前回よりもよいものとなるように熟慮しました。 その中でも、今回特に力を入れたのは工作の時間です。 前回は石粉粘土で地蔵菩薩を作ってもらいましたが、今回は蓮灯籠を作ってもらいました。 透明なコップに色つきの半紙を何重にも貼って蓮の形を作ります。 見た目は簡単そうですが、実際に作ってみると大人でも時間がかかります。 限られた時間しかないので、子どもたちがきれいに作れるか心配でしたが、その心配とは裏腹にとてもよくできていました。 完成した蓮灯籠にライトを入れて本堂の階段に飾ると、とてもきれいに光を放ち、それぞれの蓮が輝いていました。 偶然お寺の前を通った方からも、とてもきれいとの感想をいただきました。
 また、前回は写経として「いろは歌」の書写でしたが、今回は写仏で、子ども用の簡単なもので地蔵菩薩を描いてもらいました。 筆ペンでの書写なので、線が細い部分もあり大変だったと思いますが、子どもたちは一生懸命写仏していました。 この写仏ではそれぞれが描いた地蔵菩薩に色も塗ってもらいましたが、この色付けも、子どもたちそれぞれの個性があり、華やかな地蔵菩薩が描きあがりました。
 この寺子屋2日間は私たちに大きな責任も伴います。 多くの子どもたちをお預かりしているので、ケガや病気の心配もありましたが、今回も大きな問題もなく終了することができました。 子どもたちからの感想や保護者の方からいただいた感想は、写真と共に「錫杖寺手記」に一部載せてあります。 次回もこの感想をもとに、さらによい寺子屋となるよう精進したいと思います。

 話は変わりますが「長者の万灯より貧者の一灯」という言葉があります。 これは『阿闍世王授決経』に説かれている言葉です。 今回の蓮灯籠を見てこの話を思い出しましたので、簡単に紹介したいと思います。

 阿闍世王が仏に供養の燈明をあげることになった。 日頃から仏に供養したいと願っていた老婆はそれを耳にしたのだが、いかにしてもお金がない。 そして「仏に会えるというのは、百劫もの長い間にようやく一度遇えるようなものであるが、私は幸いにして仏の世に出逢えたのに供養するものが何も無い」と嘆いた。 そこで他の人から小銭を貰い受けた。 そのお金で麻油膏を買い、灯明差しだし供養することができた。 そして時間が経ち全ての灯明が消えてしまったというのに、この老婆の一灯だけは消えなかった。 その上、三十劫ののちに須弥燈光如来になることの証明を授けられた。

 というお話です。 これは「大切なのは量や金額ではなく誠意の有無である」という意味です。 この寺子屋で作った蓮灯籠を子どもたちは本堂の前に並べました。 本物の灯明ではなくても、子どもたちが心を込めて作った灯籠です。 中には不格好なものもあったかもしれません。 しかし、大切なのは一生懸命作ったという行為そのものなのです。 その思いは、ご本尊の地蔵菩薩だけでなく、多くの人に伝わったはずです。 偶然通りかかった方からもきれいと感想をいただけたのは、思いが込められた蓮灯籠が輝いていたからでしょう。 この寺子屋で学んだことをこれからの生活でもしっかりと活かしてほしいと思います。

合掌

(2014.08)
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仏さまを信じる暮らし

 7月も終わりに近づき、暑い日が続くことも多くなりました。 特に、梅雨明けしてからの数日は、猛烈な暑さで、非常に寝苦しい夜もありました。 夏になれば涼しさを求めて冬が恋しくなり、冬になれば暖かさを求めて夏が恋しくなる。 常に人間は欲をもっているため、対比するものを欲してしまうのかもしれません。 ただ、このように思えるのも、四季があり、それぞれの季節を楽しめる日本ならではなのかもしれません。
 今月は、毎年行われております「大施餓鬼法要」が24日に行われましたのでご紹介したいと思います。 今年は、梅雨明け直後だったためか、非常に暑い日になりました。 当日は夕方から夜にかけて大変な雨となりましたが、法要には影響もなく無事に納めることができました。 ただ、大変暑い日だったので、例年よりお参りの方が少なかったような感じも見受けられました。

