康秀街道〜こうしゅうかいどう〜  駒井僧侶による執筆です。月々移り行くお寺のお話をお楽しみ下さい。

お守りに思いを込めて・・・

 年末になり寒い日も多くなってきました。 今年は11月に雪が降ったものの、それ以降それほど寒い日が続きませんでした。 ただ、年末になり少しずつ寒い日も多くなり、例年のようなお正月の寒さとなりそうです。
 今年は、錫杖寺が大きく変わった1年でした。 まず2月に、錫杖寺の前住職である江連俊則の寺庭(=妻)愛子が90歳をもちまして死去いたしました。 錫杖寺で生まれ育ち、最後まで錫杖寺の寺庭として過ごされた90年間がどのような年月だったか想像もつきません。 90年の中には戦争もありました。 そして、錫杖寺の本堂建て替えなどもありました。私も川口の知らないことや昔のことを教えてもらうことがありましたがそれも聞けないと思うと改めて残念です。
 また、私と共に錫杖寺で働いていた僧侶も、ご自身のお寺でご住職を亡くされ、ご自分のお寺で新たに住職として跡を継ぐことになりました。 3月の時点で、先輩としてとても頼りにしていた分、しっかりしなければいけないと誓ったのですが、人ひとりの仕事量というのは思いのほか大きいものだと年末の多忙な今になって痛感しています。 この先、どれだけ便利になって新しい時代が来ようとも、最終的にはマンパワーなのであろうと思います。

 錫杖寺も12月になり、いよいよ新年を迎える準備を始めました。 無事に提灯に灯りがともり、お参りの人やたまたま通りかかった人からも、多くの感想をいただきます。 提灯も多くの人の力に支えられ、今のように飾ることができました。
 また、12月24日には、地蔵堂で納めの地蔵尊護摩を修しました。 1年間無事に過ごせたことに感謝し、来年もよい年になるように僧侶一丸となってお祈りをさせていただきました。 ちなみに、錫杖寺がお正月に授与しています新しいお守りも、実はこの納めの護摩ですべてご祈願したものを授与しています。
 お守りといえば、今年の8月に寺子屋「錫門キッズ」にてお守りを作成しました。 この時に「二重叶結び」というお守り特有の結び方で紐を結びました。錫杖寺のお守りももちろんこの「二重叶結び」で結ばれています。
 ちなみに、なぜこの結び方を「叶結び」と呼ぶかというと、結び方に理由があります。 これは、正面から見ると結び目が「口」と「十」に見えるためです。そのため、合わせて「叶」という文字ができるため、これを「叶結び」と呼んでいます。
 ちなみに、お守りは紐で結ばれています。 この「結び」は「つなぎ合わせる」という意味があります。 つまり、大切な何かと何かをつなぎ合わせているのがお守りなのです。自分でお守りを持つなら、仏さまと自分になると思います。 もし、いただいたお守りなら、仏さまと自分とお守りをくれた人がつなぎ合わさっていることになります。
 お守りひとつにしても、見えない何かでつながっている。 言い換えれば、ご縁がここにも存在するのです。
 お釈迦さまが縁起の法を覚ったのが12月8日で35歳の時でした。 私もお釈迦さまと同じ年齢になりますが、お釈迦さまのようにしっかりと自分を見つめ直すことができているかは分かりません。 ただ、お釈迦さまでさえひとつのことを達成するのに6年以上修行をして35歳までかかっているわけですから、何か新しいことを始めるのに年齢は関係ないと思います。
 新しい年に何か新しいことを始めてみるといつもと違った発見や出会いがあるかもしれません。
 今年も1年間「康秀街道」をお読みいただきましてありがとうございました。 来年も、怠ることなくこの「康秀街道」を通して、お話をしていきたいと思いますのでよろしくお願いします。
 今年も1年ありがとうございました。 どうぞよいお年をお迎えください。

合掌

(2016.12)
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共に生きること・・・

 今月は11月としては、都心で観測史上初となる積雪を記録しました。 気温も全く上がらずに、メディアでも話題になりましたが、向日葵と雪の光景が見られました。 また、紅葉の名所でもある真言宗智山派の大本山高尾山薬王院でも紅葉に雪という大変珍しい光景が見られたようです。 今回の雪は特別だと思いますが、この冬も以前のように大雪にならなければ嬉しいのですがどうなることでしょう。

 今月は、錫杖寺の大きな行事はなく、年末・年始に向けての準備を行っていました。 今年は3月に僧侶がひとりいなくなってしまい、私の力だけではどうにもならず、大変申し訳ないことにずいぶんと作業が遅れてご迷惑をおかけしてしまいました。 もし、私が釈尊や弘法大師のような人間ならば、すべてを完璧にこなすことができるのでしょうが、やはり私は人間である以上、ひとりの頑張りではそうはいきません。
 私の出身大学である大正大学の学長を3度もされた浄土宗の僧侶である椎尾弁匡(しいおべんきょう)先生が中心となって提唱し、現在も継承されている「共生」(きょうせい)という言葉があります。 この「共生」(きょうせい)とは読んで字のごとく「共に生きる」という意味です。 この「共に生きる」とは、人間だけでなく、すべての生物や植物ももちろん関わってきます。
 最近では、野山から人里へ熊などの生物が出現し、時に我々人間を悩ませることが多くなりました。 この原因としては、我々人間が環境を破壊したことにより、熊のエサとなる木の実などが減少したこともあるようです。 また、森林伐採などにより、野山と人里との境界線がはっきりしないため、熊が人里へ迷い込んでしまう場合もあるそうです。 どちらにしても、我々人間の悪しき行為によって引き起こされた結果だと思います。
 私たちは、共に生きることをしっかりと自覚しなければなりません。 なぜなら、自分でない他の何かとは必ずつながりがあるからです。これは釈尊の縁起と大いに関係してきます。
 釈尊は、今から約2,500年前の12月8日に悟りを得ました。 その内容のひとつが「縁起」とされています。 この縁起の内容を簡単にまとめると「此れ有れば彼有り、此れ生ずるが故に彼生ず。此れ無ければ彼無し、此れ滅するが故に彼滅す」という言葉でまとめられます。
 よく考えれば当たり前のことかもしれませんが、この言葉はよく考えなければなりません。 例えば、野菜を育てていたとします。 この野菜が無事に収穫できたならば、それは自分の面倒見がよかったと感じる人がほとんどでしょう。 しかし、我々の力だけでは絶対に不可能な力もここには存在しています。 まずは、その野菜を育てるために土が栄養を分け与えました。 この栄養を作るために、土中では微生物が見えないところで活動しています。 また、太陽の光や雨が野菜の成長に大きな力を発揮しています。日が差し、雨が降るのは当たり前のことなので、特に感謝をすることはないかもしれませんが、野菜の成長には不可欠な要素です。
 ひとつの事象が起こるためには様々な要素が交わり、ようやくその事象が起こるということです。 言い換えれば、野菜が存在するためには、人の力や自然の力や他の生物の力など多くが交わっているのです。 つまり、共に作用しあうこと、共に生きることによって生み出されるのです。
 よく「人」という字は、支え合ってできていると言われます。 しかし、これは決して人と人だけではないはずです。 人間だけでも難しいのに他の生物などと共に生きるのはむずかしいかもしれません。 しかし、難しいならまずは人間同士お互いを尊重し、共に支え合い、共に生きることができればよいと思います。 そうすれば、仕事にしても人間関係にしても円満になると思います。 そして、浄土は遠い世界ではなく、この世が密厳浄土と気づくことができるでしょう。

