康秀街道〜こうしゅうかいどう〜  駒井僧侶による執筆です。月々移り行くお寺のお話をお楽しみ下さい。

「安心」をください・・・

 12月も終わりに近づきました。 長かったようで短かった1年が終わろうとしています。 今年は12月に入っても暖かい日が多く、暖冬と言われておりますが、それでも月末になるにつれ少しずつ寒さを感じるようになってきました。 大雪に悩むような冬に比べればよいかもしれませんが、暖かすぎる冬も考えものかもしれません。
 今年も法灯ちょうちんがきれいに取り付けられました。 今回より錫杖寺の石門より内の境内のみに配置替えをしましたが、多くの方のご奉仕をいただきまして無事に取り付けができました。 合わせて護摩を行う地蔵堂などの大掃除も行いまして、いよいよ新年を迎える準備ができました。

 12月になると、恒例となりましたが今年の世相を表す文字が発表されます。 今年は「安」という字になり話題にもなりました。 選ばれた要因は多々あるようですが、今回はお笑い芸人のとにかく明るい安村さんの「安心してくださいはいてますよ」の「安心」という言葉について考えてみたいと思います。
 この「安心」という言葉ですが、仏教では「あんしん」ではなくて「あんじん」という読み方をします。 では「安心」とはどのようなものになるのでしょうか?
 「安心」とは読んで字の如く「心が安らかな状態」のことを表します。 しかし、この「心が安らかな状態」とは人によってそれぞれ違うと思います。
 例えば、素晴らしい音楽を聴いてリラックスしているときが、心が安らかな状態と感じる人もいれば、友人たちと食事や会話をして楽しい時間を過ごしているときが、心が安らかな状態と感じる人もいると思います。仏教に置き換えれば、ひとり静かに座禅・写経・写仏などを行っているときが、心が安らか状態と感じる人もいれば、一心不乱に苦行などをして余計な考えを起こさないでいるときが、心が安らかな状態と感じる人もいるでしょう。
 ちなみに「安心」の対義語は「不安」です。 私たちは、どちらかと言えば日々の生活の中で「安心」よりも「不安」を感じることの方が多くあると思います。 それは、根本的な悩みである四苦(=生・老・病・死)や八苦(=愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦)より生じるものと考えることができます。
 私たちはこれらの悩みから逃げることはできません。 だからこそ不安を感じることがありますが、それは当たり前のことなのです。 ただ、少しでも「不安」を「安心」に変えることはできると思います。 それは、基本的なことですが、しっかりと手を合わせ、仏さまやご先祖様に感謝をすることだと思います。
 特に今年は戦後70年を迎え、戦争という行為や命の尊さについて改めて考えさせられる1年でした。 ただ、この70年という歳月はあまりに長く、私も含め今のほとんどの人たちは、戦争の悲惨さや残虐さを身近に感じることはありません。 しかし、毎日が戦いで常に「平和」を求めてきた先人たちは、今の私たち以上に「安心」を求めてきたのでしょう。 だからこそ、我々以上に普段の生活から「安心」を求めて手を合わせる姿を多く見ることがあります。
 ただ、普段の生活から「安心」を求める姿は、これから新年を迎えるお正月に世代に関係なく見ることができます。 錫杖寺では、新年を迎えるにあたり「元朝護摩修行」より「新春特別護摩修行」を行っていますが、毎年多くの方がお地蔵さまに手を合わせる姿を見ることができます。 お願いごとはお参りの人の数だけ様々だと思いますが、根本的な お願いは、無事に1年を過ごしたいという思いでしょう。 つまりお参りすることによって「安心」を得たいのです。
 2015年を振り返り、2016年が今年以上に「安心」を少しでも得られる1年となりますよう、ぜひ家族皆さまで錫杖寺までお参りください。
 錫杖寺では僧侶一同心を込めて「元朝護摩修行」より「新春特別護摩修行」に臨みたいと思います。
 今年も1年間「康秀街道」をお読みいただきありがとうございました。 まだまだ文章の至らない私ですが、来年も少しでも錫杖寺のことを始め、仏教というものに興味を持っていただけるように精進してまいりますので応援よろしくおい願いします。 それではよいお年をお迎えください。 ありがとうございました。

合掌

(2015.12)
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歴史はやはり重いものだ・・・

 11月も終わり、いよいよ年末が近づいてきました。 この11月はそれほど寒い日がなかったので、例年のように紅葉を楽しむことができなかったかもしれません。 しかし、季節はやはり正直でだんだんと朝晩が冷え込むようになってきました。 今年は暖冬のようですが、どのような冬になるのでしょうか?
 今月は、私は月の半分は京都の総本山智積院にいっておりました。 これは、今回の新しい真言宗智山派の管長になられました小峰一允大僧正の晋山を祈念して行われました「伝法大会」(でんぽうだいえ)に参加をしたためです。
 ちなみにこの「伝法大会」(でんぽうだいえ)とは、化主猊下のご晋山(代替わり)や特別な慶事を記念して行われます。 問答形式で真言宗の教義について、修行僧の理解度や解釈の度合いをはかるための法会です。 この法会では、上席の僧から経典の解釈についての問題が出され、答える僧を竪者(りっしゃ)、答えを評価する僧を精義者(せいぎしゃ)と呼ぶことから「竪義」(りゅうぎ)とも称されます。 (総本山智積院ホームページより抜粋)
 私は、答える側の僧侶である竪者(りっしゃ)として、今回無事に修めることができましたが、昔の先人たちに比べたら、その知識もはるかに劣っていると痛感してきました。
 今年の3月にも総本山にて行われました「伝法灌頂」(でんぽうかんじょう)にも出仕いたしましたが、この時と同様に非常に歴史の深さを感じました。 今回の「伝法大会」(でんぽうだいえ)で用いた仏教法具の中に「如意」(にょい)という仏具があるのですが、これは総本山に江戸期より伝わるもので大変貴重なものでした。 実際に、竪者(りっしゃ)がこれを用いるのですが、200年以上の年月と共に、どれだけの志を持った先人たちがこの「如意」を使い精進したかと考えると、何とも言えない気持ちになりました。 この「如意」に触れた先人たちの分もしっかりと精進したいと思います。