 今年も13時のご詠歌の奉詠に始まり、約3時間の大法要でしたが、お参りいただいた方は大変熱心にご参加をいただきました。 特に、14時から行われております法話では、毎年楽しみにされている方もいて席が埋まってしまうこともしばしばです。 今年は片野真省先生に「仏さまを信じる暮らし―生きる力を実感する」という題でお話をしていただきました。 笑い声も多く聞こえ、また分かりやすくお話をしていただきました。
 大施餓鬼法要は、20名以上の僧侶も参加して無事に納めることができました。 この法要では、普段お唱えをしないお経もお唱えいたしますので、ご法事と違い少し新鮮味があるかもしれません。 昨年もお話をしましたが、これだけ多くの僧侶とともに『般若心経』をお唱えする功徳は、大変ありがたいものになり、それぞれのご先祖さまのもとへ必ず届いているでしょう。 また、この功徳は間違いなく餓鬼のもとへも届いているでしょう。

 この錫杖寺の「大施餓鬼法要」ですが、これは地蔵菩薩のご縁日である24日に行われています。 ちなみに、暦でこの日を見てみると「地蔵盆」と書かれています。 では、この「地蔵盆」とは何のことでしょう? 少し考えてみたいと思います。
 「地蔵盆」は簡単に言うと、寺院の中や道端にある地蔵菩薩をご供養し、延命長寿や除災招福を祈る行事のことです。 地蔵菩薩のご縁日が毎月24日ということより、お盆に近い地蔵菩薩のご縁日が「地蔵盆」と呼ばれています。 地方によりその形式は様々で、名前も「地蔵会」や「地蔵まつり」と称される場合などもあるようです。 どちらかと言えば子どもたちが主役となり地蔵菩薩を供養することが一般的のようです。 もともとは関西地方で信仰されていましたが、現在では日本各地でこの風習を受け継いでいるところが多くあります。
 先ほど子どもが主役と書きましたが、必ずしも子どもだけが主役というわけではありません。 大人も大いに関係があります。 これは、地蔵菩薩の功徳である「現世利益」(=仏さまを信仰したご利益を来世でなく現世において受けること)が関わってきます。 なぜかというと、この「地蔵盆」は旧暦の7月(現在では8月下旬)に行われます。 時期的には、これから稲刈りを迎える時期になります。 この時期に五穀豊穣を祈り地蔵菩薩を供養することは不思議なことではないのです。 特に江戸時代には、多くの農民と呼ばれる農家の人々がいて『慶安御触書』によりその生活は厳しく制限をされていました。 これによると酒やお茶を飲むことは許されず、自分たちで作った白米をほとんど食べることが許されません。 また、衣服や生活も制限され、朝から晩まで働くことを強いられました。 寺院にとっても、苦しい生活の中から、地蔵菩薩への布施として白米や酒を奉納する農家の人々の布施行が、どれだけの行いかよく理解してきました。
 仏教学的な考え方からは少し離れてしまいますが、この「地蔵盆」の日は、農家の人々にとっても五穀豊穣を地蔵菩薩にお願いするだけではなかったのです。 身体を休め、地蔵菩薩を供養することで、ご接待を寺院からいただきました。 白米や飲酒など普段は禁止されているものも、仏さまのご接待の名目で口にすることができたのです。  悪い言い方をすれば、地蔵菩薩の名前を借りて、普段できないことをするための言い訳だったかもしれません。 ただ、現世において利益をいただける地蔵菩薩の功徳を考えれば、普段苦労を重ねている農家の人々のためになるのであれば、地蔵菩薩は喜んで力になることは間違いないでしょう。
 みなさまの地元には「地蔵盆」はありますか? もし、あるならばぜひ参加をしてみてください。 少しでも地蔵菩薩を感じることができるかもしれません。 今回の法話ではありませんが「仏さまを信じる暮らし」が少しでも実感できるかもしれません。