合掌

(2016.11)
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強い意志とは・・・

 10月も暑い日が多くありましたが、月末になると極端に寒い日が多くなってきました。 去年はなかなか気温が下がらずにきれいな紅葉を見ることがなかった気がします。 今年は去年より早く気温が下がっているので、錫杖寺の地蔵堂の前の櫨の気がきれいに紅葉してくれると錫杖寺でも秋を感じることができそうです。
 今月は、錫杖寺を会場のひとつとして「日光御成道まつり秋絵巻2016」が行われました。 今回初めての試みということで、川口ストリートジャズフェスティバル2016と鳩ヶ谷商工まつりと同日程で行われました。 このお祭りに合わせて錫杖寺では、普段非公開としております「大奥御年寄・瀧山の駕籠」を特別公開しました。
 当日は、予想以上の多くの方に来ていただきまして、錫杖寺でのお茶の野点も早々にお茶券はなくなってしまいました。 ステージイベントも副住職のご詠歌の時間もご用意をいただいて、太鼓や各団体のステージも大変な盛り上がりをみせました。
 錫杖寺としても、外でステージイベントをすることは初めてでしたので、不安は多くありましたが、多くの方に喜んでもらえたのでとてもよい記念になりました。

 また、今月は年中行事の1つでもあります「写仏会」もありましたのでご紹介したいと思います。 例年10月の第1週の土曜日に行っておりましたが、今年はお寺の都合で第2週の土曜日にさせていただきました。
 毎回5月の「写経会」より出席者が少ないのは残念ですが、人数の少ない分今回は写仏だけでなくさまざまな仏さまのお話もさせていただきました。
 今回写仏をした仏さまは「阿しゅく如来(あしゅくにょらい)」という仏さまです。 前回の「阿弥陀如来」や錫杖寺のご本尊さまの「地蔵菩薩」に比べて大あまりなじみのない仏さまだと思います。
 阿しゅく如来は、特に「不動の如来」とも呼ばれ、揺るぎない強い信念と絶対に怒らない心を持っています。 これは、阿しゅく如来が悟りを得て如来になる前に、東方の仏国土で大目如来のもと、菩提心と共に瞋恚(しんに)を起こさないことを誓い如来になったことに由来します。 ちなみに瞋恚(しんに)とは激しい怒りの心のことを言います。
 また、密教では大日如来の東側に座し、触地印(そくちいん)という印を結んでいます。 この触地印(そくちいん)とは、手のひらを下に向けて地面に触れる印の形で、釈尊が修行中にこの印をもって大地より神を出現させ悪魔を退けた時の印と言われています。 このため、誘惑などに負けない強い心を表す印でもあります。
 日本での阿しゅく如来のお話はあまり伝わっていませんが、ひとつ有名な話を紹介したいと思います。
 奈良時代に東大寺を建立した聖武天皇の妃である光明皇后は功徳を積むために法華寺にて家のないものや病人など1,000人の身体を自らの手で洗い流すことを請願としてたてました。 光明皇后は、999人の身体をきれいにしたところ、1,000人目に全身が汚れ膿を持った者になりました。 しかも、その者は「身体中の膿を口で吸いだしてくれ」とお願いしたのです。 非常にためらい困惑した光明皇后ですが、請願の達成まであと1人だったこともあり、口で膿を吸い出しました。 すると、みるみる全身の膿がなくなり、全身が金色に輝き自分が阿しゅく如来であることを告げ、東方の彼方へ飛んで行ったそうです。
 こう考えると阿しゅく如来も身近にいる可能性もあります。 例えば、私たちが誘惑に負けそうになることもありと思います。 食欲の秋に負けて、ついつい食べ過ぎてしまいそうな時も、もし強い意志をもって踏みとどまることができれば、それは阿しゅく如来の力かもしれません。
 普段の生活の中でも困難なことは多くあると思います。 そのような時でも、阿しゅく如来を念じればきっと助けになるでしょう。
 これからは阿しゅく如来をぜひ身近な仏さまとして感じてください。

合掌

(2016.10)
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金木犀と彼岸花と謙虚な心

 この原稿で「康秀街道」も8年目を迎えることができました。 毎回錫杖寺の話題をはじめ、できるだけ多くの仏教的な話をしようと思ってはいるものの、何年たっても思っていることを文字にすることは難しく、時には読みづらい内容もあると思います。 しかしながら「原稿楽しみにしているよ」という声に励まされ、続けることができました。 これからも少しずつでも分かりやすく読みやすい内容を書いていきたいと思いますのでよろしくお願いします。
 今月は、年中行事の「秋彼岸法要」がありましたので紹介したいと思います。 お彼岸前に急激に夏から秋へと気候が変化したような気がするほど涼しい日がありました。 慌てて毛布などを出した方も多かったのではないかと思います。
 秋分の日の「秋彼岸法要」当日は、あいにくの大雨となってしまいましたが、それでも晴天時と変わらないくらい多くの方にお参りをいただきました。
 住職の話の中で「お参りの気持ちが大きければ天候は関係なく、この雨の中お参りにきた篤信の檀徒からの供養は何よりも喜ばれる」という言葉がありましたが、正しくその通りでしょう。
 確かに雨の日は、普段のお墓参りより大変です。お線香は消えてしまうかもしれませんし、塔婆をお供えするのも苦労します。そのような中でも変わらずにお参りをするというのは大変なことだと思います。 それだけ熱心な気持ちでお参りすれば、住職の言うように、仏さまが喜ぶのは間違いないでしょう。