 話は変わりますが、今月をもちまして「関東八十八ヵ所霊場」が開創20周年を迎えることができました。 200年の「如意」の歴史や高野山の1200年という歴史から考えてしまえばまだ20年という歳月ですが、それでも多くの信徒の方々に支えられ現在まで法灯を残すことができたのは大変すばらしいことだと思います。
 先月もご詠歌の紹介をさせていただきましたが、今回も「八十八ヵ所」のお話を少しさせていただいたので、関係するご詠歌を紹介したいと思います。
 私たちがお遍路として「八十八ヵ所」をお参りするときは、必ず「同行二人」というおいづるを着てお遍路を行います。 これは、お大師さまと常に一緒に「八十八ヵ所」をお参りするというものです。 確かに、お大師さまがされたものと同じ修行をする訳ですから、気持ちもお大師さまと一緒でなければ意味がありません。
 ご詠歌に『同行二人詠歌』というご詠歌があります。
  あな嬉し 行くも帰るも止まるも 吾は大師と 二人連れなり 南無大師 南無大師遍照尊
 実際にお遍路をされたことがある方は分かるかもしれませんが、四国の人にとってお大師さまは特別な存在です。 そして「同行二人」としてお大師さまと共に修行をしているお遍路さん自身も、お大師さまと一緒な訳ですから特別な存在なのです。 私が聞いた話でも、お遍路さんを経験した方は、多くの人の優しさに触れ、小学生くらいの小さな子どもでもお遍路さんのことは大切にしてくれるそうです。
 しかしながら、私たちがお大師さまと「同行二人」でいることは、お遍路など特別な時だけではないと思います。 お大師さまはいつも身近にいて、個々の進むべき道を共に歩んでくれているのです。
 今年はお大師さまにとっても特別な年でした。 残りは1か月と少ないですが、ぜひお大師さまのことを想い無事に年が越せますように「南無大師遍照金剛」とお参りください。

合掌

(2015.11)
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阿字の子が阿字の古里立ち出でて・・・

 10月も終わろうとしています。 これから少しずつ寒くなっていくのでしょうが、まだ冬の気配はそれほど感じることがありません。 錫杖寺の木々の紅葉が始まるころには、すっかり秋も深く寒くなっているのか気になります。 今年の冬はそれほど寒くないような予報ですが、果たしてどうなることでしょう。
 今月は、恒例行事の錫杖寺の「写仏会」がありましたのでご紹介したいと思います。 例年「写仏会」は10月の最初の土曜日に行っていますので、衣替えをしてすぐになりますので、いつも法衣が暑く感じます。
 今回は「阿弥陀如来」をご参加いただいた方に写仏をしていただきました。 この「阿弥陀如来」ですが、非常に有名な仏さまということは、みなさまもご存じだと思います。 最近はあまり耳にすることはないかもしれませんが、昔の人はことあるごとに仏さまを拝むときは「なんまんだぶ」とお唱えしていました。 これは「阿弥陀如来」の「南無阿弥陀仏」の読み方が転じたもので内容は同じです。
 つまり、常日頃から「阿弥陀如来」は我々の生活の身近なところにいる仏さまなのです。 もちろん、地蔵菩薩や観音菩薩も身近な仏さまですが、数ある如来号を持っている仏さまの中では最も身近に感じられる仏さまといえるでしょう。
 この「阿弥陀如来」を信じれば、必ず浄土の世界へ行くことができます。 今回の「写仏会」にて写仏をしていただいた方には、その功徳が授かることでしょう。

 話は変わりますが、今年は終戦より70年を迎えた年でした。 お盆の頃までは、しきりにメディアでも取り上げられていましたが、8月15日を過ぎると、瞬く間にこの話を聞くことはなくなりました。
 終戦の日を中心として、日本各地の多くの寺社仏閣にて終戦70年という節目を迎え、大々的に法要が行われましたが、10月12日に錫杖寺でも「慰霊法要」が行われました。
 川口を中心とする地域の真言宗智山派の僧侶で結成される「青年会」という組織があります。 現在は、錫杖寺の副住職がその会長を務めていますので、今回は中心となってこの法要を行いました。
 若手の僧侶が錫杖寺に集まり、ご本尊延命地蔵菩薩にご供養をした後、今回特別に設置した慰霊碑に対しても続いてご供養をいたしました。 内容は、僧侶の供養だけでなく、寺庭婦人による献灯・献花や錫杖寺ご詠歌講にも参加をいただいて、全員でのご詠歌のお唱えなども含め、約2時間の大法要となりました。
 この「慰霊法要」の最後の締めくくりとして、全員で童謡の「故郷」歌いました。 なぜ、この「故郷」を歌ったかといえば、戦地に赴いた兵隊さんは、きっと口には出さずとも、故郷に帰りたいという思いがあったに違いないと感じたからだそうです。
 大変残念ながら、故郷に帰ることを果たせず英霊となった人は大変多かったことでしょう。 私は戦争を知らない時代に生まれ、不自由のない時代に生まれ生きています。決して忘れてはならないこととして、この平和な時代の礎には多くの人の犠牲があったということです。 その英霊に感謝し僧侶としてではなく人として感謝し、ご供養をするというのは当然のことでしょう。 戦争のない平和な時代がずっと続いてほしいものです。

 さて、故郷という言葉を先に述べましたが、この故郷と戦争に関するご詠歌が密厳流遍照講にはありますので、少し考えてみたいと思います。 『阿字和讃』(あじわさん) というご詠歌なのですが、次のような歌詞になっています。
  阿字の子が 阿字の古里立ち出でて
  七つの海や六つの陸 世界を挙げて戦いし 世紀の戦治まりて 平和は永久に返りきぬ
  いま殉国のいけにえに 感謝のいのり捧げつつ 民主の国をうちたてて 供養の塔をきずかなん
  洋の東西ことなれど 仏の慈悲はかわらねば 怨親一如ねんじつつ いざとむらわん諸共に
  また立ち帰る 阿字の古里

 難しい言葉もありますが、内容はお分かりいただけると思います。 ちなみに、この中の「阿字の子が阿字の古里立ち出でてまた立ち帰る阿字の古里」という言葉は、6月の原稿にも出てきましたがお大師さま(=弘法大師空海)が弟子の智泉が入滅した時に詠んだ句なのです。
 阿字というのは、大日如来のことを指しますので、この『阿字和讃』は、私たちは仏の子として現世に生まれ、そしていつかはまた仏さまのもとへ帰る。 こう考えることができます。
 この法要を通して、多くの新しいことを学ぶことができました。 やはり、頭の中では理解できていても、実際に経験すると違うことは多くあります。 仏さまを感じる心を養うためにも、私も修行僧の時のように、頭でっかちにならないように精進していきたいと思います。