合掌

(2014.07)
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その名を呼べば・・・

 6月になり、ようやく今年も桔梗が咲きました。 春にはまだ葉も枝もなくどこに埋まっているかもわからない状態でしたが、彼岸花のように時季になると必ず芽が出てきます。 つぼみまで花のように五角形なので、見ていると意外に面白い花です。
 この6月は梅雨の影響が強いのか、雨の日が多く、下旬には大きな雹の害をもたらしました。 また、突発的な雷雨で、車や道路が水没してしまうこともあり、自然の驚異を感じることも多々ありました。 錫杖寺の近くにも雷が落ちたようで、建物の中にいてもかなりの轟音と衝撃が伝わってきました。
 以前、仏教の言葉で「獅子吼」という言葉を紹介したことがあります。 これは「仏が説法するのを獅子が吼えて百獣を恐れさせる威力に例えていう語。真理・正道を説いて発揚させること」(広辞苑)という意味ですが、この雷鳴の威力と威厳がこの「獅子吼」に近いものだと感じました。 つまり、仏の発する言葉というのはこの雷鳴のようなすさまじい威力があるということです。 すると、我々真言宗の僧侶や檀信徒がお唱えをする「真言」は「仏の言葉」そのものですので、どれだけありがたく、力のあるものか容易に想像することができると思います。
 今月は珍しく目立った行事もなかったので、先月掲載したお大師さまのお話を、もう少ししたいと思います。 この『康秀街道』で、何度かご詠歌を紹介していることがありますが、今回もご詠歌の歌詞を通してお大師さま(弘法大師)のことを考えてみたいと思います。
 帰命頂礼遍照尊 (きみょうちょうらいへんじょうそん)
 宝亀(ほうき)の5年みなづきの 中の5日の朝ぼらけ
 み空に瑞気(ずいき)たなびきて 生まれましけり真魚(まお)の君(きみ)
 玉藻(たまも)よしちょう讃岐(さぬき)なる 多度津が浜の佐伯氏(さえきうじ)
 館に光明(こうみょう)かがやきて 生まれましけり貴(とうと)もの
 玉依御前(たまよりごぜん)のふところに 聖(ひじり)の入らせ給いける
 去年(こぞ)のみ夢は現(うつつ)にて 人の姿にみ仏の
 生まれましけん畏(かしこ)さよ 祝いまつらん南無大師
 真言(まこと)なる法を弘(ひろ)めて諸人を 救いまさんと生まれましけり
 南無遍照尊(なむへんじょうそん) 南無遍照尊(なむへんじょうそん)

 これは、錫杖寺第35世の江連政雄大僧正が作詞した『弘法大師誕生和讃』という密厳流遍照講の曲です。 お大師さまは宝亀5年(774年)の6月15日に讃岐の国(香川県善通寺市)に生まれました。 空海という名の前は、真魚という名前で、父は讃岐国の豪族である佐伯直田公(さえきのあたいたきみ)で母は玉依御前(たまよりごぜん)です。
 これらを踏まえ、このご詠歌の内容を少しずつ考えてみたいと思います。 曲の題名が『弘法大師誕生和讃』というくらいですから、内容はもちろんお大師さまの誕生に関することが書かれています。
 「玉藻よしちょう讃岐なる」 という言葉が出てきますが、これはおそらく政雄大僧正が讃岐国を讃えるために柿本人麻呂が読んだとされる『万葉集』の中の「玉藻よし讃岐の国は国柄か見れども飽かぬ神柄か・・・」 という歌を流用したと思われます。 また、玉依御前は過去にインドの高僧の夢を見て、実際にその高僧がお腹の中に入る夢をみています。 実は、その高僧とは、お大師さまに真言密教を伝授した恵果和尚の師にあたる不空三蔵とされているのです。 すると、お大師さまは不空三蔵の生まれ変わりと考えられますので、出生前からすでに仏の力を持ち、尊い存在と考えることができるのです。 これらを考えながら歌詞を見てみると、さらによく『弘法大師誕生和讃』が理解できると思います。
 お大師さまのことを想い『南無大師遍照金剛』とお唱えをする。 これは、私たちがお大師さまを感じ、仏さまと一体になるためにお唱えをするもので、ご法号  と呼ばれるものです。 お仏壇の前で手を合わせ、お唱えをいただくのが最も良いと思いますが、仏壇の前や仏さまの前でなくてもいつでもできるものです。 もし、機会があったら一度でいいので鏡の前で行ってみてください。
 『南無大師遍照金剛』とお唱えをしたその先には、自分の姿があります。 つまり、自分がお大師さま自身と感じることができるのです。 言い換えれば、お大師さまと一緒になれ、仏さまと一緒になれるのです。 逆に言えば、人に悪口を言ったり、野次ったりという行為は、自分に対して言っているのに等しい行為になり、大変惨めな気持ちになるでしょう。 いつでもお大師さまは、その名前を呼べば自分の力になってくれます。 いつも信じてご法号をお唱えしましょう。