 9月も終わりになりますと、金木犀(きんもくせい)の香りがどこからともなく漂ってきます。 秋の訪れを告げる花としては彼岸花がこの時期は一般的かもしれませんが、金木犀(きんもくせい)の香りも彼岸花と同様の効果があると思います。 ちなみに、この金木犀(きんもくせい)の花言葉は「謙虚」だそうです。これは、その香りに比べて花が控えめであるからとのことでした。
 謙虚といえば「日常の五心」というものを聞いたことがある人も多いと思います。 これは、「はい」という素直な心・「すみません」という反省の心・「おかげさま」という謙虚な心・「私がします」という奉仕の心・「ありがとう」という感謝の心の5つの心のことを言います。 どれも日常の生活の中で大切なものです。 しかし、改めて振り返ってみるとこれほど当たり前のことなのに、実践できているか自信をもって言える人は少ないのではないかと思います。
 私たちは恵まれた生活の中において少しずつ謙虚な気持ちを忘れてしまいっているのかもしれません。 近年では、さまざまなサービスが存在するようですが、昨今話題になった宿題の代行サービスだけでなく、中にはお墓参りの代行サービスのようなものも存在するようです。
 ただ、お墓をお参りするということは、お墓をきれいにしておけばよいという気持ちや誰かがお参りすればよいという問題ではありません。
 釈尊の「縁起」から考えても、親が存在するから私が存在する。 その親はまたその親がいるから存在する。 つまり、ご先祖さまが存在することにより私が存在するわけです。 私というものが存在するのはご先祖さまのおかげなのです。
 ですから、自身の手で感謝の気持ちを表さなければいけません。 その為に、お寺にお参りをして、お墓にお参りをするのです。 この時に「日常の五心」を考えてみてください。
 素直な心・反省の心・謙虚な心・奉仕の心・感謝の心。この5つの心をもってお参りしてこそお墓参りは大変意味のあるものになるでしょう。
 私もこの原稿を読んでくれている人がいるという感謝の気持ちを忘れず、これからも精進していきたいと思います。

合掌

(2016.09)
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想いを結ぶこと・・・

 8月も終わりに近づくにつれ、少しずつ暑さも和らいできました。 お盆のころはとても暑い日が続きましたがようやく落ち着いてきたようです。 しかし、錫杖寺ではまだセミが元気に鳴いていますので、秋の訪れにはまだまだ時間がかかりそうです。
 今月は、毎年の恒例行事となりました錫杖寺寺子屋「錫門キッズ」のご紹介をしたいと思います。 今年は8月2日〜3日と例年より少しだけ早く開催いたしました。 大変ありがたいことに多くの子どもたちの参加をいただきました。 しかし、人数の都合上、毎年参加をしてくれた子どもも含めて、申し訳ないことにお断りした子どもたちもいました。
 今回は、過去の錫杖寺寺子屋「錫門キッズ」参加者が大きくなって手伝いにきてくれました。 子どもたちにとってみれば、年の近いお兄さんのような存在として、親しみやすかったのではないかと思います。 また、暑い中、力仕事や準備から後片付けまで大変よく手伝ってくれたので、私たちは非常に助かりました。
 昨年の腕輪念珠づくりに変わり今年は「御守」の作成をしました。 フェルトを使って「御守袋」を作り、中にそれぞれが写仏した仏さまを入れるというものです。 ただ、フェルトで袋の形と作るまでならよいのですが、これを独特の結び方をしなければならず、小学生にはとても難しい作業だったと思います。 御守特有の結び方なのですが、今回挑戦してもらったのは「二重叶結び」という結び方でした。 実際に私も何度も練習をしましたが、なかなか輪をうまく作ることが難しいのです。 しかし、上手にできている子もいて非常に驚きました。 フェルトも何も模様もなく単色のものだったのですが、余った生地でハートなどの装飾をする子もいて、子どもたちの想像力に今回とても驚きました。
 中に入れる写仏も、今回は仏さまを2尊(2種類)同時に描いてもらいました。 御守に入れる大切な仏さまということで難しかったと思います。 しかし、子どもたちの集中力が素晴らしく、時間内に色塗りまでできた子がほとんどでした。
 大きな事故なく無事に子どもたちが寺子屋で勉強してくれたことを嬉しく思います。 特に、過去の参加者が手伝ってくれたことが何より嬉しかったです。

 「御守」を作りましたので、少し御守について考えてみたいと思います。 私たちのイメージとして「御守」というと肌身離さず持っているイメージがあると思います。 これは映画「男はつらいよ」で主人公の寅さんが首からぶら下げている姿からそう考える人も多いでしょう。
 ちなみに御守の起源というのは詳しくは分かっていないようです。 古墳時代にもすでに石などでできた装飾品が「御守」と考えることもできるからです。 種類としても多種多様で、交通安全や身代わりなど数えきれないほど存在しています。
 「御守」を持つ理由は、もちろん人それぞれだと思います。 最も多いのは、この「御守」を持つことで「仏さまに守ってもらいたい」という気持ちからだと思います。 しかし、勘違いしてはいけないのは「御守」はあくまで「御守」であって「フリーパスチケット」ではないということです。
 以前にもお話したことがありますが、この「御守」を持つことで自分は「御守」に守ってもらえるように精進をしなければなりません。 例えば、合格祈願の「御守」をいただいたとします。 しかし、この「御守」をいただいただけで何もしなければ、合格することなどないでしょう。 ただ、今回この寺子屋「錫門キッズ」で作った「御守」は、子どもたちひとりひとりが一生懸命に写仏をして、一生懸命に作った「御守」です。その思いは必ず仏さまに届いていると思います。
 今回参加してくれた子どもたちが、ひとりでも多くこの「御守」を大切にして元気に毎日を過ごしてくれたら「御守」本来の意味があるのではないかと思います。 また、私たちも少しでもその力になりたいと思います。