合掌

(2015.10)
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三日月より満月のすすめ

 初めに、台風18号の影響による記録的な大雨によって被災された方々へお見舞いを申し上げます。 この災害がすぐ隣の茨城県にて発生したことは埼玉県にとっても決して対岸の火事ではありません。 私自身もこの日は車を運転するのに大変な神経を使い、走っている車は常にタイヤハウスに抵抗を感じながら走っている状態でした。 何事もなく過ごせたことにただ感謝するしかありません。
 さて9月も終わりに近づきました。 お彼岸も過ぎて、段々と秋に向かって朝晩が涼しくなってきました。 これからは、秋の味覚も楽しみな季節になってきます。 昔の言葉に「天高く馬肥ゆる秋」とありますが、これからしばらくはあの夏の暑さも忘れ、過ごしやすい日が続くとありがたいです。
 この原稿で「康秀街道」も7年目となります。 読みづらい内容や分かりづらい言葉などもあり、ご不便もおかけするかもしれませんが、少しでも錫杖寺のHPに足を運んでいただいた方に興味を持ってもらえるように精進してまいりますので、引き続き応援よろしくお願いします。
 今月は、秋のお彼岸の年中行事「秋彼岸法要」がありましたので紹介したいと思います。 今年は、秋の彼岸は連休となり、例年より多くの方がお彼岸中はお墓まいりにいらしていました。 今回は祝日ということもあり、家族そろってお参りにきている方が多かったように思います。
 連休の最終日ということで、お彼岸法要の日はなかなか外に出るのは気が重たかったかもしれませんが、それでも本堂には多くの方にお上がりをいただき、共に『般若心経』や『彼岸会和讃』などをお唱えいただきました。

 今月の末には「中秋の名月」・「スーパームーン」など、ずいぶんと月に関する話を聞きました。 今回は、この月について考えてみたいと思います。
 天気が心配されましたが、明るく輝く月を見ることができました。 確かに闇夜を照らす月の光は、今も昔もなんだか安心させてくれるような感じがします。 ちなみに「スーパームーン」が見られた日は十五夜(じゅうごや)の1日後になりますので十六夜(いざよい)となりますが、非常によく見ることができました。 この十六夜(いざよい)とは、「いざよう」(=ためらう)という意味で、月が1日前の十五夜(じゅうごや)より少し出てくるのをためらっている様子から、名づけられたとのことです。
  反対に、なかなか月が沈まない様子を芥川龍之介は『羅生門』の中で「羅生門の夜は、まだ明けない。 下から見ると、つめたく露を置いた甍や、丹塗りのはげた欄干に傾きかかった月の光がいざよいながら残っている」と書いています。 明るい月の光ですが、太陽と比べると弱々しいイメージを持たれる方も多いと思います。 確かに日中の太陽の強い光に比べたら、間接的な光なのでそう思うかもしれません。
  そして、仏教と月というキーワードを結びつけると「月光菩薩」(がっこうぼさつ)を外すことはできません。 「月光菩薩」は「日光菩薩」(にっこうぼさつ)と共に「薬師如来」の脇侍として「薬師如来」をお守りしている仏さまです。 奈良の薬師寺の僧侶の方がご説法で「日光菩薩は日勤で、月光菩薩は夜勤で昼夜を通してお薬師さまを守っています」とお話されていましたが、それを思い出しました。
 この「月光菩薩」は、真言宗の曼荼羅(まんだら)では「清涼金剛」(せいりょうこんごう)として説かれています。 これは月の光が熱を帯びず、煩悩のない清らかな状態を表したもので、例えるなら、月の光を具現化したものと考えてよいでしょう。 ちなみに、曼荼羅(まんだら)のなかでは「三日月」として描かれることもあります。
 月は満ち欠けをします。 しかし、それは実際に形を変えているだけではなく、地球の陰に隠れたり、雲の陰に隠れたりして見えないだけなのです。 これは、仏心も同じものです。 仏さまは常に我々に正しい教えを示しています。 ただ、その正しい教えを求めようとする我々の心に煩悩が入り込むことにより、月が見えなくなるように、仏さまの正しい教えも見えなくなってしまうのです。
 心の中が煩悩で見えなくなってしまう前に、しっかりと仏さまと向き合い、自分の心を三日月から満月にできるように、共に精進していきましょう。

合掌

(2015.09)
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お化けが追いかけてきた!?

 この8月は猛暑で暑い日が続きました。 私が小学生や中学生の頃では考えられない暑さとなり、毎日部活動のためか学校に向かう中学生を見ると少し心配になります。 それでも暑さに慣れてしまったためか、お盆を過ぎたあたりから涼しく感じる日もありましたが、月末の台風のことを考えると安心もしていられません。 この秋はどうなることか今から心配になります。
 今月は、夏の恒例となった錫杖寺寺子屋「錫門キッズ」が開催されましたので紹介したいと思います。