合掌

(2014.06)
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「お大師さま」と「ご縁」の力

 5月も終わりに近づきました。 4月から行われていた田植えはひと段落したようで、最近ではカエルの合唱が聞こえるようになりました。 6月になり梅雨になると、さらに音量が大きくなりそうです。
 錫杖寺の境内も少しずつ新緑が多く見られるようになりました。ただ、驚いたことに、初めてのことですが、鐘楼堂の前にある木に花が咲きました。残念ながら種類が分からないのですが、その形が鐘のような形で、鐘楼堂とよく合っていました。これから毎年咲いてくれるのでしょうか?

 今月は、錫杖寺の年中行事の1つ「写経会」がありましたので紹介したいと思います。 今年も1年に1度という行事ですが、初めての方も含め多くのご参加をいただきました。
 今回も「写経」したのは『般若心経』ですが、初めての方には少し難しかったかもしれません。 確かに身近な経典ですが、いざ私個人も写経を行うということになると、少し戸惑います。 なぜなら、私は毎日のように読経はしますが、書写することはほとんどないのです。 まだ僧侶になりたての頃、最初に暗記するように言われたのがこの『般若心経』でした。 暗記の方法として、ひたすら書写して覚えた僧侶もいるかもしれませんが、私は声に出して覚えました。 その為「音」で覚えていることが多く、頭の中には「漢字」ではなく「音」が先に浮かぶのです。 しかし、これでは釈尊より伝わる内容を理解することはできません。 そして、読経ではなく、ただの発声になってしまいます。
 錫杖寺の「写経会」は、私にとっても年に1回ですが、初心に帰るきっかけを作ってくれる行事になっています。 機会があれば私も参加者と一緒に写経を行ってみたいと思います。

  また、今月9日にはご詠歌の全国大会が大本山川崎大師平間寺にて行われました。 ここは、真言宗智山派の大本山の1つで、お大師さま(=弘法大師)がご本尊さまです。 この川崎大師ですが、この5月は10年に1度の吉例大開帳奉修期間で「赤札」という大変ありがたいお札を授けてもらえる期間なのです。
 今回の全国大会は私もこの特別な「赤札」のお授けをいただきたく参加をさせてもらいました。 なぜなら、10年前に他の僧侶からいただいたはずの大切な「赤札」を何年か前に無くしてしまったのです。

 当日は、他の寺院のご詠歌講の方々と共にご詠歌をお唱えできたことに感動いたしました。 やはり、大人数でのご詠歌は、きれいに音が重なると快いものになります。 しかし、当日はさらに感動することがありました。
 この川崎大師へは、車でご詠歌講員さんと共に行きましたが、駐車場が境内から少し離れた川崎大師の自動車祈祷殿でした。 この自動車祈祷殿から境内までは徒歩10分くらいかかります。 無事に車を駐車して境内に向かう途中、信号待ちをしていたら1人の小学生の女の子がいました。 すると、その女の子は私に向かって「お坊さん?」って聞いてきました。 もちろん、私は剃髪なので頭だけ見たら僧侶に見えるかもしれませんが、特別に法衣を着ていたわけでもありません。 最初は驚きましたが、その笑顔を見ていると理由は分からないのですが、不思議と話がしたくなり、その子が小学校に到着するまでの短い時間でしたが、学校でのことやお友達のことなど、いろいろお話をさせてもらいました。
 では、なぜこのことが感動したかというと、お大師さまに逢えたような気がしたからです。 それは私だけが感じることかもしれません。 ただの子供と思う方もいるでしょう。 以前少しだけお話をさせていただいたことがありますが、観音菩薩のお話を思い出していただければわかると思います。 観音菩薩は衆生を救済するために、佛身(=仏さま)だけでなく童男・童女 身(=小さな男女の子ども)にも姿が変わるのです。 そう考えるならば、もちろんお大師さまもその御姿を変えて私たちのもとに現れることも不思議ではないのです。 たまたま、私の前に現れたお大師さまが童女身だったのです。私自信、気が付いていないだけかもしれませんが、私の何かを救済しようとお大師さまがお力を貸してくれたのかもしれません。
 理由も分からず話がしたくなったのは、その子がお大師さまで不思議なご縁を授けてくれたからでしょう。
 当日は「赤札」もいただきお大師さまにも出会い、大変有意義な1日を過ごすことができました。 今度は大切になくさないように気を付け、日々お大師さまと「同行二人」ということを忘れずに精進したいと思います。