合掌

(2016.08)
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仏の教えを平等に・・・

 7月も終わりに近づき、梅雨を明けたころから突然暑い日が続くようになりました。 今まで大人しかったセミたちがここぞとばかりにこぞって鳴き始めました。 夏の風物詩ではありますが、個人的には錫杖寺でヒグラシの声も聞いてみたいものです。
 今月は、錫杖寺の夏の大行事である「大施餓鬼法要」がありましたのでご紹介したいと思います。 今年は当日が日曜日ということもあり、例年よりも多くの方にご出席をいただきました。

 13時のご詠歌のお唱えから、とても多くの方にご出席いただきましたので、唱える側としても例年以上に大きな声だったような気がします。 もちろん、ご詠歌は仏さまにお唱えするものであり、とても大切なものですから日ごろから手を抜くなどということはありません。 声だけでなく、手で打つ鐘の音がきれいにそろうと何とも言えない歌の美しさを感じます。
 14時からはご法話がありました。 今年も片野真省先生に「仏さまと出会おう!−心の支えを得る瞬間」という題名でお話をしていただきました。 毎年必ずこのご法話を楽しみにしてくれている方も多く、実は私自身もとても勉強になりますので、その一人なのです。 今年のお話もとてもためになるもので、残念ながら時間が短く、もう少しほしいくらいでした。
 15時からは「大施餓鬼法要」となります。 いつもならこの時間から多くの方が出席されるのですが、今年はご法話の時間から本堂の中はいっぱいでしたので、協力して座ってもらいました。 この「大施餓鬼法要」では、普段耳にすることのないお経もお唱えします。 もちろん『般若心経』のように耳慣れたお経もありますが、裏声を用いるようなお経もあり、真言宗で用いる声明(しょうみょう)の旋律を聞いていると、何とも不思議な感じになります。 ちなみに声明(しょうみょう)とは、お経に節をつけてお唱えするものですが、私たち真言宗智山派で受け継がれているものは「智山声明」と言われ、きれいな音階を成したものや丸くお唱えする独特の伝があり、とても難しい分多くの僧侶で乱れずお唱えできたときは、非常に素晴らしいものになります。 きっとこのお経を耳にした餓鬼は成仏することができたでしょう。
 話は変わりますが、今回「平等」という言葉と意味について考えてみたいと思います。 ちなみに「平等」という言葉から想像されるのは「偏りや差別がなく、みな等しい状態」という意味でしょう。 しかし、これは万人に平等ではないと考えなければなりません。
 例えば、お饅頭があったとします。 もし「平等」に分けるなら3人ならば均等に3等分するのが「平等」と考える場合がほとんどでしょう。 ただし、その3人が子ども・成人・お年寄りだとすれば、均等な3等分は「平等」であると考えるのは難しいと思います。 なぜなら、年代が違えば食べる量も違います。それぞれが等しく満足感を得られる分量は違うのです。
 これを仏教に当てはめて考えてみましょう。 お釈迦さまが行った説法は「対機説法」と言われています。 この「対機説法」とは、相手の能力に合わせて説法をすることです。 この説法は能力に応じたものですから、説法を受けた方は各々満足することができますので、お釈迦さまは「平等」に説法したと言えるでしょう。 しかし、よく考えると、お釈迦さまはすべてを説法したわけではないと考えることも可能です。 そう考えると、決して「平等」に説法したとは言えないのです。
 なぜなら、真言宗では、お釈迦さまは法身大日如来の応化身と考えます。 応化身とは形を変えたものを指しますので、大日如来がお釈迦さまに形を変えてこの世に現れたと考えるのです。 しかし、お釈迦さまは対機説法な上に仏の教えを「言葉」に変えて説法しているのですべてを説いてはいないのです。 ちなみに法身大日如来は、法そのもの(=仏の教えそのもの)であるので、常に平等に教えを説いています。
 その為、私たちは「即身成仏」を目指し、少しでも教えそのものである大日如来と一緒になろうと努力しなければならないのです。  もし「即身成仏」がかなえば、大日如来と同体になりますから、私たちも教えそのものを得ることができるのです。
 この「大施餓鬼法要」で普段耳にしない声明を聞くのも「即身成仏」へのひとつの道かもしれません。 難しい修行や苦行を求めるよりは、毎日仏壇に向かったり「阿字観」のように体感する方法などもあります。
 何かしらの方法でも仏さまを感じることができれば「平等」に仏の教えを受けることができるでしょう。

合掌

(2016.07)
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尊い存在とは?

 6月になり少し5月に比べて涼しい日も多くなりました。 この時期は、梅雨なので、梅雨寒と言われることがあるようです。 確かに、暑い日が続いたために布団も夏用にしましたが、逆に寒いくらいに感じてしまう日もありました。 体調管理には十分注意しなければいけません。
 今月は、住職が会員としてお世話になっている川口ロータリークラブの移動例会というものが錫杖寺でありました。 このロータリークラブというのは、ご存知の方も多いと思いますが、奉仕活動などを通して社会的な貢献をする団体のことを指します。 ちなみに、会員は例会という集まりを通して多くの情報交換や社会的活動を行っています。
 今回は錫杖寺で、ロータリークラブの会員であった方の物故者供養を行いました。 お寺として社会的な貢献ができるのは、やはり供養という形が最も最適だったからだと思います。 当日は多くの会員の方にお集まりをいただき、錫杖寺の本堂で住職を中心に供養をしてもらいました。