 錫杖寺の寺子屋は、今回で5回目を迎えることができました。 これも偏にご参加いただける子どもたちはもちろんですが、関係各位のお力添えあってのものです。 あまり意識はしていませんでしたが、5回目ということは、初めて3年生で参加をしてくれた子どもたちはすでに中学生になってしまいました。 時の流れの早さに驚くばかりです。
 今回も設備などの関係上50人の募集とさせていただきました。 大変ありがたいことに、今回も多くのお申込をいただきましたが申し訳ないことに10人以上の子どもたちをお断りすることになってしまいました。
 毎回気を付けていることですが、あくまで「寺子屋」というのは「修行」であり、我々が行っている修行の一部を体験してもらうものです。 その為、楽しみは必要ですが、もちろん厳しく接することもありました。 普段の生活の中では得られないものを少しでも体得してもらおうと今回も試行錯誤を重ねました。 基本的に行う内容に関して、毎回大きな変化はありません。 しかし、毎年参加をしてくれる子どもたちが楽しめるように、少しずつ内容は変えています。
 大きく変えた内容は、昨年は蓮灯籠(はすとうろう)を作りましたが、今年は腕輪念珠を作りました。 腕輪念珠の作製に関しては、実は第1回の寺子屋でも行っているのですが、紐通しも含めてかなり難しい内容になります。 今回は前回の反省を活かし、紐通しも含めて改良されたものを用いることにしました。 親玉と呼ばれる大きな玉にはお大師さま(=弘法大師)が描かれていて、光に当てるようにしてレンズを覗くとそのお姿を見ることができます。 大人でも難しい数珠つくりですが、6年生くらいになるとひとりで完成させることができる子もいて驚きました。 子どもたちが大切そうに腕につけていると、見ている我々も嬉しい気持ちになりました。
 この「寺子屋」は錫杖寺の近くの学校の子どもたちがほとんどですが、初めて会う子も多く、学年も違います。 今回この「寺子屋」で出会わなければ、我々も含めこの先も出会わない可能性のあった子もいるかもしれません。 しかし、ご縁をいただいて仲良くなった子どもたちも多いようです。 よく「運命の赤い糸」と言いますが、糸によって結ばれるものはご縁に代表されるように大切なもという意味が込められていると思います。 紐という字も「糸」+「丑」(=牛)で成り立っていますが、よく考えればこの漢字からも読み取ることができます。  まだ、今のように便利な道具がなかった時代は、牛耕といって牛を使って田畑を耕すことで大変多くの労力を得ていました。 牛が農作業と深い関わりがあり、とても大切なものでした。 大切なものだからこそ、繋ぎとめておく必要があったので糸を使いました。 このことから「紐」という漢字ができたのです。
 今回子どもたちが大切に作ってくれた腕輪念珠にも見てないところに紐が使われています。 大切な珠と珠をつなぐ紐です。 この紐は、お大師さまの親玉から入り、またお大師さまの親玉へと戻ってひとつの輪ができます。 つまり、お大師さまといつもつながることができる腕輪念珠なのです。 言い換えれば、この腕輪念珠をしているときは、お大師さまとつながっているのです。
 この「寺子屋」の開催にあたり最初に『誓いの言葉』をご本尊さまに申し上げます。
  私たちは、本日錫杖寺道場において、有難いご縁に導かれて、仏さまにめぐりあいました。
  これからは、尊いいのちを生かし、迷わず、恐れず、力をつくして励むことを、仏さまに誓います。
                                        錫杖寺寺子屋錫門キッズ参加者一同

 この『誓いの言葉』にもありますが、この「寺子屋」を通して結ばれた仏さま・お大師さま・お友達とのご縁を大切にして、この「寺子屋」で学んだことをこれからの生活に活かしてほしいと思います。

合掌

(2015.08)
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目を凝らせばそこに・・・

 7月初旬は雨が多くて困るほどでした。 川口駅近くの商店街では、恒例の七夕まつりがありましたが、降り続いた雨で人出が少なかったように思います。 しかし、お盆が明けるころには雨もなくなり、例年の暑さとなりました。 一気に夏が訪れたようです。 お盆を境に突然暑くなるのは不思議なもので、お参りに行きました先々で同じような会話となりました。
 今月は、夏の大切な行事の1つである「大施餓鬼法要」が行われましたので、紹介したいと思います。
 毎年のことですが、とにかくこの時期は暑く、お参りのためにお寺まで来るのも大変な日でした。 東京では天気が一時崩れたようですが、川口は、今年は夕立にあうこともなく、無事に納めることができました。  3時間を超える法要ですので、全てにご参加いただくのも大変だと思いますが、それでも最初からご参加いただいた方が多くいらっしゃいました。
 13時にご詠歌から始まりましたが、今年は例年より多くの方がご詠歌の時間からいらしていました。 普段ですと、なかなかご詠歌をゆっくりと聴く機会はないと思います。 錫杖寺では、通夜・葬儀・法事とお唱えはいたしますが、決まった曲ですので、このように多くのご詠歌を聴くことができるのは、特別な経験かもしれません。
 続いて14時からはご法話です。 今年も片野真省先生よりお話をしていただきました。 先生のお話ですと、もう10年以上錫杖寺の「大施餓鬼法要」でお話をしているそうです。 今年のご法話は「今いのち、あるはありがたし-いのちは生かされていますか?」という内容でした。
 15時からは「大施餓鬼法要」となりますが、この時間になると本堂は座りきれないくらいお参りの方でいっぱいになります。 その人数ですから、全員でお唱えをする『般若心経』は壮大なものになります。 また、全員にお焼香をしていただきますので、本堂の中はお焼香の香りで包まれて、不思議な空間になります。

 もし、仏さまの世界を表すならば、この「大施餓鬼法要」のような感じかもしれません。どこからでも声明(音階のついたお経)が聞こえ、その空間はよい香りで満たされている。 つまり、このような法要に参加いただくことで、仏さまを身近に感じていただくこともできるのです。
  仏さまを身近に感じていただくといえば、お盆もそのひとつではないかと思います。 恒例行事のようにお参りをされている方も多いかもしれませんが、お盆のお参りには意味もあります。
 例えば「住めば都」という言葉がありますが、それでもやはり実家はよいものです。 お盆中によく帰省ラッシュのニュースが取り上げられますが、無理をしてでも田舎に帰りたいという気持ちは仏さまも一緒だと思います。 その為、私たちはこのお盆の期間にはお墓まいりを行い、ご先祖さまを自宅の仏壇に連れて帰ります。
 その間、仏さまはお寺からご自宅へ帰っていますので、ご法事などとは逆に、私たち僧侶が各ご家庭のお仏壇の前でご供養いたします。 中には親子3世代で共にお手合わせをしてくれるご家庭もあります。 仏さまにとってみればこれほどありがたいご供養はないでしょう。
 仏さまを感じることは難しいかもしれません。 例えば、夜ろうそくが燃えていたら簡単に気が付くことができます。 これは、周りが暗いからよく見えるためです。 しかし、日中ではなかなか気が付くことができません。 これは、周りが明るいのでよく注意して見なければわからないからです。
 同じように、私たちが注意していれば、いつでも仏さまを感じることはできると思います。 その為には、まずは日々のお手合わせが肝心です。 どうかお盆やこのような行事だけでなく、1日1回は仏さまを感じることができるように共に精進していきましょう。