合掌

(2014.05)
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あゝ無常・・・

 4月も終わろうとしています。 毎年のことですが、私の自宅の近所では、少しずつ田植えの光景が見られるようになりました。 春から夏へ少しずつ季節が変わろうとしています。 今年の夏も去年のように暑い夏になるのでしょうか?
 今月は、2つの大きな行事がありましたのでご紹介したいと思います。
 1つは「花まつり」です。 今回の「花まつり」は、錫杖寺の住職が現在「川口仏教会」の会長ということもあり、この「川口仏教会」の主催として行いました。 なお「川口仏教会」とは、宗派を超えて川口の寺院で構成される会のことです。 その為、真言宗だけでなく、他の宗派の僧侶の先生方にもご参加をいただきました。 例年曜日に関係なく、錫杖寺では釈尊の誕生した日の4月8日に行っていましたが、今年は日曜日の4月6日に行いました。 その為、150人を上回る大変多くの方にご参加をいただき、盛大に行うことができました。 当日は、初代の御成姫の小林千鶴さんと渡邊里恵さんにご参加をいただきました。 また、落語家の柳家かゑるさんにもご参加をいただきました。

 天候が心配される1日でしたが、大雨に降られることもなく、参道の花御堂の誕生仏には、多くの方に甘茶をかけてご供養をしていただくことができました。 ご参加いただいた方やご協力いただいた方には、衷心より感謝申し上げます。 ありがとうございました。
 もう1つは「茶筅供養」です。 今回で32回目を迎えた「茶筅供養」ですが、今年は天候に恵まれて参道の茶筅塚の前で供養することができました。 毎年この「茶筅供養」の時は、八重桜が満開になり、参加者を暖かく見守ってくれます。 日々大切にお使いになった茶筅は、しっかりとご供養をしてお焚きあげいたしました。

 さて、話は変わりますが桜といえば面白い話がありますので紹介したいと思います。 これは『宇治拾遺物語』の巻第一の十三の「田舎の児桜散るを見て泣く事」というお話です。 ひょっとしたら古文の学習などでご存じの方もいらっしゃると思います。
<原文>
 これも今は昔、田舎の児、比叡の山へ登りたりけるが、桜のめでたく咲きたりけるに、風のはげしく吹きけるを見て、この児さめざめと泣きけるを見て、僧のやはら寄りて、「などかうは泣かせ給ふぞ。この花の散るを惜しう覚えさせ給ふか。桜ははかなきものにて、かく程なくうつろひ候ふなり。されどもさのみぞ候ふ」と慰めければ、「桜の散らんはあながちにいかがせん、苦しからず。我が父の作りたる麦の花散りて実の入らざらん思ふがわびしき」といひて、さくりあげて、よよと泣きければ、うたてしやな。

<現代語訳>
 昔の話、比叡山に入った田舎の子どもが見事に咲いている桜に風が激しく吹くのを見てさめざめと泣きだした。 それを見た僧侶がそっと近づいて「なぜそのように泣くのですか?この花が散るのを惜しく思われるのですか? 桜とははかないものでこうして散ってしまうのです。 そういうものなのです」と慰めると「桜が散るのはどうしようもないことだから仕方ない。私の父の作った麦の花が散って、実が付かないのではないかと思うとひどく悲しいのです」としゃくりあげて泣くので僧侶はがっかりした。

 面白いお話です。 子どもの正直な思いに驚かされるお話でもあります。 でも、気持ちはよくわかります。 私も食欲が全く少欲になりません。 しかし、これではいけません。 4月になり新しい生活となった方も多くいらっしゃると思います。 すると、どうしても今までと違う生活に欲張ってしまうこともあるかもしれません。 でも、ここは1つ私と共に「少欲知足」を目指しましょう。

合掌

(2014.04)
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人間×欲望=仏?