 私のイメージでは、ロータリークラブの会員というと、会社の経営者や代表者のような社会的地位の高く年齢もそこそこの方が多いイメージでしたが、実際はそのようなことはありませんでした。 女性の会員も多く、多くの女性が社会で活躍していると実感できました。
 ちなみに、この6月は「男女雇用機会均等月間」であり、私たちは男女が平等に働ける社会についてよく考えなければならない月でした。 確かに「男女雇用機会均等法」が施行されてから30年がたっていますが、必ずしも働く社会においては、男女平等とはいきれないと思います。
 では、仏教ではどう考えられてきたのか、ひとつのお話を紹介しながら考えてみたいと思います。
 ある時、多宝如来の侍者の智積菩薩が「そろそろ本土へお帰りになりましょう」と多宝如来に申し上げましたが、世尊(=釈尊)は「もう少しすると弟子の文殊師利(=文殊菩薩)が戻ってくるのでぜひ会ってほしい」とお願いをしました。
 するとたくさんの菩薩を引き連れた文殊師利(=文殊菩薩)が現れて「私は海の向こうの龍王の宮殿で多くの衆生を教化してきました。 そしてその教えは法華経を説いたことです」と説明しました。
 これを聞いて、智積菩薩は文殊師利(=文殊菩薩)を褒め称えました。 しかし、文殊師利(=文殊菩薩)はそれを当然のことと言いました。 ただ、驚くことがひとつあり、それはわずか8歳の龍王の娘である龍女が法華経を説いた時に即座に悟りを得たことだと言いました。
 その場にいた誰もが、信用できず困惑していました。 すると、龍女が突然現れて、瞬く間に仏の身体を表して「仏の心の教えが衆生を必ず救済する」と言いました。
 これを聞いた舎利弗(=舎利子=シャーリプトラ)はとても即座に悟りを得たことが信じがたく、女性が成仏できない理由とともに質問を始めました。 龍女は答えることはせず、懐からひとつの宝珠を取り出して世尊(=釈尊)に奉納しました。 世尊(=釈尊)はそれを喜びすぐに受け取りました。
 続けて龍女は舎利弗(=舎利子=シャーリプトラ)に「私が奉納した宝珠を世尊(=釈尊)が受け取るのは早かったですか?」と聞きました。 舎利弗(=舎利子=シャーリプトラ)は「とても早かった」と答えました。 さらに龍女は続けて「あなたの神通力で私が成仏する姿を見てください。私の成仏はこれよりも早いのです」と言った瞬間に龍女の体は突然男の身体になり、仏の身体になりました。 そして、仏の身体となった龍女が、南方の穢れのない世界において、仏の教えを説いている姿がはっきりと見えたのです。
 この様子を見た一同は、不退転で仏の道を目指す決心をしました。 また、一同は必ず将来仏になれる自覚を得ました。 龍女は8歳でありながら、女性では不可能とされた成仏を成功させただけでなく、その場にいた一同に自身をもって教化したのです。

 これは『妙法蓮華経提婆達多品第十二』の中で説かれている「女人成仏」のお話です。 話を戻して、仏教では男女が平等かといえば、この話から分かるように、女性が成仏できないと考えられていた時代にでに成仏について可能と説いているばかりか、多くの衆生を導く存在としています。 結果、悟りの道に男女はないと考えられますので平等といえるでしょう。
 あくまでも個人的な意見ですが、女性は男性に比べて生命を出生させることができる尊い存在だと思います。 働く社会においても女性目線でのアプローチで多くの成功を収めている例もあります。 男女の性差なく、お互いが認め合い、尽くしあえるような社会が実現したらそれが現世における仏国土のひとつの形なのかもしれません。

合掌

(2016.06)
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60年に1度しかない・・・

 この5月は真夏のように暑い日がありました。 5月を表す言葉で「初夏」という言葉がありますが、とても夏の初めとは思えない暑さの日もありました。 近所の水田にも水が入り、夜にはカエルの合唱が聞こえてくるようになりました。 天気予報では今年の夏は大変暑くなるようなので今から心配です。
 今月は、錫杖寺の年中行事の1つ「写経会」がありましたのでご紹介したいと思います。 年1回の「写経会」ですが、小さな積み重ねが積り、今回で20回を迎えることができました。
 毎回欠かすことのないようにご参加をいただいている方はもちろん、毎回多くの方にご参加をいただいた結果だと思います。 この「写経会」がこれからも続くように精進したいと思いますので応援よろしくお願いします。

 今回は、初めての方も多くのご参加をいただきました。 写経は『般若心経』で毎回同じものですが、これを写す時の気持ちは毎回違うと思います。 心を込めて写した功徳はきっと仏さまの元へ届くでしょう。

 今年は「関東八十八ヵ所霊場」の開創20周年の年になります。 これを記念して5月19日〜21日の3日間、東京・高輪の「高野山東京別院」にて特別法要などが開催されました。
 錫杖寺からは副住職が「護摩修行」に参加をしましたが、その他にも霊場会に属する寺院の僧侶が集まり、3日間という短い期間でしたが無事に納めることができました。 この3日の間には「護摩修行」以外にも「お砂踏み」や「阿字観」などを始め「弘法大師一代記」や「法話」などを行いました。
 特に今年はうるう年ということもあり、四国八十八ヵ所霊場は例年以上のお遍路さんがお参りされているようです。 お大師さまとより深いご縁を結ぶという意味では、大変よい年に20周年を迎えられたと思います。
 ちなみにうるう年は、お遍路を逆打ち(=逆回り)する年という話を耳にすることがあります。 特に今年は、うるう年に加えて丙申の年ですので、大変な功徳があると言われています。 これは、四国の衛門三郎の話しに由来します。
 衛門三郎は長者でしたが欲深い人間でした。 あるとき、家の前に托鉢の僧侶が訪れましたが、衛門三郎は相手にすることなく粗末に扱いました。 ある時、僧侶があまりにしつこいので追い払おうとすると、僧侶の持っていた鉢が割れてしまいました。
 衛門三郎には8人の子どもがいたのですが、不思議なことに鉢が割れた次の日から順番に子どもたちが亡くなっていきました。
 その後、自分が粗末に扱った僧侶が弘法大師と知りました。 衛門三郎は自分のこれまでの行いを反省しお大師さまに会い直接謝ることを決意し、お遍路の旅に出ることにしました。
 しかしながら、そう簡単にはお大師さまに会うことができません。 長い年月をかけ20回もお遍路を行いましたがお大師さまに会うことはできませんでした。 そこで、衛門三郎は逆回りにお遍路を回ってみることにしました。それでもなかなかお大師さまに会うことができず、ついに焼山寺で倒れてしまいました。
 すると、お大師さまが現れ、お遍路の功徳によってその罪は消えていることを教えてもらいました。 ただ同時に、衛門三郎の命も消えかかっていることも告げられました。
 そこで、お大師さまは衛門三郎の願いをひとつ聞いてあげることにしました。 衛門三郎は生まれ変わったなら伊予の国の領主の子どもになりたいとお願いしました。 お大師さまは小石に(衛門三郎再来)と書き握らせました。 その後、衛門三郎は亡くなりました。
 しばらくして、伊予の国の領主に子どもが生まれました。 しかし、なかなか手が開きませんでした。 困った領主は安養寺にこの子どもを連れて行きました。 ご本尊さまにご祈願をしたところその手は開き、中に小石が握られていました。そこには(衛門三郎再来)と書かれていました。
 人々は衛門三郎の生まれ変わりだと確信し、お大師さまの不思議な力を感じました。 ちなみにこれが832年(うるう年・丙申)と伝えられています。