合掌

(2015.07)
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お大師さまの気持ち・・・

 6月になり雨の日も多くなってきました。 梅雨入りは平年通りのようでしたが、梅雨明けまで雨の日が多く続きそうです。 5月に比べて日照時間が少ないためか、それほど暑苦しさを感じることはありませんでしたが、湿気が多く違った意味で暑さを感じることも多くありました。 例年7月もお盆の頃になると暑い日が多くなりますが、今年はどうなることでしょう?
 先月、錫杖寺団参として「"高野山"の旅」を行いました。 残念ながら私は「武州川口七福神30周年記念法要」の準備などもあり参加できませんでしたが、詳しい内容は 「錫杖寺手記」 をご覧いただきたいと思います。
 高野山は、今年が開創1200年の年にあたるということもあり、お大師さまへの報恩謝徳のため、50日間続けて大法要が行われました。 毎日これだけの大法要が行われるのはとても大変なことです。
 今回は、この「高野山」について考えてみたいと思います。
 まず、高野山は真言宗の根本となる場所です。 最初から現在のように多くの堂宇が建立されていた場所ではありませんでした。 なぜ、お大師さまはこの地を選んだかというと、有名な「三鈷の松」(さんこのまつ)の話が関係してきます。
 入唐をしたお大師さまは、すべての密教の法を賜り、日本に帰国する前に密教の法具のひとつである「三鈷杵」を空に向けて投げました。 すると、導かれるように東の空遠くへ飛んでいきました。 お大師さまはこの「三鈷杵」に密教を広めるための根本道場としてふさわしい場所へ導いてくれるようにお願いをしていました。
 日本に戻ったお大師さまは、修行道場を求め歩いていると犬を2匹つれた狩人と会ったそうです。 狩人は犬を使いお大師さまをある場所まで導いていきました。 案内されたその場所が「三鈷杵」がかかっていた場所なのです。
 ちなみに、この狩人は「狩場明神」(=高野明神)とされ、高野山の地主神と言われています。 また、目的地へ向かう途中で、お大師さまはひとりの女性に会いました。 この女性は「丹生明神」と称し、お大師さまへ高野山を譲ったとされています。 この「丹生明神」も高野山の地主神とされています。 これは『金剛峯寺建立修行縁起』に記されています。 また『今昔物語集』にも同じような話が収められています。
 地主神さまのお許しを得たお大師さまは、この地を密教の根本道場とするために弘仁7年(810年)に、時の天皇である嵯峨天皇にお願いをしてこの場所を譲り受けたのです。 しかし、お大師さまは当時大変忙しく、高野山の中の堂宇の建設は、弟子たちが中心となって行われました。 その中でも特に活躍した弟子のひとりに智泉がいます。 高野山の建設にあたり、この智泉の話は欠かすことができません。 この智泉はお大師さまの十大弟子のひとりで早くから弟子になり、お大師さまの甥となる人物です。 高野山建設を任された智泉は心血を注ぎました。 しかしながら、智泉は37歳という若さで入滅してしまいます。
 弟子の入滅を哀しみ、お大師さまは有名な言葉を残します。 それは「亡弟子智泉達しん(しん=くちへんに親)」として『性霊集』の中に収められています。

  哀しい哉(かな) 哀しい哉(かな)
  哀れがの中の哀れなり
  悲しい哉 悲しい哉
  悲しみの中の悲しみなり
  哀しい哉 哀しい哉 復(また)哀しい哉
  悲しい哉 悲しい哉 重ねて悲しい哉


 どれほど弟子の入滅が悲しく辛いものであったかよく伝わってきます。
 高野山は、開創から1200年の間にも時代と共に多くの受難があったと思います。 しかし、どのような受難にも負けず、現在は世界遺産となり、多くの信仰を集める真言宗の根本道場となっています。 私も真言宗の僧侶のひとりとして、この歴史を守る意義をしっかりと考えなければいけません。
 間もなくお盆を迎えます。 お盆は亡き人を自宅に迎えご供養をする大切な時期です。 時間の経過とともに、我々の記憶は新しく都合のよいものに作り替えられていきます。 最も悲しいのは「人」という存在そのものが忘れ去られてしまうことだと思います。
 もしこのお大師さまの言葉を見て、大切な人との悲しいお別れを思い出したなら、ぜひこのお盆は今まで以上のご供養をしてください。

合掌

(2015.06)
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10年に1度の晴れの日は・・・

 今月は、大変暑い月でした。 ここ川口でも最高気温が30℃近い日やそれを超えたと思われる日がありました。 新緑の季節になると「目には青葉山ほととぎす初鰹」という江戸時代の俳人山口素堂の有名な句を思い浮かべる方もいらっしゃると思いますが、まさに鰹の美味しい季節です。 ただ、5月からこれだけ暑い日が続くと、今年の夏が心配です。
 今月は年中行事の1つ「写経会」がありましたので紹介したいと思います。 錫杖寺の「写経会」は年1回ですが、毎回多くの方にご参加をいただいています。
 毎回『般若心経』ですので、ご自宅などで写経を行い手慣れている方もいらっしゃると思います。 しかし、お寺で参加者が一堂に会し、厳粛な雰囲気で写経を行うと、何とも言えない感覚になるそうです。
 私たちが仏さまに出会う、触れるというのはなかなか普段ないものであり、言葉では非常に表現し難いものです。 しかし、この「写経会」のような機会に、言葉では表せない何とも言えない感覚になるというのが大切なのだと思います。
 この「写経会」を通して『般若心経』の意味そのものを理解するのではなく、何か言葉に表せないものを感じていただくことこそが「写経会」の1つの意義なのだと思います。