 3月も終わりに近づくにつれて、少しずつ暖かい日が多くなってきました。 錫杖寺の枝垂桜は、昨年よりは遅咲きなものの、暖かさに背中を押されるように、順々に花を咲かせてきました。 もう間もなく満開となりそうです。 山門の隣にある木蓮は白い花がきれいに咲いています。 いよいよ春ですね。
 今月であの震災から早くも3年が経ちました。 11日の午後2時46分には「希望の鐘」を、心を込めて3回撞きました。 隣の小学校では、校庭で体育の授業をしていた子どもたちも姿勢を正し、黙祷をささげていました。 鐘の音と共に子どもたちの祈りが、すべての人に届いてほしいと思った瞬間でした。 この日のこの時間は、日本全国で、多くの人が平和のための祈りをささげたことでしょう。 この先、どれほど多くの月日が流れても、平和を祈る気持ちを大切にしたいと思います。
 今月は、錫杖寺の年中行事である「春彼岸会法要」を行いましたので紹介したいと思います。 前日の雨の影響もあり、当日の天候が心配でしたが、例年通りの暖かさになってくれました。 11時からの法要も多くの方にご出席をいただきました。 共にお唱えをする『般若心経』は、いつもお参りにいらしていただいている方には、なじみのあるお経ですので、それほど難しくなかったと思います。 しかし、錫杖寺のご詠歌講と共にお唱えをする『彼岸会和讃』は、なかなか難しかったと思います。 それでも、熱心にお唱えをいただきました。 この功徳は、ありがたい供養となり、仏さまのもとへ届くに違いありません。

 話は変わりますが、この4月から長い間5%だった消費税が増税され8%となります。 新年のごあいさつで少しだけ触れましたが、いよいよ増税が現実となりました。 3%といえども、よく考えてみると大きな負担となるのは間違いありません。 すると人間は不思議なもので、大きな欲望をだし、少しでも自分に有利に物事が進むように考えます。 現に私もその一人で、いつガソリンを給油しようか考えている最中です。 例えそれが小さな利益にしかならないと分かっていても、なぜか欲望に負けてしまうことがあります。 欲望が大きな力を生むということを、身を以て実感しています。
 では、僧侶である私が、欲望を肯定しているように上記で示したので、実際に仏教が欲望をどうとらえているか疑問を持たれる方もいらっしゃると思います。 なぜならば、仏教では、欲望を一般的には肯定していないイメージがあるからです。
 釈尊は「苦」が生じるのは「欲」があるからと考え、この「欲」をなくすために苦行を行い、瞑想を行いました。 また、お大師さま(=弘法大師)も『秘蔵宝鑰』(ひぞうほうやく)の中で「頭を剃って欲を剃らず衣を染めて心を染めず」と欲望に対して否定的と考えられる言葉を残しています。
 しかし、「仏さまになりたい」・「困っている人を助けたい」・「もっと勉強がしたい」・「試合で勝ちたい」などという気持ちはどうでしょう。 日本語から考えると「〜したい」という気持ちは、願望や欲望に等しいと思います。
 これは、釈尊やお大師さまも承知していました。 つまり、仏教は欲望を完全に否定している訳ではないのです。 大切なのは、欲望という言葉とその使い方をしっかりと理解することなのです。 欲望は大きな力を生み、生きるための力にもなります。 生きる上で、必要不可欠なものでしょう。 ただ、この「欲望」というものに対しては、以前にもお話したことがありますが「八正道」の1つ「正見」をもって、しっかりと向き合ってみる必要があります。
 でも、まずは「少欲知足」です。 欲望を完全に否定するのではなく、少しの欲で現状を満足し、欲張らないことが大切です。昔あった戦争や震災のことを思えば、今こうして毎日の生活を送れるほど幸せなことはないはずです。
 そういえば、この3月で、私が錫杖寺でお世話になりはじめてから、ちょうど6年が過ぎました。 ここに来た当初、隣の小学校へ入学したばかりの男の子が、気が付けば4月から中学生になります。 まだ、背が小さくて抱っこができた子どもが、いつの間にか声変わりも始まり、少しずつ大人へと変わっていく様子に、驚くと共に温かい気持ちを覚えました。 仲が良い分余計かもしれません。 しかし、中学生といってもまだ子どもです。 この子が大人になるために、私の「正見」をもって欲望の使い方を誤らないように、もう少し見守っていきたいと思います。

合掌

(2014.03)
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弱そうで弱くない!?