 お大師さまは必ず身近にいる存在なのですが、私たちはそれに気づくことができません。 そのために、お遍路や阿字観を通して感じるように努力しているのです。
 お遍路がどれだけ大変なことで覚悟が必要かは体験をしたことのない私でも十分にわかります。 そう考えると、写経も書道の苦手な人にとってみればとても大変なものかもしれません。 しかし、大変であるからこそ達成感を得ることができ、功徳も大きなものとなるのでしょう。
 何事も近道はありません。少しずつでも前進できるようにお互い精進していきましょう。

合掌

(2016.05)
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甘露の法味は必ずある!

 4月14日に発生しました熊本県を中心とする一連の地震において多くの方が犠牲になりました。 衷心よりご冥福をお祈りするとともにお悔やみ申し上げます。 また、未だに収まらない地震に対して避難されている方々の1日も早い復興をお祈り申し上げます。
 地震に対する恐怖は私も5年前に身をもって痛感しました。 慌てて外に避難して目の当たりにした光景が私の記憶の中に残っています。 今は何もなかったかのように生活していますが、何もなく普通に生活できることがどれだけ幸せなことなのか考え直さなければいけません。
 例えば、音楽を聴こうと思うとき、私たちは好きなアーティストの曲を集め聴くと思います。 すると大変不思議なもので好きな曲だけ集めているはずなのに、その中で好悪ができてしまいます。 逆に、好きでではない曲だけを集めてもその中で好悪ができてしまいます。
 好きな曲だけ集めても好悪ができてしまうのは、我々の中に欲があるからです。欲求が大きくなると、今あるこの何気ない生活がありがたいはずなのに、ありがたいと思えなくなってしまいます。
 常によりよいものを求めようとするのはよいことですが、時には立ち止まって考えることも大切かもしれません。
 今月は、錫杖寺の年中行事が2つありましたので、紹介したいと思います。 1つ目は「茶筅供養」です。 今年はあいにくの天気で茶筅塚前での供養ができなかったので、本堂にて行いました。
 お参をいただいた来賓の先生のお話によりますと、物に感謝をするという風習や文化は外国にはなく、日本独自の文化とのことでした。 普段あまり考えたことがないのですが、物を大切にして感謝する気持ちはいつまでも忘れずにいたいものです。

 2つ目は「花まつり」です。 今年は天候に恵まれ、去年のように雪が降ることはありませんでしたので外で行いました。 平日の昼にも関わらず多くの方にお参りをいただきました。 法要に参加は難しいという方でも、あとからお参りをいただき、小さいお釈迦さまに甘茶をいかけて供養してもらいました。

 今回初めて甘茶を飲んだ子どもに感想をきいたら、大変残念なことに「おいしくない」とはっきり言われてしまいました。 確かに、最近では難なく砂糖も手に入るようになり、人工甘味料の開発もあり、おいしい飲み物も多くあります。 しかし、砂糖などの甘味料を使うことなく、天然のあの甘さは不思議な味がします。 私は初めて甘茶を飲んだとき、なんとも言えず不思議な味だと感じましたが、今ではおいしいと感じるようになりました。
 この甘茶で墨をすって練習すると書道が上達するそうです。 今回少しだけ甘茶をいただいて墨汁を作ってみました。今まで以上に上達できたら嬉しいです。
 ちなみに仏教では甘い味を「甘露」と言います。 この「甘露」という言葉をつかったもので「甘露の法味」という言葉があります。 これは簡単に言ってしまえば「仏さまの教えはとても甘いお菓子と同じ」という意味です。
 例えば、私たちが甘いお菓子やお茶を飲んだとき、お腹がいっぱいになりとても幸せな気持ちになります。 つまり、甘いもので満たされた状態が仏さまの教えで満たされた状態と同じということなのです。 ちなみに、この教えを説いてくれるのは「阿弥陀如来」です。 この「阿弥陀如来」については『南無阿弥陀仏』というとても有名なお念仏で耳にしたことがあると思います。
 「阿弥陀如来」のことを念じて一心にお祈りをすれば、きっと心が満たされることでしょう。 震災はもちろん、生きていく上では苦しいことは多いと思います。 しかし、必ず「阿弥陀如来」は助けてくれます。 どうか安らかなる心をもって日々の生活に感謝しましょう。