 また、今月は「武州川口七福神30周年記念法要」を錫杖寺で行いました。 この法要は川口七福神開創30周年を記念して行ったもので、前回は今から10年前に開創20周年記念として行っています。
 ここ川口は、江戸時代は天領として栄えた幕府の要所で、当時は坂東観音巡礼の鈴音が野辺に聞かれたといわれています。 この地に現世利益をあらわす新たな振興として、その功徳が語りつがれているのがこの武州川口七福神なのです。
 現世利益というと、錫杖寺のご本尊さまである地蔵菩薩の功徳と同じです。 復習になりますが、現世利益とは字の通り「現世において利益を得る」ということです。 地蔵菩薩が信仰されるのは、この現世利益にようところが最も影響されると思いますが、この七福神も現世利益を与えてくれます。 なお、七福神のご功徳は、商売繁盛・延寿吉祥・無病息災・吉慶招福・利益増長・学芸成就・寛容忍仁と多岐にわたり、功徳は計り知れないものあります。
 当日には大変天候に恵まれ、本堂に入りきれないくらいのご参拝をいただきました。 今回の法要には、各七福神霊場の住職が一丸となり、ご参加された方々の現世利益を願い各ご尊天にお参りをいたしました。
 七福神のお参りというと、どうしてもその現世利益というイメージが強いためか、現在を豊かに過ごしたいという思い、新年のはじめにお参りされる方が多いと思われます。 しかし、お参りというのは、新年だけではありません。 私たちが日々の生活を過ごしていく中で、多くの悩みや苦しみは生じて、心を苦しめます。 そのような時は、七福神の功徳が間違いなく助けとなるでしょう。
 この武州川口七福神霊場は、通常は全行程20kmを超えるもので、お参りするには大変な労力を要します。 しかし、今回は30周年の特別法要ということで、そのご尊体が錫杖寺に集まり、供養することができました。
 さらに当日は、七福神の格好をしたお稚児さんにもご参加をいただきました。 また、子どもたちに法要の始まる前は、献灯・献華・献香・献菓をいただきまして、大変豪華な法要となりました。 慣れないことなので、子どもたちは大変緊張したと思いますが、それぞれ一生懸命参加してくれました。

 錫杖寺の「福禄寿尊」は、読んで字の如く「福」=「福徳・幸福」・「禄」=「財産」・「寿」=「延命長寿」を名前の由来とする神さまです。 ちなみに、自分の私利私欲には財産をつぎ込んでも、他人には全く奉仕をしない人のことをこの「福禄寿尊」の名前から一部とって揶揄した言葉がありますがご存じでしょうか?
 答えは「ろくでなし」です。 理由は「ろくでなし」=「禄(=財産)ださない」からだそうです。

合掌

(2015.05)
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明日ありと思う心のあだ桜・・・

 4月も終わりに近づくにつれてだんだんと天気が安定するようになってきました。 しかし、この4月は不思議な天気が多く体調を崩された方も少なくなかったと思います。 玄関横の蓮鉢からも小さな葉が出始めました。 少しずつ虫の数も増えてきました。 今年はどのような夏になるのでしょうか?
 今月は、年中行事が2つありましたのでまずご紹介したいと思います。

 1つ目は「花まつり」です。 昨年は「川口仏教会」が主催となり行いましたが、今年はご詠歌講のご協力をいただきまして錫杖寺だけで行いました。 ただ、驚いたことに当日は雪が降るような一日で、猛烈な寒さの中地蔵堂にて行いました。

 大変ありがたいことに、当日はかなりの悪天候にも関わらず、多くの方がお参りにきてくれました。中には子どものお参りもあり、外の寒い雰囲気が一転して、お堂の中は釈尊を囲み暖かい雰囲気となりました。
 さて、この「花まつり」ですが、毎回ご供養にあわせてご詠歌のお唱えをしています。 お唱えするのは『釈迦牟尼如来誕生和讃』という曲です。

 七宝蓮華(しっぽうれんげ)咲き匂う  藍毘尼園(るんびにえん)の花の陰
 一切衆生を救わんと  生れ給いし釈迦如来
 七あゆみして天地(あめつち)を  指す手にみ空かがやきて
 天上天下独尊を  四方にひびく法(のり)の声
 無量の生死今につき  人天(にんでん)利益せんとこそ
 のたまいしより三千年(みちとせ)の  後の世までも聞えけり
 野山に花も咲きほこる  卯月八日の花供養
 心の花のみおしえは  只一仏の慈悲深し
 いざや諸人こぞりきて  花を捧げてまつらなん

 あけそむる 藍毘尼園(りんびにえん)に 生れましし 卯月八日を たたえまつらん
 南無大恩教主 南無釈迦如来


 この歌詞からも釈尊のお生まれになった様子が分かると思います。 有名な話ですが、釈尊は生まれてすぐに7歩進んで「天上天下唯我独尊」という言葉を獅子吼(ししく)しました。 その時には釈尊の誕生を慶び、空では龍が歓喜の雨を降らせ、数々の花が降ってきたと伝えられています。
 釈尊の誕生を祝い、歓喜の雨の代わりに甘茶を灌ぎ、たくさんの花を飾り、釈尊の誕生を祝います。 例えば、私たちが誕生日は多くの人に祝ってもらった方が嬉しいのと同じように、釈尊も多くの方にお祝いしてほしいと思っているでしょう。 ぜひ来年も多くの方のお参りをお待ちしています。

 2つ目は「茶筅供養」です。 当日は天気に恵まれまして、茶筅塚の前で多くの来賓の方やお茶の先生方にご供養をいただきました。 いつもなら八重桜がきれいに咲いている頃なのですが、今年は大分散ってしまいました。 それでも、お茶会にご参加いただいた方は個々に足を止めて、残った桜を見て感動していました。

 桜に関する歌は、数えきれないほど現在に伝えられています。 例えば、浄土真宗の開祖である親鸞聖人が子どものころ出家・得度の際に慈円和尚(じえんかしょう)に詠んだ有名な歌があります。

 明日(あす)ありと思う心のあだ桜 夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは

 この歌は、桜の儚さと人生の儚さを歌ったもので、ご存じの方もいらっしゃると思います。 簡単に解説すると「桜の花は明日も大丈夫だろうと安心していても、夜に風が吹いて散ってしまうかもしれない」と読み取ることができます。 ここから分かるのは「明日がどうなのかは分からない。つまり、今を大切にしなければならない」ということです。
 時間というものは誰にでも平等にあり、人がそれを積み重ね、歴史を作っていきます。 今この現世という時代において、平等に与えられた時間をどうすごすのかは自分次第なのです。
 4月になり新生活が始まった方も多くいらっしゃると思います。 でも、明日を大切にする以上に今も大切にして新生活を送っていただけたらと思います。

合掌

(2015.04)
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時間は人が作るもの!

