錫杖寺の寺宝

寺宝とは、寺の宝物のことで、法宝物と財宝物とに分けられます。
すべて
非公開となっていますが、代表的なものをここでご紹介します。


延命地蔵菩薩像


錫杖寺のご本尊です。
主尊・延命地蔵菩薩像に毘沙門天像、不動明王像が脇待として配されています。
坐像の寄木造で、右手に錫杖、左手に宝珠を持っています。

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子育延命地蔵尊像


光輪を具し、右手に錫杖、左手に幼子を抱きかかえる木半跏像。江戸時代の作と推定されます。
保存状態もよく貴重な尊像です。地蔵菩薩は江戸時代に入ると、とくに幼児の救済者と考えられました。

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延命地蔵尊像


三宝光輪を具し、右手に錫杖、左手に宝珠を持ち、蓮華座から左足をふみ下ろす半跏のお姿をとり、
厨子に納められています。地蔵信仰は末法思想の盛んだった平安中期以降に広まったといわれます。

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釈迦三尊像


主尊・釈迦如来像に騎象普賢菩薩、騎獅文殊菩薩が脇待として配されています。
普賢菩薩は仏の理性を示す菩薩で、文殊菩薩は智慧をつかさどる菩薩です。両菩薩とも釈迦如来の脇侍となりますが、単独像の尊像も多くみられます。

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金剛界大日如来像


前立ご本尊。
大日如来は、密教の中心仏で、如来に内在する理徳の面を示す胎蔵界大日如来(法界定印を結ぶ)、
表現される智徳の面を示す金剛界大日如来(智拳印を結ぶ)の二つのあらわれかたをします。

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不動明王像


右手に利剣、左手に羂索をもち、辨髪を左肩にたれ、猛炎を背負い、忿怒の形相をして瑟瑟座に坐っておられます。
不動明王は、五大明王の中心で、悪を断じ、善を修し、真言行者を守護するといわれますが、
本来は大日如来の教令輪身で、如来そのものです。

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聖観音菩薩像


総金色、立像。
観音菩薩は、正しくは観世音菩薩、観自在菩薩といいます。衆生が救いを求める声を聞くと自在にこれを救うといわれ、衆生に悟りの法を説く如来に対して、衆生に現世利益を施すといわれています。

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銅鐘


埼玉県指定有形文化財。高さ120.3センチ、口径54センチ、撞座2ヶ所。乳64。
寛永十八年(1641)九月、川口の 名主・宇田川宗慶が、一族の菩提を供養するために奉納しました。
長瀬治兵衛守久が鋳造したもので、川口の鋳物史の貴重な資料であり、美術的にも優れた銅鐘です。

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板碑


板碑とは板状の石を用いた卒塔婆の一種で、鎌倉時代におこり、ほぼ中世に限って造立されました。
錫杖寺の板碑は、文和三年(1354)に造立されたものです。

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旧本堂鬼瓦


錫杖寺の旧本堂には、「十六菊」の紋が刻されています。
この「十六菊紋」は、院室兼帯同院に与えられたもので、錫杖寺の寺格の高さを物語るものです。

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朱印状


錫杖寺には、写真の三代将軍・家光の朱印状をはじめ歴代将軍による九通の朱印状が所蔵されています。
「武蔵国足立郡川口村錫杖寺領同村之内弐拾石事、新寄附之訖、全可収納(ナラビニ)寺中竹木諸役等免除、永不可有相違者也 慶安元年九月十七日」

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紙本墨書東大寺八幡経


大般若経第十八、九十三、五百五十の三巻。奥跋によれば、此丘尼成阿弥陀仏が発願し、東大寺僧の助筆を得て成った事が知られ、安貞三年(1229)の年記が見えます。
また巻九十三には、これに続けて別筆で、「奉加銭百文 和気宗基 寛喜三年正月十八日」と記されています。

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谷文晁の杉戸絵


谷文晁(1763〜1840)は、江戸末期第一の画家で、諸国を巡歴して数多くの名作を残しています。
錫杖寺の杉戸絵(4枚)は写実的な要素が濃く、俗に「寛政文晁」と呼ばれる壮年期の作品と推察されます。
下の「花鳥図」なども残されています。
        

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瀧山の駕籠


錫杖寺には、江戸城大奥最後の御年寄・瀧山が、自分に仕えていた局の生家を頼って川口市内朝日町に落ち着く際に乗っていた駕籠が残されています。
駕籠は木製で漆や絹布で覆われおり、大奥の華やかさが垣間見れます。

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