合掌

(2016.04)
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「一期一会」のこころ

 3月も終わりになってようやく暖かい日が続くようになりました。 暖冬といわれていたこの冬ですが、思いのほか2月から寒い日が続きました。 しかし、お彼岸に向けて言葉の通り「三寒四温」お彼岸の頃は渋っていた桜の花も一斉に咲き始め、お花見にはよい日が続きそうです。
 隣の小学校も無事に卒業式が終わりました。 今年の6年生は仲の良かった子どもたちが多かったので、卒業して少し寂しい気持ちになります。 中学生になると、部活動などでなかなかお寺に足を運んでくれる機会も少なくなりますが、時々元気な姿を見せてくれると嬉しいです。
 さて、今月は錫杖寺の年中行事の1つ「春彼岸法要」がありましたので紹介したいと思います。 当日は、天気も良く連休の中日ではありましたが、多くの方にお参りにいらしていただきました。 錫門茶屋も例年通り繁盛で、焼きそばが売れ切れてしまうこともあり、楽しみにお参りに来てくれた子どもに申し訳ないことをしてしまいました。
 毎年「春彼岸法要」の中身は同じですが、それでもご先祖さまのことを思い、毎年供養をすることは大変意義のあることだと思います。
 私たちも、長い修行の中で、毎回同じことを繰り返して行います。 最初は、手で印を結ぶ(=手で形をつくる)のも難しく、教わったことを確認しながら行い、お唱えする真言もなかなかうまく言えないことのほうが多くあります。 しかし、何度も何度も繰り返し行うことで、きれいに印を結び真言もお唱えすることができるようになります。
 同じように錫杖寺の「春彼岸法要」も毎年お参りをいただいている方からすれば、代わり映えしない内容かもしれませんが、繰り返すことが大切なのです。
 そして、重要なのは、毎年同じ『般若心経』でも、同じお経でないということです。 声の大きさや高さが全く同じということはありません、息継ぎのタイミングも毎回同じではないでしょう。 つまり「春彼岸法要」の内容は毎年同じでも、中身は違うということです。 言い換えれば、毎回同じ供養をすることはできないわけですから、その1回を大切に供養しなければならないということです。
 私がとても好きな言葉で、茶道の「一期一会」という言葉がありますが、これは仏教でも言えることだと思います。 毎回同じ供養ができるわけではありませんから手を抜いてもよいなどということはありません。 しっかり今現在できうる最高の供養となるように毎回心を込めて供養したいと思います。 また、みなさまも毎日のお勤めの中で、このことを心がけていただければありがたいです。

 さて、冒頭で卒業式の話をしましたが、3月は別れの季節でもあります。 ここ錫杖寺でも、私と同時期に錫杖寺にきて、共に働いてきた僧侶がひとりお別れとなりました。 ご自身のお寺の都合で仕方のないことなのですが、私も先輩としてお世話になっていたので、寂しい気持ちになります。 今まで、普通に錫杖寺にいるのが当たり前に思って甘えていた部分もあるので、私ももっとしっかりしなければなりません。
 「一期一会」という言葉の通り、錫杖寺でのその時その時を大切にしていきたいと思います。

合掌

(2016.03)
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鬼は仏になれるのか?

 2月も終わりを迎え少しずつ暖かい日が多くなってきました。 幸いにして2月は雪に悩まされることもなく、雪かきで腰を痛めることもありませんでした。 寺務所の前の椿の花もつぼみが大きくなってきましたが、鳥がそのつぼみをいたずらしに来るので少々困っています。
 今月は、この場を借りてお知らせと御礼がございます。 2月10日に、錫杖寺の前住職である江連俊則の寺庭(=妻)愛子が90歳をもちまして死去いたしました。 90歳という年齢でありますので、戦争を経験し、その人生には苦労も多かったと思います。 通夜・葬儀においては大変多くの関係各位より焼香を賜り、つつがなく式をあげられましたこと衷心より御礼申し上げます。
 さて、2月は「節分会大護摩供修行」を行いました。 今年の節分は天気に恵まれましたが、寒い日でした。 毎年多くの方にご参拝にきていただき、手を合わせ、お祈りをしていただきました。 平日なので、子どもたちの参拝はありませんでしたが、後から豆をもらいにきてくれた子どもたちがいました。
 せっかくの節分ですので、今回は鬼に関する有名なお話をひとつ紹介したいと思います。 以前この「康秀街道」で児童文学者の濱田廣介先生の作品に『りゅうのめのなみだ』のお話をしたことがあります。 今回は先生の最も有名な作品である『泣いた赤鬼』を紹介したいと思います。
 むかしむかしある山の中に、赤鬼と青鬼が住んでいました。2人の家は谷をへだてていましたが、お互いの家を訪ね仲良く暮らしておりました。 赤鬼は、谷を渡る途中に見えるふもとの村を眺めながら、いつもため息をついていました。
 「人間たちとも仲良くなりたいな。」
 しかし、村人たちは鬼の姿を見ただけで震え上がり、鬼のいる山に誰も近づこうとはしません。 そこで赤鬼は、山の入り口に立て札を立てることにしました。
 『心のやさしい鬼の家です。どなたでもおいでください。おいしいお菓子とお茶も用意してあります。』
 ただ、村人は恐がって、誰一人として遊びに行こうとする者はいませんでした。
 「心のやさしい鬼なんているものか。人間をだまして、食べてしまうにちがいない。」
 赤鬼は、悔しくて悲しくてふさぎこんでいましたが、とうとうしまいには腹を立てて、立て札を引き抜いてしまいました。  そこへ、友達の青鬼が訪ねて来ました。 青鬼は、わけを聞いて、赤鬼のために人間と仲よくなるための作戦を考えました。 その作戦とは、青鬼が人間の村へ出かけて大暴れをしたところに赤鬼が出てきて、青鬼をこらしめる。 そうやって、赤鬼が優しい鬼だということを人間に見せつけるというものでした。
 赤鬼が立て札を引き抜いた次の日、ふもとの村では大騒ぎが起こっていました。 青鬼が金棒を振り回して暴れ始めたのです。青鬼に追いたてられて、村人たちは逃げ回りました。 そこに現れた赤鬼が、乱暴な青鬼をこらしめて村人たちを守りました。 青鬼が考えた作戦は成功し、村人たちは赤鬼にすっかり心を許すようになりました。
 こうして、何人もの村の人たちが赤鬼のところに遊びにくるようになりました。 赤鬼は、人間と友だちになれたことが嬉しくてたまりませんでした。 しかし、あの日から青鬼が遊びにくることはありませんでした。 赤鬼は、青鬼の家を訪ねてみました。 青鬼の家は、戸が固く閉ざされていました。 気がつくと、戸のわきに貼り紙がしてあります。
 『赤鬼くんへ。人間たちと仲良く楽しく暮らしてください。もし、僕がこのまま仲良くしていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません。僕は旅に出ることにします。いつまでも君を忘れません。さようなら。』
 赤鬼は、黙ってそれを読みました。 何度も何度も読みました。 そして、戸に顔を押し付けて、おいおいと泣きました。

 自分より人を大切にするのは、仏教では「菩薩行」にあたる大切な行いです。 特に、自分がしてもらったら嬉しいことを他人に優先するという「利他行」になります。
 この「利他行」を鬼でもできるならば、人間である我々ができないはずがありません。 もし今からでも困っている人を見かけたら、ぜひその人の為に力になってあげてください。
 そうすれば、いつか必ず自分にも助けが必要な時に菩薩が力となり助けてくれるでしょう。

合掌

(2016.02)
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反省だけなら猿でもできる!