 少しずつですが、夜明けが早く日没が遅く感じられるようになりました。 冬の季語で、昼間の時間が長くなることを『日脚が伸びる』ということがありますが、このお彼岸を過ぎるころになるとさらに実感できます。
 寒い日も多くありましたが、木々の花が芽を出す様子をみていると、知らないところでも少しずつ春が近づいているようです。 夏の暑さを考えれば、駆け足で春が過ぎるのではなく、ゆっくりとしてもらいたいものです。
 今年もあの日から4年が過ぎました。全国各地でも追悼のための法要などが行われたと思いますが、錫杖寺では「希望の鐘」を3回撞きました。記憶というのはだんだんと失われていくものです。 しかしながら、今目の前で撞いた鐘が、あの日大きな振り子のように揺れていたのを覚えています。 これからも「希望の鐘」がある限り忘れることはないでしょう。
 今月は、錫杖寺の年中行事の1つ「春彼岸法要」がありました。 天候に恵まれ、土曜日ということもあり多くの方にご参拝をいただきました。恒例となりました「錫門茶屋」も多くの方にご利用いただきました。 私ももちろん食べましたが、カレーが思ったより辛く、私には美味しく感じましたが、小さい子には少々厳しかったかもしれません。

 ご参拝いただきました方には、例年どおり『般若心経』と『彼岸会和讃』のお唱えをしていただきました。 昨年もお話をさせていただきましたが、なかなかご詠歌は難しかったようです。 しかし、本堂にお参りをしていただいた方は、錫杖寺ご詠歌講の皆さまと共に一生懸命お唱えをしていただきました。
 以前、檀信徒の方より『般若心経』について質問を受けたことがあります。 それは、読み方だったのですが、今までお経の読み方の質問を受けたことがなかったので驚いた記憶があります。読み方といっても、漢字の読み方ではなく、息継ぎの場所だったのですが、普段私たちが何の疑問も持たずお唱えしているお経ひとつでも、もっと分かりやすく解説しなければならないことを実感しました。
 話は変わりますが、私はこの3月京都の総本山智積院において、伝法灌頂(でんぼうかんじょう)へ出仕をしてきました。 この伝法灌頂とは、お大師さま(=弘法大師)より伝わる真言の秘法を伝えるためと受け継ぐための儀式です。 今回私はそれを伝える立場として、実際にお大師さまより伝わる秘法を寺田信秀管長猊下より授かり、弟子2人に授けました。
 今年が高野山開創1200年の年になりますが、今回私が授かったものが1200年以上の歴史のあるものと思うと大変うれしい気持ちと共に、大きな重圧も感じます。 真言宗はもちろん、長い日本の歴史の中で、仏教が苦難に立たされた年は少なくありません。 それでもこのように法が伝わり、伝統を途絶えさせなかったのは先人たちの努力のたまものでしょう。
 歴史と時間は人が作るものです。 私は、今回真言宗の僧侶として、伝統を伝える立場となりました。 先人たちの偉業を継ぐのは大変なことかもしれませんが、いち僧侶として、その責任を果たさなければなりません。
 どうか檀信徒の皆さまも、お大師さまより伝わる真言宗の法を受け継ぐ1人として、私たちと僧侶と共にお大師さまの教えを受け継ぎ、日々のご供養をいただければありがたいと思います。

合掌

(2015.03)
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蓮の芽と仏の芽

 少しずつ暖かい日が多くなりましたが、まだ立春を過ぎても寒い日が続きます。 今年は昨年のように埼玉県では大雪に見舞われることはありませんでしたが、地方によっては大変なご苦労をされる方も多かったと思います。 三寒四温と言いますが、彼岸の頃までには暖かくなるのでしょうか?
 今月は、3日に「節分会大護摩供修行」が行われましたので紹介したいと思います。 毎年の恒例行事ですので、変わらず多くの方にご参拝をいただきました。 天候にも恵まれ、お堂に入れない方は申し訳ないことに外からお手合わせをいただきました。
 残念なのは、錫杖寺のお堂があまり大きくないので豆まきが派手にできないことなのですが、お参りいただいた方に少しずつですが豆をお授けすることができました。

 さて、この節分ですが私たちは特に疑うことなく豆をまきます。 以前お話をさせていただいたことがありますが、錫杖寺では「福は内・福は内・鬼は外」というかけ声で豆をまきます。 もちろん日本各地でかけ声は違うかもしれませんが、豆をまくことは共通だと思います。 では、なぜ豆をまくのでしょうか?
 もちろん諸説ありますが、「豆」=「まめ」=「魔滅」という書き換えることができます。 つまり「魔を滅する」という意味がありますので「豆」をまくことで「魔を滅する」のです。
 また、これらの豆は炒った大豆を使いますが、生豆を用いることはありません。 これにも理由があり、もし生豆をまいたら芽がでてしまう可能性があるからなのです。 では、なぜ芽が出てはならないかというと、これも「豆」=「魔芽」と書き換えることができ、魔の芽を生やしてしまうことになるからです。 豆を1度炒ることで、芽が生えないようにしているのです。
 今「芽」という言葉が何回か出てきましたが、もうじき暖かくなると種まきをする方もいると思います。 錫杖寺でも、少々早いのですが蓮の鉢の植え替えいたしました。 植え替えたのは根の部分で、大きく成長すると絡まり芽が出てこられなくなってしまうからです。 ちなみに蓮にも種があるのですが、なかなか「蓮根」(=レンコン)は知っていても種は知らないか方の方が多いと思います。
 この蓮の種の特徴は、黒に近い紫のような色で、とても表面が堅いことです。その為、自力で芽を生やすことはできません。 もし、芽を生やそうと思ったら、外から意図的に傷などをつけ、芽が出やすい状況を作ってあげないとならないのです。
 これは、よく考えてみると蓮だけでなく私たち人間にも言えることかもしれません。 これも以前お話をさせていただいたことがありますが、『大般涅槃経』という経典に説かれている言葉で「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつゆうぶっしょう)」という言葉があります。 復習になりますが「全ての生きとし生けるものは、生まれながらにして仏性(仏となりうる素質)を持っている」という意味になります。
 しかし、持っているだけではいけません。私たちはその「仏性」を活かすために仏さまに少しでも近づこうとする気持ち、つまり「菩提心」を起こさなければなりません。 ただ、どのようにして起こしたらいいか分からないと思います。 これは、芽を出したくても出せずにいる蓮の種と同じです。 そこで、誰かが「菩提心」という芽が出せるように力にならなければならないのです。 その誰かは、私たち僧侶かもしれませんし、大切に思う仏さまかもしれません。
 芽の出し方は人それぞれだと思います。そして、芽を出したらそれで終わりではありません。しっかりと育てなければなりません。いつか立派な花となるようにお互い日々精進です。