 まず始めに、今月は前代未聞の大雪も経験しました。 予想を大幅に上回る降雪により、多くの甚大な被害がでました。 この雪の影響は大きく、日陰では未だに雪が解けずに残っているところもあります。 この災害に合われた方に衷心よりお見舞い申し上げます。
 2月も終わりに近づき、3月に向かうにつれて少しずつ暖かい日が多くなりました。 桜の開花予想など、春の訪れを少しずつ感じる話を聞く機会が多くなりました。 寒い日が続いていた分、春の訪れが例年より楽しみです。 錫杖寺の木々も少しずつ新芽が出始めました。 そろそろ暖かくなる前に、蓮鉢の植えかえもしなければなりません。 苦労は多いですが、その分春や夏を迎え、無事に花が咲いてくれた時の感動はひとしおです。
 今月は冬季オリンピックが開催されました。 時差がある国での開催だったため、生放送を楽しみにしていた方は、生活リズムの調整が難しかったのではないかと思います。 このオリンピックで日本代表として素晴らしい活躍をしてくれた選手に心より拍手を送りたいと思います。 また、これから開催されるパラリンピックの選手の活躍も楽しみです。
 錫杖寺では、年間行事の1つ「節分会大護摩供修行」が行われましたので紹介したいと思います。 今年は、非常に天候に恵まれ、2月上旬では大変暖かい日となりました。 あいにく昨年のように休日ではなかったので、昨年ほど多くの方にご参拝はいただけませんでしたが、それでも地蔵堂に入りきれないくらい多くの方のご参拝をいただきました。 例年通り2台の太鼓による祈願は大迫力で、どれだけ読経の声を張り上げても負けてしまいます。

 恒例となった豆まきも行いました。 昨年もご紹介しましたが、錫杖寺では「福は内・福は内・鬼は外」と言って豆をまきます。 ご参拝いただいた方が無事に福徳を授かり、よい1年になりますことを祈っています。
 また、戸口には鰯柊(イワシの頭を柊の枝に飾ったもの)を飾りました。 現在、このような風習は昔より薄れてきてしまっているかもしれませんが、錫杖寺には柊の木を育てているため、節分の伝統として現在も続けています。
 では、なぜ節分に鰯柊を飾るのでしょうか? これは、豆まきと同様に鬼を退けるためのものの1つです。 鰯の頭を焼いて飾るのは、その匂いで鬼を寄せ付けないようにするためです。 柊の枝を飾るのは、トゲトゲしている枝の葉が、鬼の目を刺すと言われているからです。
 ちなみに「鰯の頭も信心から」ということわざがあります。 これは「鰯のあたまのようなつまらないものでも、信仰すると、ひどくありがたく思える」(広辞苑)という意味です。 このことわざは節分の鰯柊が由来となっていますが、この鰯柊を全く知らない人からすれば、たしかに意味のないものに見えるかもしれません。
 ちなみに「鰯」という漢字は「魚」+「弱」で構成されています。 陸にあがるとすぐに弱ってしまうことからこの漢字が当てられたようですが、一見すると「弱い魚」と感じてしまいます。 しかし、その弱い魚が鬼のような強いものを退けることができることを思うと、不思議な感じがします。
 でも、不思議だけで言ったら、仏さまの見えない力にかなうものはありませんが・・・。 これは、私以外にも多くの方が感じていると思います。

合掌

(2014.02)
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馬に負けない1年を!