 暖かい新年を迎えたと思いきや、月末になり猛烈な寒さが襲ってきました。 この冬は暖冬と言われていましたので、雪は降らないと思っていたのですが、関東でも突然の雪となり慌ててしまいました。 暖かいイメージの沖縄本島でも観測史上初めての雪となったようです。
 今年も不勉強な私ですが、少しでも仏教だけでなく錫杖寺のことや各行事のことを分かりやすく伝えていきたいと思いますので「康秀街道」の応援をよろしくお願いします。
 今年のお正月は、暖かい日が続きましたので、日中は大変多くの方のお参りをいただきました。 準備から片付けまで関係各位のお力添えの上、無事にお参りいただいた方々におもてなしをすることもできました。 特に甘酒は大変多くの方に喜んでいただきました。
 今回も副住職の「一字書」の揮毫がありましたが、今回は「」という字でした。 この「智」という字ですが、真言宗の僧侶としては大切にしなければならない字です。 ちなみに「智」というのは「仏さまの知恵」を表すときに用いる字になります。 字を見れば簡単なのですが、「知」(=知恵)という字に「日」(=大日如来)を足した字になりますので、大日如来の知恵と読み取ることができます。 ちなみに、錫杖寺手記にも副住職からのメッセージが載っていますが、私なりに付け足しますと、大日如来の光は決して影を作ることがないと言われています。 それは、全ての方向から光を差し伸べてくれるからです。だからこそ副住職は明るい1年を願ったうえでこの字を選んだのでしょう。

 さて、毎年最初の「康秀街道」では、干支にちなんだお話をしていますので、今回も「申年」のサルに関係する仏教説話を紹介したいと思います。 今回紹介する話も仏教説話集である『ジャータカ』に納められている話ですが「猿の王の話」や「猿の橋」というような題名で、小さい頃に絵本などで読んだことがあるかもしれません。
 昔、菩薩が猿として生まれていた時の話です。 菩薩は猿の王として8万匹のボス猿となっていました。 猿たちが住むガンジス河の上流にはマンゴーの木がありました。 猿たちは「これほど美味しいマンゴーがもし川の中に落ちて下流の人間の手に渡ったならばたちまちに奪われてしまう」と思い、毎日気を付けて食べていました。
 ところが、マンゴーの実が川に落ちてしまい、たまたま下流にいた人間の王がそれを見つけ口にしたところ、あまりの美味しさにマンゴーの実のとりこになってしまいました。 すぐさま王の命令でマンゴーの実の捜索が始まり、瞬く間にガンジス河の上流にあることを突き止めました。 人間の王は、多くの家来を引き連れ、ガンジス河の上流に向かいました。 すると、数えきれないほどのマンゴーの実がなっていました。 王は喜び家来たちとともにマンゴーを食べてそこで一晩過ごすことにしました。
 賢い猿の王は、他の猿たちと共に、日中は人間がマンゴーの実を食べに来ていたので、夜になるのを待ち人間に見つからないように食べることにしましたが、運悪く人間に見つかってしまいました。 人間の王は腹を立てて「猿どもを射抜いてしまえ」と命令し、猿たちを取り囲みました。
 これを知った猿の王は他の猿たちを助けるために川の向こうまで渡ることにしました。 川幅は広く人間たちの矢はそこまで届かなかったからです。 猿の王は川の向こうまで飛び越えることができましたが、普通の猿たちは飛び越える力がなかったのでツルを渡して助けることにしました。
 猿の王は難なく川を飛び越え、丈夫なツルを探し自分の足に結び付けて再び川を飛び越えて戻ってきました。 しかし急いでいたためにツルの長さが少し足りませんでした。 それでも猿の王は慌てずに、ツルを足に結んだ状態のまましっかりと両手でマンゴーの木の枝を掴みました。 そして、他の猿たちに自分を踏み台にツルを伝って川の向こうまで逃げるように言いました。
 猿たちは申し訳ないと思いながらも猿の王を踏みつけて川の向こうまで渡りました。 これに喜んだのはボス猿の地位を狙う群れの他の猿でした。 ここぞとばかりに勢いをつけ猿の王を蹴りつけたのです。 耐えられないほどの激痛が猿の王を襲いましたが決して猿の王は手を放すことはありませんでした。
 その様子をみていた人間の王は、その猿の王の行いに感動して助けようとしました。 しかし大きなダメージを負った猿の王はやがて息絶えてしまいました。

 人の上に立つということは非常に責任も重く難しいことです。 もちろん会社の社長なら会社を守らなければなりません。 しかし、それと同時に会社を支えてくれているすべての人を守る義務もあるのです。 その人に家族がいるならばその家族を守らなければなりません。
 1年の始めですからしっかりと自分の行動を見直すよいチャンスです。 猿でも菩薩の行いができるならば、人間である我々にできないはずはありません。 しっかりと見なおしてよい1年になるように精進していきましょう。 反省だけなら猿でもできますから・・・。

合掌

(2016.01)
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新年のごあいさつ

 まず初めに、謹んで新しい年を迎えることができましたことを心よりお慶び申し上げます。 今年も1年の無事を祈り、錫杖寺では僧侶が一丸となってご本尊延命地蔵菩薩さまにご祈願をしております。 無事に新年を迎えられたことを慶び、今年1年が昨年よりもよい1年となるようにみなさまもお祈りください。
 今年は申年です。 申(さる)という非常に賢く、時には人間に対しても悪戯するような動物なのであまりよいイメージをお持ちでない方もいらっしゃるかもしれません。 しかし、昔ばなし「桃太郎」に代表されるように身近な動物でもあります。元気いっぱいの姿は、子どもたちからも人気があり、動物園では人気者です。
 「見ざる・聞かざる・言わざる」と東照宮のサルではありませんが、しっかりと正しい行いができるような1年になればよいと思います。
 また、語呂合わせになりますが、申(さる)=去る(さる)ということで、悪いことが起こらず、安心して過ごせる1年にしたいと思います。
 本年もどうぞよろしくお願いします。

合掌

(2016.元旦)
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