合掌

(2015.02)
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罪の深さは己の愚かさ・・・

 新年のごあいさつから早くも1ヶ月が過ぎようとしています。 まだまだ寒い日が続きますが、少しずつ日中は暖かくなることも増えてきました。 昨年は関東でも稀に見る大雪に見舞われ、大変苦労したのがつい先日のようです。 1年の月日は長いようで短いものです。
 昨年も「康秀街道」をご覧いただきましてありがとうございました。 毎年のことですが、昨年よりもよいお話ができますように少しずつでも精進してまいりたいと思います。応援よろしくお願いします。
 錫杖寺のお正月も関係各位のお力を借りて無事に過ごすことができました。 例年通り、大変多くのご参拝の方が訪れ、私たちも忙しさの中にも充実した日々を送ることができました。

 恒例の副住職の「一字書」の揮毫は、今回は 「陽」 という字を揮毫したとのことです。 これは「陽だまりのような暖かさをもつ羊のように温もりのある1年になってほしい」というお願いを込めたそうです。
 さて、話は変わりますが、年初めはできるだけその年の干支に関するお話を紹介していますので、今回は「ひつじ年」にちなみ羊の話を紹介したいと思います。
 『ジャータカ』という有名な仏教説話集に納められている話の中に「五百回目の首切り」というお話があります。 または「いけにえの羊」という名前でご存じの方もいるかもしれません。
 ちなみに、この「康秀街道」で、うさぎ年の時に、うさぎの話をしたことがあります。 その時の出典は『今昔物語集』といたしましたが、同じ話がこの『ジャータカ』にも納められています。

 ある時バラモンが死者の供養をするために、一頭の羊を弟子たちに捕まえるよう命じてこう言いました。 「この羊を川で沐浴させなさい。 そして首に花飾りをかけ、ごちそうを与えてから連れてきなさい」
 弟子たちは、言われたとおり川へ連れて行き、羊に水をかけて沐浴していると、羊が大声で笑い出した。 「今日はなんていい日だ。 幸せだ。 ありがたい」 ところが、すぐに顔を曇らせて「ああ悲しい…」と泣き出した。
 弟子たちは不思議に思い、笑った後にすぐに泣いた理由を聞こうとしたが、羊は「先生(バラモン)の前で話します」と言ったので、弟子たちは不思議がりながらバラモンの元へ連れて行った。
 弟子たちから話を聞いたバラモンは、羊にその理由を尋ねた。 すると羊は「私も前世はあなたと同じくバラモンでした。ある日死者の供養をするために一頭の羊を殺しました。 ところが、その行為によって499回の生涯において首を切られました。 今回が500回目になりますが、この度首を切られることによって、ようやく前世の罪が許されるのです。 この苦しみから逃れられると思い嬉しくて笑ったのです。 ただ、今日で私の罪は消えますが、私の首を切ることにより、あなたはこれから500回もの生涯において、私と同じ苦しみを味わうことになります。 そう思うとあなたが気の毒に思え泣いたのです」
 話を聞いたバラモンは静かな口調「羊よ、いい話をしてくれた。私はお前を殺さない」と言った。 しかし、羊は「あなたが私を殺さないに関わらず、前世の業によって死を免れることは不可能なのです」と答えた。
 するとバラモンは「恐れることはない。私がお前を守り、森へと帰してやる」と言うが、羊は「あなたの好意は大変ありがたいが、私の罪はあまりに大きく、あなたの力は及ばないほど強力なものです」と答えた。
 バラモンは、弟子たちと共に羊を守り、森へと連れて行った。無事に羊は何事もなく森へとたどり着き、バラモンと別れを交わした。
 すると間もなく、突然として空に稲妻が走り、雷鳴と共に雷が岩を直撃した。当然のごとく岩は砕け散ったが、そのひとつが羊の首を直撃し、一瞬にして羊の首は断たれた。
 バラモンと弟子たちはその様子を唖然として見守るのが精いっぱいでどうすることもできなかった。 そして、しみじみと「殺生という行いが、これほど罪深く恐ろしいものだとは知らなかった。 今後誓って殺生はしない」と弟子たちに伝えた。

 ちなみにバラモンとは、古代インドでの僧侶だと思ってください。 あまり難しい話ではないので、内容は分かっていただけたかと思います。
 当たり前のように食べている食事の中にも、大切な命があり、それをいただくことによって私たちは生きることができます。この話では供養の為の殺生ですら大罪として説かれています。
 自分が幸せになることで誰かが不幸になるならば、それは仏教でいう菩薩行に反します。 誰かのためにそっと力になれるような人になりたい。 そう思い今年1年精進したいと思います。

合掌

(2015.01)
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新年のごあいさつ

 まず初めに、謹んで新しい年を迎えることができましたことを心よりお慶び申し上げます。 今年も1年の無事を祈り、錫杖寺では僧侶が一丸となってご本尊延命地蔵菩薩さまにご祈願をしております。 無事に新年を迎えられたことを慶び、今年1年が昨年よりもよい1年となるようにみなさまもお祈りください。
 今年は未年です。 未(ひつじ)のイメージというと、昨年の午(うま)のような荒々しいイメージはなく、どこかおっとりしているイメージを抱かれる方が多いと思います。
 確かに昨年を振り返ってみれば、午(うま)のように跳ね上がった1年でもありました。 4月の消費税増税から物価は上がり、円安が輪をかけて私たちの生活を圧迫してまいりました。 苦しい1年を過ごされた方も多いと思います。
 今年の未(ひつじ)は先ほど申し上げました通り、おっとりしている動物ですから、昨年のように慌ただしい1年でなくのんびりと休憩の意味もこめて平和な1年を過ごしたいものです。 午後のティータイムが似合うような1年を目標として私も精進したいと思います。
 みなさま本年もよろしくお願いします。

合掌

(2015.元旦)
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