 寒い日が続いていましたが、月末になり少しずつ暖かい日が続くようになりました。 気が付けば少しずつですが、山内の梅が咲き始め、春の訪れを待っているようです。 関東では、昨年のように大雪に見舞われることはありませんでしたが、全国に目を向けてみますと、大寒波が襲い、ご苦労をされている地方も多いようです。
 昨年中も「康秀街道」をご覧くださいましてありがとうございました。 昨年は難しい話も時々してしまいましたので、今年はしっかりと勉強をして、内容が濃くても分かりやすいお話などを紹介できるように精進していきたいと思います。 どうか応援よろしくお願いします。
 毎年恒例となりました、副住職の 「一字書」の揮毫 も楽しみにお参りにきてくださる方もいるようで、大変ありがたいことです。 なお、今年の文字は 「勢」 という字です。 草書体なので、少し難しいかもしれませんが、なんとなく読めた方も多くいらっしゃると思います。 今年が午年ということもあり、勢いのある1年になるように心を込めて揮毫したとのことです。
 今年も錫杖寺では、無事に「錫杖寺万灯会」を行うことができました。 寒い年末でしたが、関係各位のお力添えをいただきまして事故なく行うことができました。 ご多忙のところ大変ありがたい気持ちでいっぱいです。
 元朝護摩修行や新春特別護摩修行では、僧侶と山伏が一丸となり、ご参拝いただいた方々のお願い事が叶いますようにご祈願をいたしました。 お参りをいただいた方にとってよい1年になることをお祈りしています。

 さて、今年は午年ということで、せっかくなので今月は馬にちなんだお話をしたいと思います。
 錫杖寺でもよく見かける光景となりましたが、この季節は多くの受験生がお参りに来ます。 合格祈願のお守りをお求めになる受験生もいれば、絵馬にお願い事を書き、奉納される受験生もいます。 ところで、なぜ、馬の絵の描いた板を奉納するのでしょうか?
 これは、私の聞いている話では、伊勢神宮への馬の奉納が起源と聞いています。 伊勢神宮が日本の寺社の中でも特別なのは、ご存じの方も多くいらっしゃると思います。 特に、昨年は遷宮の年だったので、メディアでも大きく取り上げられていました。 この伊勢神宮には、昔から例祭などの折りには、天皇が馬(=白馬)を奉納していました。 この馬は、神馬(じんめ)と呼ばれ、神さまが乗る馬とされ、特別な馬とされました。 しかしながら、現代でも貴重な馬を寺社に奉納できるだけの人がどれほどいたでしょう。 多くの人々にとって馬は特別な存在で、奉納できる力を持っていた人はいなかったに等しいのです。 そこで、人々は馬(=白馬)の奉納はかなわなくても気持ちだけでもと思い、布施の心として、絵に描いた馬を代わりに奉納しました。 これが絵馬の奉納の始まりです。 つまり、絵馬を奉納するということは、大変貴重な馬を奉納するに同じことで、精一杯の布施行だったのです。
 錫杖寺の天満宮にも、受験合格にちなみ五角絵馬(=合格絵馬)が奉納されています。 私は、お願いごとを見ることなどはいたしませんので、書いてある内容は分かりませんが、きっと受験合格を祈願したものが多いのでしょう。 絵馬の奉納は精一杯の布施行です。 言い換えれば、精一杯のお参りをしたことになります。 しかしながら、努力なしに神仏にお参りしたところで、そのお願いは叶わないでしょう。 仏さまは見ています。 努力している受験生の力になれるように私たちもお祈りしています。
 私も受験生に負けないように、今年も精一杯精進していきたいと思います。 今年もよろしくお願いします。

合掌

(2014.01)
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新年のごあいさつ

 まず初めに、謹んで新しい年を迎えることができましたことを心よりお慶び申し上げます。
 今年も一年の無事を祈り、錫杖寺では僧侶が一丸となってご本尊延命地蔵菩薩さまにご祈願をしております。 身近なところでは、消費税などの値上げも実施され、今から不安を抱えている方も多くいらっしゃると思います。 また、各々多くの不安や悩みはあると思います。 当然ですが、私にもあります。
 このような時でも、新年を無事に迎えることができた喜びを大切にして、一年間過ごしていきたいと切に願います。 今年は午年です。 午は勢いのある動物ですので、今年は何事も勢いのある1年になり、万事成就すればよいと思います。
 さらに、午だけに「何事もうまくいく」との言葉も聞いたことがあります。 勢いを持ち常に前進できるような一年になりますようにご祈念申し上げまして、新年のごあいさつに変えさせていただきます。
 今年一年がみなさまにとりまして、よき年となりますよう、ご本尊さまと共に重ねてお祈り申し上げます。

合掌

(2014.元旦)
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